ルミエイラによるヴァルキリーズ極東支部襲撃から1週間後。
横浜第3地区に置かれた、さまざまな分野で活躍する人材育成を行う小・中・高一貫の教育機関、私立
「入ってきなさい」
「は、はい!」
教員の呼びかけに体を震わせ教室へ入り、教壇に立つと、少年――飛鳥は少し戸惑いながらもクラスメイトたちに挨拶する。
「今日からこの学園に転入してきた……新田飛鳥です」
緊張に口を強張らせながらもどうにか言い切ると、飛鳥は教壇から下りて席へ向かい、椅子に座る。
と、そのままクラスの生徒たちの質問タイムになった。
「新田くんは前何処の学校だったの?」
「お、オレは……通信教育で勉強してたから……」
「趣味はなんなんだ?」
「趣味は機械いじりと空手?と剣道?かな……あと料理かな」
「じゃあ好きな食べ物は?」
「……お、黄金チャーハンと
「じゃあ好きな女の子のタイプは?」
「好きな女の子のタイプ?………う~ん……少し天然な子かな?」
途切れることなく投げかけられる質問の1つ1つに、飛鳥はぎこちないながらも丁寧に答えていった。
そうして気づいた頃には、すでに昼休みになっていた。
「…………疲れた……でも飯食わなきゃ……」
すっかり気疲れした声で呟きつつも、昼食を摂りに向かおうとどうにか腰を上げる。
と、不意に最近知り合った人の顔を思い出す。
(ユウさん、今頃連邦軍の基地かな?向こうももうお昼だろうか……?)
先日ヴァルキリーズの基地を訪れた際に出会い、機械好きという共通の趣味ですっかり意気投合した少し歳上の少年、ユウ・ヴレイブ。諸事情から軍のIADパイロットとなった同好の士の今の様子に、椅子からゆっくりと立ち上がりながら思いを馳せる。
そんな時、
「オッス!」
「うわあ!って虎?」
大きな声に驚いて振り向くと、こちらも先日ヴァルキリーズの基地で会って以降意気投合した城田虎次郎が、高等科の制服を着て立っていた。
「ここ中等科……」
「んな細かいこと気にすんなって!さ、行くぞ!!」
言うや虎次郎は飛鳥の手を引き、そのまま有無を言わせず連れ出してしまう。
そうしてやって来たのは、
「……屋上?だよな」
「あぁ、アイツら待たせってから行くぞ!」
首を傾げる飛鳥に応じながら、虎次郎はドアを開けて屋外へ出る。
入り口から少し離れた場所には3人の男女――制服から判断して高等科の生徒たち――がベンチに座り、弁当を広げて誰かを待っている。
そんな3人へ虎次郎は近づき、声をかけた。
「ワリィ遅れちまった」
「待たせすぎよ~虎~」
「「まったくだぜ……ん?なんで中等科の生徒がいるんだ?」」
女子の方は不満そうに応じ、容姿のよく似た2人組の男子はそろって飛鳥に目を向ける。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。今度、俺達『
「「「「へ!?」」」」
それに対する虎次郎の返答に、当人以外の4人は唖然とした声を漏らす。
が、その中でも一番驚いたのは飛鳥だった。
「な?ナニ言ってんだ!オレは入るって一言も――」
「まぁいいからいいから、早速部室へ行こうぜ。見たら気に入るからよ!」
言うと虎次郎は飛鳥をズルズルと引きずって部室へ向かい、他の3人も呆れながらついていく。
少し歩いて部室に着くと、飛鳥は室内の壮観さに思わず絶句した。
「す、すごいな……」
「だろ!俺達
虎次郎が意気揚々と言いながら指したのは、それぞれ赤と白を基調とした2機のパワードスーツだ。フレームの状態で大小さまざまな色のケーブルに繋がれ、部室の只中に鎮座している。
それを見て、飛鳥にある疑問が浮かぶ。
「……でもなんで装甲が着いてないんだ?」
「いやな、装甲材質『オリハルコニウム』の加工が厄介でさ……どうしたらいいか悩んでんだよ……」
それに答えながら虎次郎は手元のパソコンを起動させ、画面に構成式を表示する。
『オリハルコニウム』とは近年開発された新種の合金であり、高い柔軟性を備え、瞬間的な衝撃と圧力に耐えうる夢の新合金としてその分野の者たちの間で注目されている。一方で生成に難があり、現在オリハルコニウムを生成可能な人物はこれを発見、生成技術を確立したDr・Nと、Jという人物の2人だけといわれており、あまり一般には普及していない。
「なぁ、この合金じゃないとダメなのか?」
「あぁ、コイツじゃないと今度出るレスキュー用強化外骨格展示会での仮想実演があんだ……」
「「ありとあらゆる災害状況に応じた実演で毎回そこでリタイアしてんだ」」
飛鳥の問いに、虎次郎と2人組の男子はそろって悔しそうな顔で応じる。
「……レスキュー用強化外骨格か……だったらオレの家でオリハルコニウムの精製やるか?」
それを見た飛鳥の何気ない返答に、一同は目を丸くした
放課後、校門の前で待ち合わせをした飛鳥は、虎次郎たち『パワードスーツ研究会』と共にヴァルキリーズ極東支部から少し離れた場所にある立派な研究所に向かった。入り口前に着くと、飛鳥は慣れた手つきでカードキーを差し入れ、開いた扉の中へ入っていく。
「すげぇ、この前見た端末と同じヤツがたくさんあるじゃないか!」
「あれって今年発売予定のN・ギアだよね?」
所狭しと置かれた機材や試作品の数々に虎次郎たちが興奮の目を向けながらしばらく進むと、飛鳥は1つの扉の前で止まる。
「ここがオレの部屋……でも散らかってるけどいいかな?」
「「「おう!」」」「えぇ」
4人の返事を聞くと飛鳥は壁のボタンを操作し、プシュと音が響いて扉が開く。
室内はさまざまな
そんな中、ひと際目立つ組み立て途中の強化外骨格らしきものが目に入った虎次郎は、それに歩み寄って触れながら訊ねる。
「なぁ、コイツは飛鳥が作ったのか?」
「え?まぁ、作ったんだけど人工筋肉の圧電アクチュエーターからの動力供給がうまくいかなくて……じいちゃんに聞かないと無理なんだ……って、んなことよりオリハルコニウムの問題だっけ。ならこうすればどうかな?よっと!」
応じつつ、飛鳥は素早くコンソールに指を走らせて数値と組成データを入力していき、それと繋がっている巨大な箱状の機材から駆動音が鳴り出す。
「こんな感じかな…………」
音がおさまった機材の扉を開けると、飛鳥は50センチ四方の金属片を取り出す。
手渡されたそれを見て、虎次郎たちは驚きを隠せなかった。見た目もそうだが、その手触りは以前一度だけ触ったことがあるオリハルコニウムの試片と同じものだったからだ。
「……いける、これで完成できるぞ飛鳥!やっぱりお前すごいよ!!」
「そ、そうかな……?」
「あぁ!じゃあさ、お礼代わりにさ人工筋肉圧電アクチュエーターの制御プログラムを教え――」
「あのさ、今オレが作ってるのと虎達のを合わせてみないか?」
「おぉ!そいつはいいアイデアだ。さっそくやろうぜ!!」
他がなにもしなくても勝手に意気投合を加速させていく飛鳥と虎次郎の様子に、他の3人は思わず笑みが漏れる。
「あははは、二人とも盛り上がってるね」
「「なんか昔からの友達みたいに馬があってるぜ龍美の姉御!」」
「玄、武、龍美も早くこいよ、おおしゃ燃えてきたぜ!!」
言葉の通り背後に炎を浮かび上がらせんばかりに叫ぶ虎次郎を筆頭に、一同は飛鳥と自分たちが作っていた強化外骨格の設計を組み合わせる作業を進めていく。
さまざまな機材と各々のアイデアを出し合い、やがて日が暮れたのに気づいて家へと帰るパワードスーツ研究会のメンバーを、飛鳥は入り口まで見送った。
「じゃあね飛鳥~」
「「おう!また明日な飛鳥!!」」
「玄、武、龍美!また明日な!!」
「……飛鳥、俺はこれからヴァルキリーズにもどっから……それと色々とありがとうな、じゃまた明日会おうぜ!!」
「おう!またな虎!!」
笑顔で言いながら極東支部へ向かう虎次郎に応じ、全員の姿が見えなくなると、飛鳥は再び研究所――第二新田研究所へ戻り、自室には戻らず別の扉のカードキーを開ける。
電子音と共に正面の隔壁が開いて現れたエレベーターに乗り込むと、扉が閉じて静かに下へ向かうのを感じながら、壁に背を預けて呟いた。
「……虎の性格移っちまった……でもこんなに普通な生活をオレなんかが送っていいのかな…………桃兄の意識が目覚めないし……オレは……」
その間にもエレベーターは静かに止まり、降りた先の廊下をしばらく歩くと、機動兵器用の格納庫にも負けないだだっ広い解析ルームに出る。正面には、赤い鳥と青い龍の巨大な石像が、足元にいるこちらを見下ろすようにハンガーに鎮座していた。
「……父さん、母さん、蓮、オレは無力だ……でも出来ることを精一杯やるよ」
力なく呟きながら白衣に着替えると、飛鳥は周囲にある機材を手元に集める。極東支部の整備ハンガーでタロウと『鎧神一体』したまま眠り続ける桃矢をどうにかするために必要なものをひと通りそろえると、それらを持って解析ルームを後にする。
直後、無人となった室内を淡い赤い光が照らし出した。
赤い鳥の目が輝き、胸の部分から赤い発光体が飛び出すと、少しずつ形を成していく。
『……ピヨ……ピヨピヨ……』
輝きが収まると、発光体だったものは赤いヒヨコへと変わっていた。赤ヒヨコは辺りを見回すと、半開きになっているダクトへ潜り込み、柔らかい体を無理矢理隙間に入れて解析ルームから出て行った。
――暗い………ここはどこだ?
まどろみの中、それは自分の置かれた状況を把握しようとした。が、体は石のように微動だにしなかった。
――何故なんだ?………そうだ俺は――
困惑で胸が一杯になりかけたその時、意識の奥底から鮮烈な記憶が蘇ってくる。
『これで最後だ◆☆♡◆☆!!』
『ああ!―――――――、―――――これで終わりにする!!』
『数多の次元を崩壊させ人々を絶望へと染めし邪悪◆♡/~&&!お前の野望はここで潰える!!』
『ふ、ふざけるなああああ!お前たちみたいな神の模造品、出来損ないの機械神ごときに、ーーーーである僕を倒せるものかあああああ』
忘れるほど遠い昔、逃げた邪神を追いかけて始まりの地へ戻った自分たちは、本来の姿で『二人の神』と共に死力を尽くしてそれを倒すことができた。
だが、その際に全ての力を使い果たし、永い眠りについてしまった。もう一つの世界にいる――の元へ急ぎ帰らねばならないのに。
何度か目を覚ました事もあった。
力が回復しない。
体が石みたいに動かない。
それは永い時が過ぎても変わらなかった。
やがて自分達は深い眠りについてしまった。
次に目を覚ましたのは機械だらけの部屋だった。体にはケーブルがところ狭しとつけられ、隣には友の姿がある。
――だが、あいつらがいない。
そう思った時、足元に気配を感じた。
下を見ると、白髪の白い服を着た老人と、その隣には燃えるような赤い髪の少年がいた。ややあって、老人は少年を残して部屋から出ていった。
残された少年は頭に変な帽子を被り、何か作業をしている。
その様子が気になってじっと見ていると、どことなく遥か彼方の世界にいる親友と似ているように感じた。
――……あ……す……か…………飛……鳥……
「え?誰かいるの!?」
微かに漏らした声に、少年は驚いたように辺りを見回す。
だがそれ以上に驚いたのは自分の方だった。自分たちの声は普通の人間には聞こえないはずだからだ。
『飛鳥、桃矢君がもどってきたぞい!』
突然どこからともなく響いた老人の声に驚いたものの、その中にあった「飛鳥」という単語ははっきり耳に届いた。
――まさかこの少年は……
「え、もう帰ってきたの!じゃあ合体解除手伝いに行くね!!」
こちらの考えがまとまり切らない間に、「飛鳥」と呼ばれた少年は変な帽子を机に置いて駆け出す。が、少しして一旦立ち止まり、こちらをじっと見つめた。
「……あ、自己紹介まだたったな。オレの名は新田飛鳥だ、よろしくな。じゃまた後で来るよ」
――飛……鳥……あすか…………新田…………あの世界にいる親友と同じ名前……
そう言い残して再び駆け出した少年の姿を、慌てて【神眼】で見てみた。赤い炎が渦巻く魂をはっきりと捉え、あの少年が飛鳥の転生した姿だと気づくや、力を溜めながら今の時代について調べた。
第三次世界大戦を経ての地球連邦樹立。それに反発するイスダルンとの衝突。時空崩壊の発生と、それによってもたらされた大陸での争乱。DC戦争の勃発と、ゴースト出現による停戦。未知の勢力・ルミエイラとの小競り合い。
さまざまな話題が流れ込んできたものの、最も関心を引いたのは鬼についてだった。そう呼称される異星生命体による侵略。ファナティカーが別世界へ逃げたのを追いかけていた頃――――――が数千年前に撃退し―――――と聞いた。
――それなのに何故侵攻を始めた……まさか奴等か!もしそうだとしたら不味い
明確な危機感を抱くや、なんとか力の一部から分身を産み出して飛鳥のもとへ向かうよう告げた。通気孔から外へ行くのを見届けると、再び眠りについた。
飛鳥が四天学園に転入した日の夜。伊豆基地では、今日の訓練を終えた非特隊の少年少女たちが食堂のテーブルを囲んでいた。
「今日もなんとか終わったなぁ……」
「だなぁ……」
互いに疲れの浮かんだ顔で呟きながら、恭弥とユウはトレイに盛られた料理を口に運んでいく。
その向かいでは、途中で合流したリグルがカノンを労っていた。
「カノン、大丈夫?今日もかなり激しかったけど」
「うーん、疲れたと言えば疲れたけど……でもやっぱり、いろんなロボットが動いてるところを見るのはワクワクするな。そんなのと摸擬戦なんてもう燃えるしかないでしょ!」
「わかるっ!午前中は座学ばっかでムズムズしてくるけど、それも午後からの実機訓練で発散だからねっ。ウチのギガンティックなんか摸擬弾バンバン撃てて、もうスッキリ!」
「……それは何か違わない?」
こちらも疲れているだろうに活力のあり余ったような顔でカノンは語り、それに何度も頷いて続くフィルシアに、サクラは控えめに訂正を試みる。
「…………」
その横ではナガイが我関せずと黙々と食事を続け、さらにその隣では、一夏がユイに声をかけていた。
「もうすぐ1週間くらい経つけど、ユイ、訓練には慣れたか?」
「なんとか。パワードールの復習はちょっと大変ですけど……」
疲れた顔に笑顔を浮かべてそう答えるユイの服装は、すでに借り物の私服ではなく、入隊志願の2日後から支給された連邦軍の制服だ。
「一応訓練課程で習いはしましたけど、実機を触る機会なんてまずありませんでしたから」
「そうか。まぁ、慣れない物を使い始めた頃ってやっぱり戸惑うよなぁ。俺も白式を使い始めたばっかりの頃、急降下の練習で止まり方がわからなくてさ。そのままグラウンドに墜落して大穴空けたことあったよ」
「……そうなんですか……」
「しかもそれを見てた女子たちがくすくす笑っててさぁ……正直、あの時は心折れかけたっけ……」
「……そう、なんですか…………」
語るごとに一夏の視線はテーブルへと落ちていき、その様子と、なによりもダイナミックな失敗談に、ユイはなんと声をかけるべきか迷ってしまう。
「ま、それでもどうにかこうにかここまでやってこれたんだけどな」
「!そ、そうですよね。失敗しても、それを次に繋げることが大切なんですよね!」
やや苦味のある笑顔を浮かべる一夏に、ユイは直前の沈黙を埋めるつもりで力を込めて頷く。
直後、こちらを真っ直ぐに見つめるカノンとフィルシアの視線に気づく。
「「ヒュー、ヒュー♪熱いねぇ!」」
「ッ!!」
「?」
2人のあからさまな冷やかしに、ユイは瞬時に顔を熱くし、その様子に一夏は「風邪か?」などと思いつつ首を傾げる。
「カノンやめて。主として恥ずかしい……」
「同じく……」
それでもなお「ヒュー、ヒュー♪」をやめないカノンとフィルシアに、リグルとサクラは頭を抱えた。
そんな賑やかな食事の最中、不意に恭弥の携帯電話が鳴る。
「メール?」
「誰から?」
「虎だ」
ユウの問いに答えつつ、恭弥は虎次郎から送られてきたメールを開く。
「『よう恭弥。今日飛鳥が転入してきて、早速部活に誘ってみたんだ。』……あぁ、飛鳥くん四天学園に入ったのか」
「確か、恭弥さんが中学まで通ってた学校ですよね?」
「うん。そうなると、飛鳥くんは僕の後輩ってことになるのかな?」
読み上げたメールを受けてなんとなしに訊いてくる一夏に、恭弥もぼんやりと返す。
と、ユウが心なしか焦れたように訊いてくる。
「部活に誘ったって、飛鳥何部に入ったんだ?」
「えっと……『そしたらこれが予想以上の逸材!俺の目に狂いはなかったぜ!!これなら今度の仮想実演はいけるッ!というわけで、今度の週末休みがとれるようなら非特隊の連中も誘ってレスキュー用強化外骨格展示会に来てくれ。旧友の晴れ舞台をぜひ見に来てくれよ。それじゃあ。パイロット生活頑張れよ!』……強化外骨格展示会……パワードスーツ研究会か。虎のやつまだやってたんだ」
高校進学以降疎遠になっていた友人の、しかし1年の間を空けても変わらない姿に、恭弥は思わず安心の笑みを浮かべる。
「パワードスーツの展示会……それに飛鳥も出るって?」
「はっきりとは書いてないけど、文脈からいってそうだと思う。レスキュー用強化外骨格展示会か……」
再度確認するユウに応じながら、恭弥は書かれていたイベントをネットで調べてみる。
「へー、毎年やってるんだ。虎の言ってた仮想実演ってこれか」
「どれどれ?」
呟きながら操作している画面をカノンが覗き込んでくると、他の面々もつられて恭弥の端末を観る。
画面の中には、ハンドメイドのパワードスーツが展示されている様子や、それを実際に着てなんらかの競技に興じている人々の画像が説明文付きで表示されている。
「へー、面白そうじゃん!それにメカ関係なら、私は是非行きたいけど」
「ウチも!お祭り行きたい!!」
すかさずカノンとフィルシアが手を挙げる傍ら、ユウが静かに告げる。
「……飛鳥も参加するんなら、オレも行きたい……かな?」
「「ほぉ?」」
遠慮がちというよりもいっそ引け腰なその申し出に、しかしカノンとフィルシアは色めき立つ。
「飛鳥が参加するなら、ねぇ?」
「ユウってば“そっち”の人だったの?ヒュー♪こっちも熱いねぇ!」
「違うっ!」
2人のからかいに、流石のユウも珍しく声を荒げる。
「飛鳥は、なんていうか……一緒にいると楽しいんだよ。話が合うっていうか……そういう奴が部活頑張ってて、その成果を発表する機会があるなら、できるだけそばで見届けてあげたいって、それだけだよ……」
「わかってるって。さっきのは悪かったよ」
「ウチらもさすがにおふざけが過ぎたと思ってる。ゴメンね」
少し拗ねた顔で告げるユウに、カノンとフィルシアはさっきより悪ノリの引いた笑みで返す。
「でも行くにしたって、まずは予定がどうなるかだけど?」
「それなぁ……」
仕切り直すようにかけられた一夏の現実的な言葉に、ユウは渋い顔を浮かべる。
「まぁ、そこはシュウさんに相談してみるしかないよ。別れ際、ライカさんやウォルターさんと待機室に行くって言ってたから。とりあえず人数の確認だけど、行きたい人」
恭弥の呼びかけに、カノンとフィルシア、ユウはすぐに手を挙げ、サクラとリグルも消極的ながらそれに続く。
「ユイはどうする?」
「そう、ですね……じゃあ、私も」
自分も手を挙げている一夏に、ユイはどこか気恥ずかしそうに応じながら手を挙げる。
「ナガイさんは……」
「…………」
「りゅーかい」
いつもより大きな味噌汁をすする音を返事にしたナガイに、訊いたカノンは不参加の意思を汲み取る。
「僕を入れて8人か。じゃあ食事が終わったら、僕と一夏君、それとユウ君で行ってみよう」
「わかった」
「了解です」
確認した恭弥にユウと一夏が応じると、一同は食事の手を速めた。
今日の訓練の後、少年少女たちと別れた光秋、ライカ、ウォルター、そして光秋に呼ばれたエリックと、その付き添いで来たカトリーナは、非特隊の待機室に集まるや手にした資料にそろって渋い顔を浮かべていた。
「このタイミングで『攻め』の仕事ですか……」
頭を掻きながら、光秋は資料の要点を嘆息混じりに呟く。
「内偵が進んでいたDC残党の拠点の制圧……」
「確かにみんなの練度は上がっている。この辺りでこういう任務も経験しておいてもいいのかもしれないが……」
そう続くエリックとウォルターだったが、その顔色はいずれも優れない。
「非特隊はこれまで、
「そう。今回のような『攻め』の仕事――事前に準備を整えた上で
ライカの言葉を引き継ぐ形で、光秋は自身の――ひいてはこの場にいる全員の懸念を口にする。
「でもまぁ、戦力的には連邦軍全体で見ても上位に入るわけですし、いつも通りみんなで行ってみんなで対処すればまず上手くいくはず――」
「いや、そういうわけにもいかないんですよ」
ますます重くなりそうな雰囲気に抗しようと敢えて楽観的な様子で話すカトリーナだったが、眉間のしわを一層深めた光秋がそれを遮る。
「上層部からの要請で、突然の有事に備えて戦力の一部を伊豆基地に残しておいてほしいとのことで。だから、みんなで行くってことはできないんです」
「そんな……」
そう続いた光秋の説明に、カトリーナはなけなしの楽観を捨てざるをえなかった。
「……それで、その話が出たのでここで言わせてもらいますが」
その様子に小さく罪悪感を抱いたのも一瞬、胸の中で不可抗力と割り切った光秋は話を続ける。
「機動力の観点からヴェーガス、そしてその艦載機であるネメシスタイプ3機には残ってもらおうと思います。あと輸送の観点からカイザーにも。まぁ、後者はまだ『予定』ですが……ただこうなると、作戦に参加するメンバーの機体特性に偏りが生じるんですよね。特に遠距離型のギガンティックが抜けるのは痛いというか……」
「非特隊ができたばかりの頃の問題の再発ですね」
「…………」
話を聞いていていつかの食堂での会話を思い出したライカの言葉に、本当に頭が痛くなってきた光秋は思わず手を添えてしまう。
「……一応、解決策も考えてはいますが……ま、それは追々進めるとして、ひとまずは今言ったように、拠点制圧作戦はネメシスタイプを除いたメンバーで進めようと思います」
仕切り直すつもりで意識して普段通りの様子で告げると、光秋は他の4人を見回す。
「……提示された条件を考えると、それが妥当かもしれないな」
「そうですね」
ウォルターが腕を組んで応じ、ライカもそれに続いて頷く。
「そうなると、残るネメシス3機の指揮は俺がとることになるのか?」
「そうなりますね。突然で申し訳ありませんが」
確認するエリックに、光秋は小さく頭を下げる。階級こそエリックの方が上ではあるが、非特隊において彼の権限は原則的にヴェーガスの管理のみに制限されている。光秋からすれば、本来は自分の仕事である部隊指揮の一部を他人に任せることが少し心苦しいのだ。
ノックの音が響いたのは、その時だった。
「?どうぞ」
「失礼します」
反射的に光秋が応じると、返事をした恭弥を先頭に、ユウと一夏も入ってくる。
「「「…………」」」
入ってすぐ、3人は室内の重苦しい雰囲気に、このタイミングで訪れたことを後悔した。
「えっと……今、取り込み中ですか?」
「出直した方が……」
「いや、いい。どうした?」
恐る恐る訊ねる一夏とユウに、気持ちを切り替えたかった光秋は中断を承知で敢えて応じる。
「「「…………」」」
言われた3人は互いに顔を合わせ、代表して恭弥が要件を告げる。
「実は、休暇をいただきたくて」
「休暇?」
「はい。僕ら3人を含めた、ナガイさん以外の未成年メンバー全員に。今度の週末、外出したい用があって……」
こちらの様子を窺いつつも恭弥は一気に言ってしまい、それを聞いた光秋は思わぬ見落としに気づかされる。
「そっか。そういうことも考えないとな…………」
「……何かあったんですか?」
頭を掻きながら独り漏らすと、一夏が訊いてくる。
「あぁ。詳しいことはもう少しまとまってから話すが、近々大きな作戦を計画してるんだよ。今そのことでみんなで話してたとこだ」
「作戦ですか?」
光秋が答えると、恭弥が少し強張った顔を浮かべる。
「じゃあ、休暇はやめておいた方が……」
「いや、別にこの週末くらいいいよ。そこまですぐじゃないし。ただ時期が近づいたら、体調を整えたりする観点からそういうことも考えなきゃなって思っただけで」
気まずそうに言うユウに、光秋は手を振って応じる。
「とりあえず、休むなら所定の手続きで申請しておいて。後で見ておくから。あ、街に出るなら外出許可もな」
「わかりました」
「それでは」
「……」
そう続けると一夏と恭弥が応じ、ユウも黙礼して部屋から出て行く。
「週末に友達同士でお出かけか……のどかですね」
「あの年頃なら、あれくらいが普通なんだろう」
それを見送ると、それまで浮かなかったカトリーナの表情に笑みが戻り、ウォルターも柔らかな顔で続いた。
「…………とりあえず、現状で言えるのはこんなところですかね。挙がった問題点に関しては僕の方で詰めて、後日改めて連絡します」
「了解した」
一連のやり取りで気を取り直した光秋の言葉にエリックが応じると、他の面々も了承の言葉や頷きを返す。
「それでは、今回はこの辺で。お疲れ様でした」
言いながら光秋は頭を下げ、4人も返礼すると、それぞれ資料を脇に抱えて部屋から出て行った。
(目下の問題は、戦力の調整だな…………)
そう思いながら最後に部屋を出る光秋の脳裏には、赤い四脚機と、横浜で出会った小柄な士官の顔が浮かんでいた。
雲ひとつもない快晴に恵まれたある日の早朝。
横浜区のレスキュー用パワードスーツ展示会会場、その搬入用入り口に1台の赤と黒にカラーリングされたトレーラーが停まり、5人の学生服を着た男女が降りてくる。
「ふ~かなり集まってるな……しかも前年度の最優秀賞をとった奴等も来てやがるな」
「そうね、でも今年は私たちが必ず勝つわよ!」
「「そうだ!今年こそ優勝だ!!」」
虎次郎、龍美、玄と武が辺りを見回しながら意気込んでいると、別の一団が近づいてくる。
「よう、虎。気合い入ってるじゃないか」
「おぉ、恭弥!みんなも来てくれたなっ」
先頭を行く恭弥に応じながら、虎次郎はその後ろの非特隊の少年少女たちに嬉々とした目を向ける。
「えっと……この人たちは?」
「「虎の知り合いか?」」
突然の大人数に、龍美と玄と武は虎次郎を見やる。
「ん?あぁ。恭弥は知ってるよな?中等科まで俺と一緒だった。で、他の奴等は……その、今こいつが通ってるとこで知り合った連中だよ。今日のこと連絡したらみんなで来るっていうからさ、ここに来れば会えるぞって話しといたんだ」
「そういうことね。初めまして。四天学園パワードスーツ研究会の龍美です」
「カノンでーす!」
説明に納得した龍美と真っ先に反応したカノンとの挨拶を皮切りに、双方は互いに自己紹介をしていく。
その横で、虎次郎は研究会の面々に注意しつつ恭弥に耳打ちする。
「一応軍人ってことは伏せておいたけど、OK?」
「助かる。僕らも変に意識されたくないしさ」
と、飛鳥がトレーラーを指さしながら言ってくる。
「とりあえずそろそろ、俺達のレスキュー用パワードスーツ運ぼうぜ。開場まで時間ないしさ」
「いけねえ!速く降ろして展示ブースに設置しないとな。龍美、玄、武、飛鳥、速く運ぼうぜ!」
「「「おう!」」」「はい!」
虎次郎の号令に4人は元気よく応じると、トレーラーから大人の背丈ほどもあるケースを2つ降ろし、関連機材と合わせて台車に載せたそれらを自分たちに宛がわれた展示ブースへ運んでいく。
その道中、飛鳥の頭がモゾモゾと動き、1羽の赤いヒヨコが飛び出してくる。愛らしい外見に反してその目付きは悪く、ここは俺の場所だと言わんばかりに飛鳥の頭頂に鎮座している。
それを見て、周りにいる一同に軽い衝撃が走った。
「えっ?なにこれ!なにこれ!」
「ヒヨコ……でしょうか?でもヒヨコって普通黄色いですよね?」
「スプレーじゃないか?縁日なんかで売られてるカラーヒヨコって、普通のヒヨコをそうやって染めたものだって聞いたことがあるけど」
興奮気味にフィルシアが顔を寄せ、ユイの疑問に一夏が聞きかじったことを頼りに答えてみる。
「飛鳥、そのいかしたヒヨコはなんだ?」
そんな一同を代表するように、虎次郎が訊いてくる。
「え?あぁ。2、3日前にオレん家の近くで会ったんだ…………」
言うと飛鳥は、その時のことを振り返りながら話し出した。
「桃兄の意識が目覚めない……タロウの傷は完全になおったはずなのに…………」
その日の深夜。ヴァルキリーズ極東支部から家へ向かいながら、飛鳥は兄貴分である桃矢のことを考えていた。
桃矢が同化するように乗り込むタロウという機体、その傷は完全に直ったはずなのだが、未だ中に入ったままの桃矢が目覚める気配はなかった。今までも似たようなことは何度かあったが、こうも長期におよぶ場合は初めてであり、それが飛鳥には大きな不安だった。
(…………まさかあのデカイ大砲を使って倒したから?タロウの動力は人の想い、精神的なエネルギーを力に変えるティルレガシィドライブ。それが予想以上の負担を……?なにかいる……)
不意に背後から何かの気配を感じると、そのまま先の角を曲がって姿を隠す。
気配も慌てて追いかけてきて、曲がってきたところを素早く飛びかかって捕まえた。
「捕まえた!……ってなんだコイツ……」
「ピヨヨ!ピ、ピヨヨ!!」
手の中にいたのは全身が真っ赤な目つきの悪いヒヨコだった。観察する間にも、腕の中で忙しく鳴いている。
「……ヒヨコ?でも大きいな。新種って奴か?うわ!?」
「ピヨ!ピヨヨ!!」
腕の中から飛び出すと、ヒヨコはその小さな羽を向けてくる。仕草から何かを伝えようとしている意図は汲むことができたのだが、
「ごめん、お前の言葉がわからないんだ」
「ピ、ピヨヨ~!?」
飛鳥の正直な返答に、ヒヨコはこの世の終わりのような顔を浮かべ、ふらふらと近くの電柱に歩み寄っていく。根本に着くとその場にしゃがみ込み、魂が抜けたような目を周囲に漂わせた。
瞬間、
「!」
蹲ったヒヨコを見ていた飛鳥の脳裏に、翼を大きく広げ、炎を羽のように舞い散らした赤い鳥のイメージが浮かんだ。
(ハッ!今のはなんだ?昔コイツと会った気がする……)
唐突に浮かんだイメージに妙な既視感を覚えると、飛鳥はヒヨコのもとに歩み寄り、その小さな体をつかんでちょこんと頭の上に乗せた。
「ピ、ピヨヨ?」
「なぁヒヨコ、お前の言葉はわからないけど、オレに会いに来たんだろ?だったら家に来いよ。多分じいちゃんだったら翻訳機が作れるからさ」
「……ピヨ!」
ヒヨコの元気な声を聞くと、飛鳥はそれを頭に乗せたまま、帰宅を再開した。
「……で今に至るんだけどさ、って虎!その七輪はなんだよ!?」
赤ヒヨコと会った時の説明を終えた直後、飛鳥は虎次郎が火のついていない七輪を抱えているのに気づく。
「まさか赤ヒヨコを食べる気じゃないよな?」
「え、マジ?」
「うわー、ケダモノ」
「う。そ、そんなことないぜ飛鳥、カノン。それとフィルシア、お前だって鶏肉くらい食うだろうが!」
飛鳥とカノンへの怪しげな返答と、フィルシアへの反論を返すと、虎次郎は逃げるように台車を押す足を速めた。
「それより
展示ブースに着くやそう言い、運んでいたケースの端にあるボタンを押す。空気の抜ける音と共にふたが開くと、それぞれ赤と白に塗り分けられた2機のパワードスーツ――ブレイズ01とブレイズ02が姿を見せる。
「へー、これが虎たちの?」
「思った以上に本格的ですね」
「「…………」」
ケースから出された2機に恭弥と一夏が関心を溢す傍ら、ユウとカノンは顔を近づけて細部までしげしげと眺めようとする。
「一夏の言う通り、学生のクラブ活動にしてはよくできてるな。というか、所々そんなんじゃ済まない部分もあるような……」
「お祭り気分が楽しみで来たけど、まさかこの世界――ごほんっ。この時代の最先端テクノロジーに触れられるとはねぇ…………このスーツ、展示が終わったら分解してみていい?中身見てみたい」
「やめてください。私たちの知恵と努力の結晶なんです」
軽く驚愕するユウに続いて、いつになく
「BBユニット装着、充電率50パーセント。人工筋肉圧電アクチュエーター連動確認……問題なしだな飛鳥」
「オリハルコニウムの強度も異常なしだ虎……ん?」
その間にも虎次郎と飛鳥が各種セッティングを進めていると、一同のもとにメガネをかけた金髪の学生が近づいてくる。レンズの奥にあるその瞳は、見事な
「あ~!前年度のレスキュー用パワードスーツ優秀賞受賞者、私立六晶大付属の『楯のユウジ』じゃねえか!元気してたか!?」
気づいた虎次郎は少年に駆け寄り、その肩をバシバシと叩く。それに対して少年――ユウジは嫌な顔ひとつせずに笑いかけてきた。
「タタタ、虎も相変わらず熱いね。ん、この子は?」
「聞いて驚けユウジ!コイツは俺達パワードスーツ研究会の期待のエース、新田飛鳥だ!!」
「新田?……あ、はじめまして。僕は
「あ、こちらこそ。新田飛鳥です」
応じながら、飛鳥は差し出された手を握る。
「…………?」
瞬間、握った手を通じてこの楯無ユウジという人物がただ者ではないと直感した。同時に妙な懐かしさを覚えたものの、それを訊こうとする前にユウジの関心は恭弥たちに移っていた。
「この人たちは?研究会のメンバーじゃないよね」
その問いに、恭弥が非特隊を代表して応じる。
「あぁ、僕、桂木恭弥っていいます。中等科まで虎と一緒だったんですけど、今回お呼ばれして。せっかくだから、今の友達も誘って来ました」
言いながらカノンたちを示すと、ユウジは納得した様子で笑みを浮かべる。
「なるほどね。イベントはお客さんもいないと成り立たないからね。楽しんでいってよ」
言うと今度は、セッティング中のブレイズ01、02に目を向ける。
「今年のはすごい出来みたいだね」
「当たり前だ、今年はこのレスキュー用パワードスーツ・ブレイズ01、ブレイズ02が最優秀賞をいただいてくぜ!」
「ふふ、楽しみにしてるよ虎、そして飛鳥くん。演習会で会おうね」
軽く手を挙げて笑顔でそう告げると、ユウジは自分の展示ブースへ戻っていった。
「…………なんだか、さわやかな人でしたね」
「だねぇ。いやぁ、虎にあんなイケメンの知り合いがいたとはねぇ。このこのぉ~」
「ちょっ、やめろって」
その背中を見送りながら、ユイは常に笑顔を絶やさなかったユウジへの率直な感想を呟き、フィルシアは作業を再開した虎次郎を肘で小突いた。
同じ頃。伊豆基地を発した連邦軍の公用車がヴァルキリーズ極東支部へ向かっていた。
その助手席に座る光秋は膝の上の鞄の中身をひと通り確認すると、隣でハンドルを握るヴェーガスの通信士――リン・スメラギに顔を向ける。
「すみません、スメラギ大尉。運転手頼んじゃって。初めはミヤシロさんに頼むかと思ったんですけど、僕が留守の間に何かあった場合、彼女に指揮してもらわないといけないので……」
「かまいませんよ。停泊中は自分に関係する機材の点検くらいしか仕事がなくて、けっこう暇でしたから。軽いドライブだと思えば、私の方もいい気分転換になりますし」
気軽そうに言ってくれるリンに、余計な手間を取らせてしまったかと思っている光秋は救われた気持ちになる。
「でも、意外ですね。加藤大尉が車の免許持ってないなんて」
「いろいろ訳ありでして……」
素朴な疑問を投げかけるリンに、光秋は苦笑いを返す。
その間にも車は進み、極東支部に差しかかる。
各々身分証を見せて車ごと門をくぐると、敷地内の車道を進んで司令部のビル近くに車を停める。
鞄を持った光秋にリンが続き、2人で司令部の入り口へ歩いていると、声がかかる。
「あれ?加藤大尉」
「アマネさん。カンザキさんたちも」
振り返ると、ヴァルキリーズの制服に身を包んだアキラが、ミオとサヨコを伴ってこちらに歩み寄ってくる。
「打撲は……もう大丈夫そうですね」
「あぁ。あれからすぐに治ったよ」
最後に会った時はアイシングしていた足が軽快に動く様子に安心して言う光秋に、アキラは心なしか嬉しそうに頷く。
「今日はどうされましたか?」
「あぁ、ちょっとこちらの司令部と今後の打ち合わせに」
ミオの質問に、光秋は極東支部司令たるリトスがいるであろうビルの上層階を見やりながら答える。
「打ち合わせ?」
「鬼対策において、非特隊とヴァルキリーズの本格的な協力体制を築こうという話がありましてね。その事前準備というか、双方の情報交換に伺ったんですよ」
首を傾げるサヨコに、光秋は諸々の資料が入った鞄を示す。
そこで、それまで隣で様子を窺っていたリンが控えめに訊いてくる。
「加藤大尉、ヴァルキリーズの隊員に知り合いがいたんですか?」
「知り合いというか、この前来た時に話す機会がありまして」
「……えっと、そちらは?」
光秋が応じる傍ら、うっかりビンタしてしまったことを思い出したアキラは居心地の悪そうな顔を浮かべ、それを誤魔化すようにリンについて訊ねる。
「あぁ、紹介が遅れましたね。こちらはリン・スメラギ大尉。普段はヴェーガスの通信士をされていて、今回運転手として付き合ってくれたんです」
「はじめまして」
光秋の紹介にリンは頭を下げ、アキラたちも返礼する。
と、顔を上げたミオが言ってくる。
「そういうことなら、また司令のもとまで案内しましょうか?」
「いや、さすがにもうだいたいの道は覚えて――」
「万が一迷うことがあっては困りますので」
「えっ、ちょっと――」
言うやミオは光秋の手を引き、本人が戸惑うのも構わずビルへ向かって歩き出す。
「お、おい、ミオ」
同僚のらしくない姿にアキラが困惑の声を上げながら、他の面々もその後に続いた。
ユウジとの会話から少しして開場時間となり、企業関係者や親子連れといった大勢の人々が会場内に入ってくる。
企業関係者たちは各ブースを回って展示されたパワードスーツを見物しながらソレを作り上げた学生たちに質問をし、子供たちは色とりどりのパワードスーツに目を輝かせながら見て回っていく。
そんな中、四天学園のブースでは、
「虎、02の装着テスト実演やるぞ」
「おう!01の調整も兼ねてやってみっか」
「用意できたわよ虎」
「「いつでもいいぜ虎の旦那、飛鳥!」」
飛鳥の提案に虎次郎も意気揚々と合意し、整備用端末を持った龍美、玄、武が頷く。
「「着装!」」
それを見るや2人は同時に叫び、正面に鎮座していたブレイズ01、02のバイザーが輝く。それを合図に各部の装甲が開き、そこから伸びたアームが2人の体を掴んでその身を覆っていく。最後に頭部を装甲が覆うと、バイザー下のツインアイが輝いた。
『『ブレイズ01!ブレイズ02参上!!』』
「「「おぉー!」」」
装着が完了すると同時に飛鳥と虎次郎が構えて叫ぶと、先ほどから作業を見学していた非特隊の少年少女たちに加えて、いつの間にか集まっていた子供たちが歓声を上げて喜んでいた。
「レスキュー用ってことらしいけど、こうして見ると特撮かなにかのヒーローみたいだな」
「俺の知り合いにもいますよ。こういうの好きな奴」
心なしか童心に返った恭弥に、一夏はどこか誇らしげに返す。
「……ところで、あの口上とポーズはいったい…………?」
『あぁ、それはオレも気になってました』
その横で、周りが興奮気味な中一人冷静なサクラが真面目に呟くと、聞こえた飛鳥は装甲に覆われた顔を虎次郎に向ける。。
『なぁ虎、このポーズに意味あんのか?』
『意味はある!それはカッコいいからだ!!』
「カッコいいって……」
「いや、カッコよさは大事だよサクラ!そもそもだね――」
自信満々に言い切る虎次郎にサクラは呆れ顔を浮かべるも、次の瞬間には激しく同意したカノンの熱弁に圧倒される。
その様子を気の毒に思いながら、飛鳥は思った。
(……そんな答えが返ってくるとは予想してたけど、ストレートすぎるだろう……でも、悪くないかもな)
サクラの呆れ顔に共感しながらも、まんざらでもない気持ちを確かに自覚していた。
と、集音センサーが幼い子供の声を捉える。
「り~~ん!!ちゃ~~~~ん!!こっちにパワードスーツを着た人がいるよおおぉ~~~~!!」
「わかったぁ!!今行く!!」
声のした方に目を向けると、モニターに拡大映像が表示され、双子と思しき姉妹が自分たちを見ようと駆け寄ってくるのが見えた。
と、その内の1人がつまずいて転びそうになる。
『危ない!』
言うや飛鳥は足に軽く力を入れ、地面を蹴る。連動した人工筋肉が最大で稼働するとパワードスーツを纏った体を跳躍させ、少女のもとに急降下して優しく受け止めた。
「「「おぉー!」」」
それを見て非特隊の面々を中心に再び歓声が上がる中、飛鳥はバイザー越しに少女を見ながら言う。
『あんまり駆けちゃダメだよ』
「あ、ありがとう……えと」
「ちょっと!!走り回ったら危ないって……あ、ありがとうございます」
抱えられた少女が気恥ずかしそうに言い淀んでいると、ちょうど追いついたもう1人の少女が頭を下げてくる。
『い、いやとりあえず怪我がなくてよかったな……えと』
「わたしは鈴だよ」
『鈴か。そっちの子は?』
「り、りんです」
『そっか鈴とりんか……じゃあ君たちに大サービスだよっと』
言うと飛鳥は2人に手を伸ばし、頭の高さまで抱きかかえた。
「「うわああすごい高いよ」」
『そうか喜んでもらえて嬉しいよ』
笑顔になった2人をバイザー越しに眺めて、飛鳥も少し嬉しくなった。
(双子か…………)
ふと懐かしい顔を浮かべながら口の中で呟いた直後、虎次郎の切羽詰まった声がかかる。
『おおい!飛鳥!こっちも手伝えぇぇ!?』
見れば大勢の子供たちに囲まれた虎次郎が、ブレイズ01を装着した姿でサインをねだられていた。着ているもののデザインも相まってか、公演後のヒーローショーのワンシーンを想起させる。ただ、肝心の
そんな親友の様子に、飛鳥はりんと鈴を抱えたまま慌てて駆け戻った。
しばらくして飛鳥と虎次郎が子供たちから解放された頃。ヒナ、ユウ、シゲ、ミコと名乗る4人が、りんと鈴を迎えに訪ねてきた。
「鈴とりんが大変お世話様になったみたいで本当にありがとうございます」
「あ、いやオレは全然気にしてないですから」
「そういや飛鳥はヴァルキリーズの託児所にいる子たちにすごくなつかれてるからな」
「う、アレはなんか寂しそうにしてたから童話や折り紙を教えてたらいつの間にかに」
「でもスゴいもん作れるんだな飛鳥に虎に玄、武、龍美。今度機会があったら色々教えてやるよ」
「シゲさん、あんたならいつでも大歓迎だぜ!」
飛鳥が迎えにきた面々と語らう中、虎次郎とシゲがガシッと腕を組む。
それを見て苦笑いを浮かべながら、飛鳥はピンクと白の紙で鶴を折り、はしゃぎ疲れて眠ってしまったりんと鈴のポケットにそれらをそっと入れた。
それからしばらくはカノンやユウも交えたメカ談義で盛り上がり、ひと通り話し終えるとまた会う約束を交わしてミコたちは去っていった。
しばらくして昼になると、ブレイズ01、02の調整を終え、それらを演習の会場へ運ぼうとする。
街の方から爆音が響き、空気が震え、煙が立ち上がるのが見えたのは、その時だった。
同時刻。ヴァルキリーズ極東支部の司令室で光秋と打ち合わせをしていたリトスのもとに、オペレーターから連絡が入る。
「司令!ヨコハマ地区に将鬼と砲鬼、及び雑鬼が複数出現しました!」
「直ちにヴァルキリーズ第三、第四分隊に出動を要請。民間人の避難誘導を最優先して鬼達の撃退行動を」
「は、はい!ヴァルキリーズ第三、第四分隊出動せよ」
リトスの即答が復唱される傍ら、それまで机を挟んでリトスと向かい合っていた光秋は席を立っていた。
「すみません司令。打ち合わせは一旦中断で。スメラギ大尉にはここで待機するよう言っておいてください」
早口に告げるや司令室を駆け出て、数分後にはビルの前からニコイチで飛び立って行った。
同じ頃。地下格納庫は出動前の喧騒に包まれていた。
その一画には鎧武者を
落胆の顔で物言わぬタロウを見上げていると、不意に気配を感じて後ろを振り返る。
「ノゾミくん、それにアカネくんまで!?」
思わぬ顔ぶれに驚く源三の横を過ぎると、2人は静かにタロウの足元に近づき、手を触れる。
「桃矢、私たちみんなを守りに行ってくるわ……」
「桃ちゃん、帰ってくるまでに目を覚ましてね……私、信じてるから」
「隊長、準備はできました!」
「わかったわ……源三博士、桃矢をお願いします」
部下の呼びかけに応じると、ノゾミは頭を下げてタロウから離れていった。
アカネの方も目を閉じたまま少し長く佇んでいたものの、やがてタロウから手を離し、姉の後を追っていった。
そんな姉妹の駆けていく姿を見て、源三は再度桃矢の意識を回復させるための方法を探すのだった。
桃矢を想う人達のために。
同時刻。伊豆基地では光秋の代理となったライカの指示のもと、鬼鎮圧のための出撃準備が行われていた。
ライカのシュルフツェンと、ウォルターのザクⅠを載せたレイディーバードが飛び立ち、その後ろをネメシスタイプ3機を積んだヴェーガスが続くと、シュルフツェンのコクピットから通信を繋ぐ。
「非特隊各機、こちらは加藤大尉合流まで隊全体の指揮をとることになりましたライカ・ミヤシロ中尉です。作戦の確認ですが、現場上空に着き次第、私とコバックさんが地上へ降下、コバックさん援護のもとに私がユウ、サクラ、フィルシアの3名を確保してヴェーガスへ向かい、各々の機体に搭乗させる。以降はこの5機と、個別に現場に向かっているであろう加藤大尉――合わせて6機、およびヴァルキリーズの部隊と共同で鬼を迎撃します」
ひと息に言い切ると、「質問は?」と通信の向こうの面々に伺う。
それに最初に応じたのは、シュルフツェンと向かい合う位置に固定されたザクⅠ、そのコクピットに収まるウォルターだった。
『今回、こちらの戦力は6機と言ったが、他の機体は……』
言いながらザクⅠのモノアイが横を向き、ライカも視線を追って自分たちがいる格納庫内を改めて眺める。
本来なら20メートル級を4機積むことができるレイディーバードの格納庫には、今はシュルフツェンとザクⅠの2機かいない。シルフィード、アトランティア、ユニコーン・白の3機は、今も伊豆基地の格納庫に佇んでいる。
「今回はなしですね」
言いながら、ライカの脳裏に伊豆基地を立つ前の光景がよぎる。常時ヴェーガスに積まれているネメシスタイプ3機はともかく、パイロット不在の機体を輸送機に運ぶのは時間のロスだと言って置いて行くように指示した自分の姿が。
『やはり、そうなるか……この世界での初戦としては、少々心もとない気もするが…………』
薄々承知していたウォルターが、思わず不安を溢した。
『…………ところで、ナガイのカイザーはどうした?輸送機に載せているわけでもなかったようだが』
「あぁ、彼は…………」
そんな気持ちを誤魔化すことも兼ねて続いたウォルターの問いに、ライカは格納庫の床に視線を落とし、そのさらに下に広がる地上を幻視した。
そんなライカの視線の先――かどうかは定かではないが。
「チクショォォォッ!!」
不満満載の雄叫びを上げるナガイのカイザーが、街の大通りを疾走していた。
50メートル級の機体を輸送するにはレイディーバードがもう1機必要になる、それを準備している時間が惜しいというのがライカの判断であり、だから現場まで走って向かってくれというのが指示であった。
「クソッ。何で俺ばっかりが……」
緊急時であることはナガイも理解しているために指示には従ったものの、自分だけが自走しなければならない不満が消えるわけではなく、走り続けながらも空のどこかにいるであろう非特隊の面々を恨みの籠った目で睨みつけた。
余談だが、この時に生じた振動による被害や機動兵器が街中を駆ける光景に驚いた人々の連絡が伊豆基地に殺到し、後ほど光秋たちが対処に追われることになるのだった。