スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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 企画メンバーからの提案により、今回から場面が変わる際の空白を2行から4行に増やしました。
 今後もこうした変更がなされる可能性がありますが、ご理解ください。


6 伊豆、到着

 空に空いた穴をくぐると、ベネクティオは広大な格納庫らしき所に出る。

 野球場ほどの広さを壁で細かく区切り、その壁の両側には整備中のクロイツリッターを納めたハンガーが無数に並んでいる。

 格納庫の一番奥にあるベネクティオ専用のハンガーに機体を納めると、操縦席に座る少女――甲冑の上に金刺繍のマントを羽織ったアリアは通信を繋ぐ。

 

「グリム閣下」

『アリアかい。首尾はどうだった?』

 

モニターに映し出されたのは、水晶玉越しにアリアに指示を与えた若い聖職者の様な男である。

 男――グリムの問いに、アリアは奥歯を噛み締めながら応じる。

 

「申しわけありません。クロイツリッター12機を失い、こちらは1機も墜とすことができませんでした」

『クロイツリッターが12機もか。ふむ…………』

「…………」

 

 考え込むグリムの沈黙に耐え切れず、アリアは思わず口を開いてしまう。

 

「この様な失態、言い訳のしようがありません。かくなる上はどの様な処罰も――」

『いや、それはいい』

 

アリアの言葉を遮って、グリムは考え事の顔のまま続ける。

 

『僕が君に与えた任務は宣戦布告と威力偵察だ。君はきちんと布告し、その上でシルフィードの部隊と交戦して帰ってきた。少なくとも任務は果たしたんだ。気に病むことはないよ。後で交戦記録をレポートにして提出してくれ。その後は休息を取るといい。以上だ』

 

言うやグリムの方から通信は切れ、コクピットは静寂に包まれる。

 

「…………うぅ!」

 

 それを破る様に、俯いたアリアから湿った声が漏れる。

 

(誇り高き騎士の末裔である私が、何の戦果も残せずオメオメと逃げ帰ってくるなど!……敵に降ることは防げたが、そんなものがどうなるというのだ!)「いっそ罰を与えられた方が……」

「気が楽か?」

「!?」

 

突然かけられた声に、アリアは驚きのあまり涙を止めて声のした方を見ると、乗機と同じ「ベネクティオ」の名を持つ赤毛が操縦席の左側に背中を預けて佇んでいる。

 

「いつからいた?」

 

涙を拭うや、険しい視線を向ける。

 

「初めて会った時に言ったはずだ。俺は常にお前のそばにいると……それと、お前は一度の失敗で心が折れる弱い奴か?」

「何?」

 

ベネクティオの挑む様な視線に、アリアの目がますます険しくなる。

 

「確かに今回は散々な結果に終わった。()()()な」

「?……」

「お前は連中のやり方を直に感じた。そして生きて帰ってきた。それは連中の手の内を、その一端を知ったということだ。少なくとも、次がどうなるかはわからない」

「……次……」

 

なんの変哲もない言葉。しかし今のアリアにとっては、一筋の光の様な言葉を呟いてみる。

 

「……そうだ。これで終わりはしない。次こそはシルフィードを、そして白い犬を、非特隊と名乗ったあいつらを!」

 

拳を固く握り締め、アリアは打倒非特隊を決意する。

 

 

 

 

 伊豆基地。

 日本をはじめとする極東一帯の安全保障の中枢たる連邦軍の一大拠点であり、さまざまな計画の本部が置かれている軍全体にとっても要所といえる基地である。

 そして現在は、非特隊の本拠地が置かれている。

 

 

 

 

 基地に着いた非特隊一行は、真っ先に降りてどこかに行った光秋を除いて、レイディバードから機体を降ろして格納庫のハンガーに納め、入れ違いに集まってきた整備兵たちを離れた場所から眺めている。

 

「こうやって並べて見ると、ゲシュペンストが一番傷ついてますね」

「まぁね。敵機に体当たりしてたし……ふぁーあ……」

「それは恭弥さんもでしょう?ていうか、ちゃんと眠れたんですか?」

「いろいろあってさ。あんまり触れないで……」

(……始末書、書いておいてよかったかもしれませんね)

 

寝違えに顔を歪める一夏と寝不足気味の恭弥の会話を聞き、前面装甲がひしゃげたゲシュペンストを見ながら、ライカは手に持ったディスクを握り締める。

 

「私は司令に挨拶してくるので、加藤大尉にはそう伝えてください」

「了解です」

 

一夏が応じると、ライカは司令室へ向かって歩き出そうとする。

 が、直後、

 

「「「?……」」」

 

コツ……コツ、と男性らしからぬ足音が聞こえ、3人は後ろを振り向く。

 と、何とも珍しい光景が広がっていた。

 

「貴女にしてみれば初めましてかしら?ライカ・ミヤシロ中尉」

「「「……」」」

 

何ともちまっこい少女が手を腰にやり、これまた偉そうな態度で3人を見上げていたのだ。側頭部あたりで結ばれた栗色の髪が僅かに揺れている。

 とりあえず挨拶をされていることに気づいた3人は、それぞれ敬礼をする。

 

「初めまして。本日付でこちらに配属となりましたライカ・ミヤシロ中尉です」

「織斑一夏曹長であります」

「桂木恭弥曹長であります」

「……えっと、失礼ですが、貴女は?」

 

3人を代表してライカが問う。

 

「良く聞いてくれたわね!私はメイシール・クリスタス、人呼んで天才開発者よ!」

 

 少女――メイシールはそう言って、演劇でもするのかというぐらい大げさに胸に手を当てる。サイズが合わなそうなダボダボの白衣が何だか笑えてくる。

 とりあえず嘘を吐いているようには見えない。

 

(親の手伝いでもしてるのかな?)

(否、このパターンは……)

 

恭弥と一夏はそう考える一方、別の可能性を思い浮かべる。

 しかし、ライカの疑問はそこにはなかった。

 

(……自己紹介する前に私の名前を?)

 

 確かにこの少女は自己紹介する前に、自分の名前を言い当ててきた。

 

「不思議そうな顔してるわね。なら教えてあげる。私が、貴女を、ここに呼んだの。非特隊に推薦したのよ」

「……へ?」

 

 メイシールは携帯端末を操作し、その画面に表示されているものを読み上げる。

 

「ライカ・ミヤシロ、21歳の10月30日生まれ。大陸遠征部隊に選出されると同時に中尉へ昇進。そして、大陸におけるDC残党一掃作戦時に撃墜、生死の境をさ迷っていたが奇跡的に回復し、現場復帰……と」

 

 若干舌足らずな声で読み上げられたのは、ライカの経歴だった。

 

「……ミヤシロ中尉、今の話――」

「貴女……何なんですか?」

 

恭弥の言葉を遮る様に、ライカはメイシールに問う。

 

「何度でも言ってあげる。私が貴女をここに呼んだの。アレに……『シュルフツェン』に乗ってもらうためにね」

 

 そう言ってメイシールが指差したのは、整備を受けている灰色のゲシュペンストである。

 『シュルフツェン』、その単語の意味をライカは思い出してみた。

 

「ドイツ語で『泣いた』、でしたよね?」

「そう。あの子の正式名称はRPT‐007 量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ“シュルフツェン”。雑な直訳になるけど『泣き虫の亡霊』……ってとこかしら? 心当たりはあるわよね?」

 

 彼女の言葉でライカは、伊豆基地に来る前の戦闘を思い返す。

 

(……強制排熱(クールダウン)の時の音は聞き間違いじゃなかった……)

「正直、驚いてるわ。初搭乗で『CeAFoS(シーフォス)』に負けなかったのは貴女が初めて」

「あのシステムは……何なんですか?暴走、にしては随分と論理的でしたし」

「そりゃあ、そういうふうになってもらわないと困るわよ。あれほど戦闘に特化したものはそう無いんじゃないかしら」

(あんなのが?)

 

 そう言いたかったが、ライカは何とか言葉を呑み込んだ。

 

「……戦闘中に提示されたBMパターン、何故か見覚えのある脳裏に浮かんだ映像、極めつけはパイロットを無視した動作。……あのシステムは学習型コンピューターに分類されるようなものなのですか?」

「そんなもんね。ちなみにアレの正式名称は『Combat experience accumulation and Assessment of the situation according to Forced output System』。頭文字を取って『CeAFoS』よ。まぁ、要するに戦闘経験の蓄積と状況の判断によってデータを強制出力させる装置のことね」

 

 聞く人が聞けばメイシールの説明には何の不備もないのだろう。

 だが、実際に搭乗してみたからこそ言える疑問があった。

 

「パイロットは?」

「機体がパイロットに合わせるんじゃないの。パイロットが合わせるものよ」

 

 言ってることは無茶苦茶だが、これであのパイロットの耐久性を無視した機動には納得いった。

 ライカは己の悪運を恨めしく思う。

 

(なるほど、既に(ふるい)に掛けられていたんですね)

「ま、後でいろいろ教えてあげる。それよりもランドルフ司令へ挨拶に行ったの?」

「まだです。すぐに行こうとしたら貴女に引き留められたので」

「……貴女もしかして私のこと嫌い?」

「はい。少なくとも……」

「ミヤシロ中尉――!」

「子供に何が解る?と言いたいくらいには」

 

言いたいことを察した恭弥が止めに入ろうとしたものの、メイシールの問いにライカは即答してしまう。

 途端にメイシ-ルの表情が曇る。

 

「なっ……!あ、そー。そういうこと言っちゃう?」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべてきたが、ライカは動じない。

 一つため息を吐いたメイシールは、白衣の内ポケットからカードを取りだし、突きつけてくる。

 

「な……!?」

((やっぱり……))

 

カードに書かれている記述を目にして、ライカはついメイシールとそれを見比べてしまい、恭弥と一夏は予想が的中したことに肩を落とす。

 ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ続けていたメイシールはついに口を開いた。

 

「さて問題です。27歳でありながら少佐である私と、21歳で中尉のライカ・ミヤシロさん。どちらが上でしょーか?」

 

 血の気が引く感覚を覚えながらもライカは今の状況を整理する。

 背中に流れる冷や汗を感じつつ、ライカは姿勢を正し、答える。

 

「……数々の御無礼、お許しください。……クリスタス少佐」

「よろしい。さて、それじゃあ――」

「あぁ、みんなまだいたか」

「……」

 

突然かけられた声に自分の言葉を遮られ、メイシールは不機嫌そうに声のした方を向き、3人もそちらに顔を向ける。

 と、ライカと同じ白基調の連邦軍の制服に着替えた光秋が、右手にファイルらしき物を抱え、左手に紙袋を持って近づいてくる。

 

「……こちらは?」

「メイシール・クリスタス少佐。あのゲシュペンスト……えっと……」

「“シュルフツェン”よ!」

「あぁ、“シュルフツェン”の開発者で、ミヤシロ中尉を非特隊に推薦した人……らしいです」

 

光秋の問いに、一夏はメイシールに怒られながら答える。

 

「あぁ。貴女が」

「知り合いなんですか?」

「私は知らないわよ?こんなメガネ」

 

恭弥の問いに、メイシールは光秋にムスっとした顔を向けて答える。言葉を遮られたことをまだ根にもっている様である。

 

「申し遅れました。(わたくし)こういう者です」

 

言いながら、光秋は持ち物を器用に保持して懐から名刺を出し、それをメイシールに差し出す。

 

「……作家が軍の施設になんの用よ?」

「あ!すいません、また……」

「……この人は」

「?……なんですか?」

「違う名刺出したんですよ。よくやるんです」

 

呆れた顔で呟く恭弥にライカが首を傾げ、一夏がそれに答える。

 その間に、光秋は正しい名刺を改めて差し出す。

 

「こちらでした」

「……あなたが加藤大尉?」

 

名刺を一見したメイシールは、意外そうな顔をする。

 

「そうです。直接会うのは初めてでしたね」

「結局、知り合いなんですか?」

 

知った顔で応じる光秋に、恭弥が問う。

 

「非特隊の協力スタッフだよ。ミヤシロ中尉を推薦してきた時に少し相談した。といっても、その時はメールでのやり取りだったから、直接会うのはこれが初めてだけどね。以後よろしくお願いします。クリスタス少佐」

「こちらこそ」

 

一礼する光秋に、メイシールは無愛想に応じる。

 そんなことにかわまず、光秋は一同を見回す。

 

「さて、みんないるのならば、先に恭弥君の入隊式を済ませたい。外に出てくれ」

「僕のですか?」

「あぁ。その為に辞令と制服持ってきたからね。近くの更衣室で着替えてきて。一夏君も。僕たちは格納庫のそばで待ってるから」

「……了解です」

「わかりました」

 

いきなりその場の主役にされたことに戸惑いながらも、恭弥は紙袋を受け取って最寄りの更衣室へ向かい、一夏は制服を取りに寄宿舎へ駆けていく。

 それを見送ると、光秋はライカに向き直る。

 

「じゃあ、行きますか」

「いえ、私司令に挨拶に行こうと……」

「終わったら一緒に行きましょう。どの道僕も行かなきゃいけないから。形だけだからそんなに時間はかからないと思いますし……だからこそ、1人でも多くの人に出て欲しいんです。非特隊のメンバーなら尚のこと」

(…………それもそうか)「……了解しました」

 

少し迷いながらも、光秋の説明にライカは納得する。

 

「少佐はどうされます?」

「……それ終わらないと、司令室には行かないのよね?」

「そうですね」

「なら、ただ待ってるのも暇だし、出させてもらうわ」

「ありがとうございます」

 

言葉通りただ暇つぶしの為に出る様子のメイシールに、光秋は深く頭を下げる。理由はどうあれ、1人でも参加者が増えるのは嬉しい様だ。

 と、そのやり取りを聞いてライカに疑問が浮かぶ。

 

「少佐も司令室に行かれるのですか?何故?」

「何でって……間接的にとはいえ、貴女は私の部下になるからよ?やっぱり上司も行かなきゃ駄目じゃない」

 

メイシールの回答につい立ち眩みを起こしそうになったライカは、もっとカルシウムを摂らなくてはと小さな決意をしつつ、光秋、メイシールに続いて格納庫の外へ移動する。

 

 

 

 

 光秋たちが移動して少しすると、制服に着替えた恭弥が紙袋片手に駆け寄ってくる。

 

「お待たせしました」

「ん。あとは一夏君だね。遠いから少しかかるか?」

 

光秋がそう言って少しして、制服姿の一夏が息を弾ませて駆けてくる。

 

「ぜー、ぜー……すいません……遅くなりました……」

「遠いから仕方ないよ。それより大丈夫か?」

「……なんとか」

 

光秋の心配に呼吸を整えて応じると、一夏はメイシールとライカが並んでいる所に移動して直立不動の姿勢になる。

 一同の準備が整ったのを確認すると、光秋は入隊式を開始する。

 

「えーでは、略式ながら入隊式を始めさせていただきます。桂木恭弥、前へ」

「はい!」

 

若干の緊張を含んだ声で応じると、恭弥は光秋の許に歩み寄る。

 光秋は脇に抱えていたファイルを開き、挟まれている辞令を読み上げる。

 

「桂木恭弥、本日付けで地球連邦軍への入隊、それに伴う曹長への就任、及び非常事態特殊対策部隊への所属を命じます」

 

賞状でも渡す様に光秋は辞令を差し出し、恭弥は両手でしっかりとそれを受け取って脇に抱える。

 

「おめでとう。これで君も連邦軍人だ。以後その“力”を連邦の為に活かして欲しい」

「はい!力の限り頑張ります!」

 

台詞を読み上げる様に言う光秋に、恭弥は力強く応じる。

 と、光秋は少しだけ表情を緩める。

 

「ん……ここからは、また私人としての言葉を送ろう……この先、いろいろ困難なことがあるかもしれない。だが、自分の信じたもの、成したいことの為に突き進んで欲しい。時には無茶してもいい。誰かに頼ってもいい。その代わり、必ず生き抜いて自分を通して欲しい……僕からは以上だ」

「……は、はい!」

 

私人――光秋自身の言葉に多少戸惑いつつ、恭弥は敬礼で応じる。

 そしてその言葉は、ライカにも聞こえていた。

 

(信じたもの、成したいことの為に突き進む、ですか…………)「私も、今度こそ」

「?……ミヤシロ中尉、今なにか言いました?」

「いいえ」

 

一夏の問いに即答しながらも、ライカは小さな宣言を胸に刻む。

 と、光秋のよく通る声が響く。

 

「以上で、入隊式を終了させていただきます。以後、頑張ってください」

「「「!」」」

 

締めの言葉に、ライカ、一夏、恭弥は敬礼で答え、

 

「……終わったらかしら?」

 

メイシールが退屈そうな顔で訊いてくる。

 

「はい」

「そ。なら行くわよ」

 

光秋が応じるや、メイシールは司令室へ向かい、ライカもそれに付いていく。

 光秋もそれに続こうとするが、すぐに足を止める。

 

「そうだ一夏君。この後恭弥君に剣術の稽古をつけてくれ」

「俺がですか!?」

 

突然の頼みごとに、一夏は意外そうな顔をする。

 

「この中で剣術に一番詳しいのは君だからね。頼むよ」

「はぁ……」

「いや、でも……ロボット操縦するのに剣術なんて……」

 

恭弥が面食らった顔をする。

 

「シルフィードは剣術を主体とした格闘戦向けの機体のようだし、操作系の特徴を考えたら恭弥君自身の体にも覚えさせた方がいいだろう。それに、生身でもやり合える力を付けておくに越したことはない。というわけで、あとよろしく」

 

言うと光秋は今度こそ歩き出し、先を行くメイシールとライカの許に駆け寄る。

 

 

 

 

 司令室へ向かう3人の背中を見送ると、恭弥と一夏は顔を見合わせる。

 

「……とりあえず、言われた通りにしますか。俺と部屋一緒でしたよね。荷物置いたら道着と竹刀借りて道場行きましょう」

「だね。シュウさんも言うことも一理あるし、上官からの指示だし……」

 

 互いに頷くと、2人は並んで歩き出す。

 

「それにしても、クリスタス少佐って終始僕たちのことを蚊帳の外に置いてたよね。なんか苦手だなぁ」

「俺はデジャブを覚えましたよ。なんだろうってよく考えたら、知り合いにあんな感じの人がいたなって」

「そうなの?」

「もっとも、背丈も奇抜さもその人の方が上だと思いますけどね」

「ふーん……世の中、いろんな人がいるんだね」

 

そんな会話をしながら、2人は寄宿舎へ向かう。

 

 

 

 

 司令室へ向かう間、光秋がシュルフツェン、及び『CeAFoS』について問うと、訊かれたメイシールは先ほどまでの不機嫌が嘘の様にライカたちに話したことを嬉々として語ってくれる。相手が誰であれ、自分の作品に興味を持ってくれるのは嬉しいらしい。

 

「……つまり、勝手に動いたのは暴走ではなく、積んであったものが正常に機能した為、ということですか?」

「そういうこと」

 

光秋の質問にメイシールが胸を張って応じると、一行は司令室の前に着く。

 光秋が代表して衛兵に要件を伝えると、ドアがゆっくりと開かれる。 

 

「「失礼します」」

 

部屋に入るや光秋とライカは、机に座ってこちらを見据えている将官用の黒い制服を着た白髪の老人に敬礼をする。

 特にライカは、地球連邦軍・極東方面軍司令官でありながらここ伊豆基地の司令であるレイカー・ランドルフを前に多少の緊張を感じていた。

 

「加藤光秋大尉、横浜での一件の事後処理、及びミヤシロ中尉の救出を終えてただいま帰還しました」

「了解した。御苦労だったな」

「本日付で配属となりましたライカ・ミヤシロ中尉です。よろしくお願いします」

「歓迎しよう。……早速だが、2人の報告書は読ませてもらった。説明をしてもらおうか。まず、加藤大尉」

「はい」

(前もって書いておいたのが役に立った……)

 

 内心安堵するライカの隣で、光秋は説明を始める。

 

「報告にも書きました様に、突然現れた集団は自らを『ルミエイラ』と名乗りました。その行動の意図は未だはっきりしていませんが、連邦に挑戦していることは確かです。他の勢力の動向と合わせて注意する必要はあります」

「そうなるだろうな。もっとも、情報がほとんど無い現時点ではどうすこともできんが……とりあえず、回収したルミエイラ機の解析を急がせよう」

「よろしくお願いします」

 

 光秋が一礼して応じると、レイカーは視線をライカへ向ける。

 

「次にミヤシロ中尉、君を襲った所属不明機について聞かせてくれ」

「はい……私見ですが、自分は新手のテロリストではないかと考えます」

「中尉。私は中尉の口からもう一つの可能性を聞きたいのだが?」

 

底冷えのするような視線がライカを射抜く。

 

(……そうか)

 

と、ライカはあっさり理解した。自分は今、レイカーに試されているのだと。

 

「DC残党的な“何か”ではないか、そう考えています。機体から察するに、恐らくイスルギ重工からバックアップを受けているのは確実です」

「毒にも薬にもなる、というのはあそこのことを言うのだろうな。……ライカ中尉。今回の件だが、もう一つ気になることがある」

(ついに来たか)

 

ライカは腹を括る。

 不備がない報告書というのはつまり、自分のやったことが全てさらけ出されているということだ。当然、例の件もしっかり記述されている。

 

「何故最後の1機を撃墜しようとした?」

「……それは」

「私から説明しますわ」

 

 今まで後ろで黙っていたメイシールが前に出てくる。

 

「彼女の意思で墜とそうとしたのではありません。私の『CeAFoS』が敵機を撃墜しようと……いいえ、本来なら撃墜できていたのです。余計な邪魔が入らなければ」

 

言いながら、メイシールは光秋を睨みつける。

 

「……」

 

当の光秋はあくまでも涼しい顔を維持し、その刺す様な視線を受け流す。

 

「『CeAFoS』だと? あれはまだ使えるレベルではないと聞いていたのだが」

「……はい。ですから北欧から返してもらって調整をしたかったのですが、その前に今回の件が起きてしまいました」

 

そんな2人のやり取りにかわまずレイカーは話を続け、鋭い眼光がメイシールを捉える。

 お互い、軽く視線を交わしたのち、レイカーが先に引いた。

 

「……そうか、後で最新の報告書を私の所に提出してもらおうか」

「はっ。それに関連しての提案なのですが」

「何だね?」

「“シュルフツェン”のテストパイロットにライカ・ミヤシロ中尉を選びたいのです」

「……」

 

 雲行きが怪しくなってきたとライカは感じる。レイカーと光秋の手前、あまり勝手な発言も出来ないので、黙って見ていることしか出来ないのが悔しかった。

 

「彼女は初搭乗で“シュルフツェン”を乗りこなしました。彼女には、『CeAFoS』完成を手伝って頂きたいのです」

(完全にやられた……)

 

思いつつ、ライカはメイシールの言葉を思い出す。

 

(「私が貴女を呼んだの」)

 

「……と、彼女は言っているが中尉、君はどうかね?」

 

 この状況でそれを聞かれるとは。

 ライカはとりあえず冷静になり、この場を見直す。

 ここに居るのは、1人は自分よりも2つは上の階級の女――しかも、自分のプロジェクトに勧誘しているときた。もう1人は自分より1つ上の男――しかし、この話に口を挟む様子は無く、ことの成り行きを見守ることに徹している。

 ならば、もう答えは一つしかない。

 

「自分に出来るのであれば、全力で取り組む所存であります」(決意から数十分でこれですか……)

 

 諦めるしかなかった。メイシールが付いてきた時点でライカの負けは決まっていたのだ。入隊式での宣言から数十分後の早い挫折に、我ながら呆れてしまう。

 

「あら嬉しいことを言ってくれるわね。今後はよろしく頼むわ。ライカ」

 

そんなライカの気持ちとは反する様に、メイシールは満面の笑みを浮かべる。

 

「話はまとまった様だな」

 

 言いながら、レイカーは3人を見回す。

 

「すでに聞いていると思うが、非特隊は私の直属部隊となる。もっとも、実質的な指揮は加藤大尉に一任しているがな。以後頑張って欲しい。以上だ」

「「はい!」」

 

レイカーの激励に、光秋とライカは敬礼で応じると、振り返って部屋を出ようとする。

 が、すぐにレイカーは付け加える。

 

「それとクリスタス少佐」

「はい?」

「一つ忘れないでおいてもらおう。君のシステムは公には出来ない代物だ。結果を出せなければ開発は即打ち切りとなる。知っての通り、我々は鬼やゴーストといった未知の敵との対峙を優先しなければならない。そんな状況で、不確かな物にいつまでも貴重な予算は割けないのでな」

「えぇ、分かっていますとも」

(…………)

 

 司令室から出る瞬間にライカが見たメイシールの曇った表情は、恐らく気のせいではなかったのだろう。

 

 

 

 

 司令室を後にした光秋とライカ、メイシールは、廊下を歩いていた。

 

「……完璧に逃げ道を塞いでからのトドメとは本当に嫌らしいですね」 

 

 先ほどのお返しの意味も込めて、ライカはボソリとメイシールに対して攻撃をしてみたが、肝心の彼女は反応しない。

 

「貴女なら気づいていたんでしょう?『CeAFoS』の最悪の事態を」

 

代わりに返ってきたのは質問だった。

 

「はい。あのシステムは有人ではなく無人向けのモノだと思います。……人間が扱えれば新兵でもたちまちエースになれるのは間違いないんでしょうけど」

「そうね。分かってる。……だけど、そうはしない、いやさせない。そうじゃなきゃいつか鬼にやられてしまうもの……!」

「……少佐?」

 

 ただでさえ小さいメイシールの背中が、尚更小さく見えた。

 彼女の放つ空気をライカは知っている。目的を達成しようとするマイナスのやる気。暗い、ひたすら暗い方へ向かっていく者の空気だ。

 と、

 

「少佐、お願いがあります」

 

司令室を出てから沈黙を守っていた光秋が、真剣な顔で話し出す。

 

「『CeAFoS』の封印、ないしはリミッタ―を設定していただきたい」

「!」

「はぁ?なにを言ってるの?」

 

唐突な、しかし自分も検討していた言葉にライカは意表を突かれ、メイシールは常識を疑う様な視線を向ける。

 

「僕は正直機械には疎いのですが、一連の話を聞いて感じました。『CeAFoS』は危険過ぎます。前回の戦闘でミヤシロ中尉に見られた負担といい、突然勝手に動き出す仕組みといい、共に戦う相方としては不安要素が多過ぎます。ご存じかと思いますが、非特隊はあらゆる脅威に対処する為に設立されました。それは他の部隊以上に危険に遭遇する確率が高いということです。だからこそ、不安要素は少しでも減らしておきたいのです。お願いします!どうか封印を!」

 

メイシールの視線にかわまず一気に言い切ると、光秋は姿勢を正して深々と頭を下げる。

 しかし、

 

「お断りよ」

 

メイシールはそっぽを向いて即答する。

 

「“シュルフツェン”は『CeAFoS』をテストする為の機体なのよ。肝心のシステムを封印したら意味がないでしょう」

「確かにそうですが、やはりパイロットの命には代えられません。ミヤシロ中尉は貴女の部下であると同時に、()()部下でもあるんです。自分の部下が必要以上の危険にさらされるのを見過ごすことはできません」

「そんなのは貴方の独善でしょう?現にライカは自分の意思で私の誘いに乗ったわ!」

(……人を囲っておいて良く言う)

 

メイシールのあまりのふてぶてしさに、ライカは逆に尊敬の念すら感じてしまった。

 

「それはそうでしょうが……ミヤシロ中尉はどう思います?」

「……私ですか?」

 

光秋から話を振られ、ライカは改めて自分の気持ちを伝える。

 

「私は……加藤大尉の意見に賛成します。大尉の仰る様に、『CeAFoS』は負担が大きく、集団行動を取る上でも向いていません。封印、せめてリミッタ―を設けてください」

「貴女まで……!」

 

ライカの本格的な反撃に、メイシールは唇を噛み締める。

 

「……いいえ、ダメよ。誰が何と言おうとリミッタ―は設けないし、封印なんて論外だわ。もしこれ以上この話を続けるなら、私はここで失礼させてもらうわ」

 

言うやメイシールは顔を背け、2人を置いて速足で進んでいく。

 が、少し進んだところで一端足を止める。

 

「ただねライカ、これだけは言っておくわ。司令室で言ったことは本当よ。貴女と“シュルフツェン”の相性は私の知る限りで過去最高なの。私は『CeAFoS』を完成させるために、貴女を利用させてもらうわ」

「……質問が」

「何かしら?」

「何故ゲシュペンストをベースに?リオンやガーリオンでも良かったのでは? 更に言うならば確保しやすい量産型ヒュッケバインやルーク、サジタリウスの方が良いかと」

 

 今の連邦軍にしてみれば、ゲシュペンストは最早型落ちした旧式でしかない。同じPTでも量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱが正式採用された今、空にはAM全般、地上にはAD・ルークやPD・サジタリウス、そして場所を選ばないオールラウンダ―機・ヒュッケバイン、これらが連邦軍の主力機だと言うのに。

 ライカの質問は実にあっさりと返された。

 

「飛行能力のないADやPDでは『CeAFoS』の真価は発揮できない。使うならPTかAM。その中でもゲシュペンストは信頼に足る機体だと思った。だから、チューンした。質問は?」

「……ありません」

 

あまりにも淡白な返しであったが、言っている内容に何の疑問も湧かなかった。こんなところで自分と同じような意見を持つものと出会えただけでも珍しい。

 言うとことを言うと、メイシールは振り返ることなく2人の許を去っていった。 

 

(……ゲシュペンスト好きに悪い人はいない、ですね)

 

その背中を見ながらライカは、少しだけ、ほんの少しだけ、メイシールと仲良くなれそうな気がした。

 そして、

 

「結局断られてしまいましたか……」

 

隣で右手を頭に添えて困った顔をしている光秋に視線を向ける。

 

「先ほどはありがとうございました」

「いいえ。少佐の仰る様に僕の独善みたいなものですし、見極めの途中だったとはいえ、司令室で何もできなかったことへの埋め合わせと思ってください……と言っても、断られては元も子もないんですが……」

 

頭を下げるライカに、光秋は途方に暮れた顔をする。

 

「『見極め』?」

「『CeAFoS』に危険な感じを覚えたのは先ほども言いましたが、その上でミヤシロ中尉がどう出るか見ておきたかったんです。例え良かれと思っても、中尉の意思を無視したらそれこそ“独善”になってしまうでしょう?中尉が自分の意思で少佐のプロジェクトに参加するなら口は挟みませんでしたが、どうも違った様なので……やはりお節介でしたか?」

「いいえ。寧ろ助かりました」

「ならよかった……しかし、これからどうするか……」

 

光秋は腕を組んで考え込み、ライカは顎を撫でる。

 

(……こうなったら)

「……もしかして同じことを考えてませんか?」

「大尉も?」

「当ててみましょうか。少佐に内緒で封印、最低でもリミッタ―を付ける。どうです?」

「その通りです」

 

光秋の推測に、ライカは即答する。

 

「ばれたら大事(おおごと)ですね……でもま、中尉の命には代えられませんし。早速整備の方々に頼んでみますか」

「いえ、それなら私一人で――」

「なにをするかわかって止めなかった時点で僕も同罪ですよ。肝は冷えるけど、二人でやったことにしましょう。そうすればいざという時の恐怖も半分こで済みます」

「……よろしいのですか?」

「さっきも言った様に、埋め合わせと思ってください。早速」

 

言うや光秋は格納庫へ向かって歩き出し、ライカもそれに続く。

 

「ところで、中尉ってゲシュペンスト好きなんですか?」

「え?……」

 

 唐突な質問に、ライカは一瞬返事に困ったものの、すぐに心なしか弾んだ声で応じる。

 

「いえ、好きというわけではありません……“愛して”いるんです」

「ハハ、そうですか……」

 

会ってから今までのライカからは想像できない熱の籠った返答に、今度は光秋が束の間戸惑う。

 

「ところで、何故そのような質問を?」

「深い意味はありません。少佐がゲシュペンストを評価する発言をした時、少し嬉しそうな顔をした気がしたので、好きなのかなって」

「あぁ……」

「まぁ、僕も好きですけどね」

「!本当ですか?」

「え?……えぇ……」

「……!すみません……」

 

「好き」という言葉を聞くやライカは光秋に顔を寄せ、少々引いているのを見て慌てて離す。

 

「いえ、かまいませんが……やっぱり、あのデザインがツボですね。あっちこっち太くて力強い感じが……もっとも、僕が本当に好なのは今の量産型じゃなくて、『元祖』というべきものなんですがね」

「『元祖』?Mk-Ⅰのことですか?」

「いや、それとも違うんですが…………どっちかっていうと、一夏君のに近いかな?」

「織斑曹長ですか?……」(何故そこで織斑曹長が出てくる?)

「……いや、この話はまたの機会にしましょう。とりあえず整備の方たちに頼んだら、昼食にしましょう。いい時間だし、早く行かないと食堂が混んじゃう」

 

そう言って話を切り上げると、光秋は歩く速さを少し上げる。

 

(加藤大尉……いまいち掴み切れない人ですが、今のことといい、救援に駆けつけてくれた時といい、少なくとも信頼に足る上官ですね)

 

それに続いて歩きながら、ライカは尊いものを見る目で光秋の広い背中を凝視する。

 

 

 

 

 ライカたちが司令室で話していた頃。

 体育館ほどの広さを誇る道場では、袴姿に着替えた恭弥と一夏が各々竹刀を持って向かい合っていた。

 

「それじゃあ僭越ながら、俺が指導役を務めさせていただきますが……確認しますけど、恭弥さん剣道の経験は?」

「小学生の頃に少しかじったくらいかな。中学に入ったら部活が忙しくてやめちゃったけど」(あの頃から胡散臭い話に付き合わされてるんだよな……)

「じゃあ、俺と似た様なもんか。俺も中学の時にバイトしまくってた所為で腕が鈍ったことがあって、再会した幼馴染に怒られたことがあったんですよ」

「いや、家への奉公と部活じゃ随分違うと思うけど?」

「理由じゃなくて、置かれた状況を言ったんですよ……俺の場合、その後その幼馴染が鍛え直してくれたお蔭でなんとか感覚を取り戻せたんですが。恭弥さんもまずは基本から復習していきましょう」

「はい。お願いします」

 

恭弥が頭を下げて応じると、2人は剣道の稽古を始める。

 竹刀の振り下ろしから足運びまで、基礎となる動きを恭弥は何度も何度も繰り返し、時には一夏に修正を入れられながら徹底的に復習していく。

 しばらくすると2人共汗だくになり、恭弥は道場の隅に腰を下ろす。

 

「この感じ……随分久しぶりだなぁ」

 

懐かしい疲労感に、道着の袖で額の汗を拭いながら嬉しそうな声を漏らす。

 と、

 

「恭弥さん」

「あ、ありがとう」

 

礼を言いつつ一夏が差し出したスポーツドリンクのペットボトルを受け取ると、恭弥はそれを一気に半分近く飲む。

 

「あー!運動の後はこれだねぇ!」

「いきなり冷たいもの飲むと体壊しますよ」

 

恭弥の不健康的な行動を注意すると、一夏もいい具合にぬるくなったスポーツドリンクを一口飲む。

 

「ふぅー……やっぱりこれくらいだな」

「そうなの?……それにしても、一夏君昨日の戦闘凄かったね。ガ―リオンのバリアーを斬っちゃうんだから」

「あぁ。あれは俺じゃなくて、俺の相棒の“力”です」

「どういうこと?」

「『零落白夜』。それがエネルギー質のものならなんであれ無効化する、白式のワンオ……特殊機能です。白はその機能を引き継いで使えるんですよ」

「エネルギーの無効化……てことは、バリアーを斬ったのも、ベネクティオのビームを防いだアレも、同じ機能ってこと?」

「そうなりますね」

 

 そんな会話を挟みながら2人はスポーツドリンクを飲み干し、稽古を再開する。

 基礎動作の復習を一通り終え、防具を付けて打ち合いの練習をしていると、

 

「一夏君。恭弥君」

「!……光秋さん」

 

出入り口の前に立つ光秋の呼びかけに一夏が気付き、2人は面を外して歩み寄る。よく見ればその後ろにはライカもいる。

 

「そろそろ昼にしよう。食堂行くから着替えてきて」

「「わかりました」」

 

同時に応じると、2人は更衣室へ向かう。

 

「それにしいても、恭弥さん上達早いですね。俺でも感覚取り戻すのにそれなりにかかったけど」

「そう?久しぶりの感覚になんかうきうきして!さっきはあんなこと言ったけど、始まってみるとやっぱり楽しいや!」

 

稽古の様子を見ての一夏の感想に、恭弥は生き生きと笑みを浮かべて応じる。

 

 

 

 

 制服に着替えて道着等を返却した恭弥と一夏は、光秋とライカと共に食堂へ向かう。

 昼時少し前に来たせいか席には余裕があり、注文を済ませた一行は1つのテーブルにまとまって腰を下ろし、各々トレイの上の料理に手を付ける。

 

「ところで恭弥君、調子はどうだった?」

「いい感じです。体動かすと楽しいし。一夏君の指導がよかったのかな?」

「俺は大したことはしてませんよ。恭弥さんの筋がいいんだ。この分だと、その内俺が指導されちゃうかもな」

 

生姜焼きを摘む光秋の問いに、正面に座る恭弥は唐揚げを食べながら応じ、その右隣に座る一夏が白身魚の照焼きを食べる手を休めて言う。

 

(……和気藹々とはこのこことですね)

 

楽しそうに話す3人を見ながら、光秋の左隣に座るライカはカツ丼を口に運ぶ。

 

「……あ、そうだ」

 

 恭弥はあることを思い出し、箸を置いて一夏に顔を向ける。

 

「遅くなったけど一夏君、あの時は助けてくれてありがとう」

「あの時?」

「僕が初めてシルフィードに乗った時。撃ち漏らしたミサイルを墜としてくれたでしょ」

「それなら私もですね。迫っていたクロイツリッターを墜としてくれてありがとうございます」

「あ、いや……」

 

恭弥とライカの礼に、一夏は言い辛そうな顔をする。

 

「……実は、あれマグレなんです」

「マグレ?」

 

予想外の返事に、恭弥は思わず訊き返す。

 

「たまたま危ないところが目に入って、あとは咄嗟に……俺射撃の腕いまいちだから、どっちも上手く当たってよかったです」

(……たまたまで助かったのか?僕……)

(そんなものですね)

 

意外な真相に恭弥はしばし呆然とし、ライカは特に気にする様子もなく食事を続ける。

 と、

 

「……それにしても」

 

不意に光秋は表情を曇らせ、一同を見回す。

 

「機体といい、パイロットといい、見事に接近戦向けばかり揃ったな……」

「「あ……」」

 

嘆息混じりの一言に、恭弥と一夏は思い出した様な顔をする。

 

「その辺も追い追いなんとかしないといけませんね」

「ですねぇ……救いなのは、ミヤシロ中尉が射撃の腕も立つということですね」

 

ライカの相槌に応じると、光秋は味噌汁をすする。

 

「……いっそのこと、部隊の正式名『突撃野郎Aチーム』ってどうです?」

「昔そんなタイトルのドラマありませんでしたっけ?」

「だったら不味くないですか?」

「あと私は『野郎』ではありません」

「言ってみただけですよ」

 

一夏、恭弥、ライカの感想に返すと、光秋はもう一口味噌汁をすする。

 

「ま、その話はまたの機会に。ところで恭弥君、一夏君」

「「はい?」」

「午後からは座学で研修をやるから、食事が済んだらそこの売店で筆記用具買ってついてきて。使う部屋は非特隊の待機室でもあるんで、ミヤシロ中尉も一緒に来てください」

「「「了解」」」

 

光秋の指示に3人が応じると、一同は食事に集中する。

 

 

 

 

 食事を終えた恭弥たち一行は、基地内の売店に寄って必要な物を買い揃え、非特隊の待機室へ向かう。

 部屋に入るや、早速光秋指導の下、恭弥と一夏は研修を受ける。

 膨大な軍規や非常時の対処法、諸々の兵器の知識など、正規軍に必要なことを休憩を挟みながらみっちり教え込まれる。

 それらが一通り終わる頃にはすっかり夜になっており、一行は食堂で軽い夕食を摂るとシャワールームで汗を流して寄宿舎の自室へ向かう。

 

「はぁー……頭から煙が出そうだ……」

「説明は丁寧だけど内容密ですもんね、光秋さん」

「……」

 

部屋に着くやTシャツと薄手のズボン姿の恭弥は三段ベッドの真ん中に体を投げ出し、半袖のシャツとズボンを着た一夏は携帯電話を操作しながら一番上に胡坐をかく。パジャマ姿の光秋は部屋の隅で椅子に座り、文庫本を読みながら自分の世界に入っている。

 士官である光秋には本来個室が与えられるものの、現在は部屋の余裕がなく、こうして三人部屋となっている。もっとも3人に不満はなく、今の様に各々自由にしているのである。

 

「ところで、一夏君はなにやってるの?」

「ミコトさんにアドレスもらったんで、その登録と連絡を。今まで忙しくてできなかったから……よしっと」

 

興味を覚えた恭弥は上体を起こしながら問い、それに答えながら一夏はミコトにメールを送る。

 

 

 

 

 その頃。

 横浜基地寄宿舎の自室で、ミコトは習慣である新装備のアイデアを考えていた。

 

「んー……今日はなんかノリが悪いなぁ……」

 

スケッチブックの上でペンを弄びながら、上手く回らない自分の頭に愚痴を漏らす。

 

(……そういえば、一夏伊豆に着いたかな?ちゃんとメアド確認してくれたかな?)

 

ペンを置いて顔を上げると、自然と一夏の顔が浮かぶ。

 と、机の上の携帯電話が鳴り出し、すぐに手に取って確認する。

 

(メール?誰から……!)

 

「一夏です」の題名を見て、思わず携帯を落としそうになる。

 

「よ、よかったぁ……!一夏ちゃんと登録してくれたんだ!……」

 

突然のことに動揺しつつも、懸案事項が解決されたことに一応安心する。

 が、次の瞬間には画面を見つめて呆然としてしまう。

 

(…………で、これからどうすればいいんだっけ?よく考えたら私、メカ以外のことで男の子と関係持ったことなんてほとんど無いよね。アキヒロは守備範囲外だから参考にならないし……ていうか、そもそも私は一夏を“男”として見てるのか?どうなんだ?…………)

 

未だ形に成りきらない気持ちを持て余しながら、ミコトの夜は更けていく。

 

 

 

 

「……さてと、そろそろ寝るか」

 

 切りのいい所まで読み終えた本を閉じると、光秋は一番下のベッドにもぐり込む。

 

「最後の人、電気消してな。おやすみ」

「「おやすみなさい」」

 

そう言って外したメガネを枕元に置くと、2人の返事を聞きながら光秋は眠りにつく。

 

「……僕たちも寝るか」

「それがいいかもしれませんね。明日も早いし。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

そう言と恭弥は灯りを消し、一夏と同時に布団を被る。

 

 

 

 

 同じ頃。

 宛がわれた士官用の個室に戻ったライカは、白いタンクトップとホットパンツに着替えた体をベッドに横たえ、今日のことを振り返っていた。

 

(決意から数十分で挫折しそうになったけど、加藤大尉が手助けしてくれた。あの人の許でなら……非特隊なら、今度こそ私のやりたいことができるんじゃないか?私の心に正直に生きることが。少なくとも、それを許してくれる雰囲気がここにはある)

 

思いつつ、和気藹々とした食事風景を思い出す。

 

(……あんな空気は、大陸遠征部隊では望めなかった)

 

連携はする、そうしないと自分がやられるから。僚機の危機は救う、そうしないと自分に攻撃が集中するから……以前いた部隊の、そんな殺伐とした雰囲気が脳裏を過る。

 

(……嫌な事を思い出した。時間も時間だし、そろそろ寝よう。明日からは桂木曹長たちの操縦訓練の指導もしなくてはいけないのだから)

 

 思うやライカはリモコンで照明を消し、布団を被る。

 

 

 

 

 翌日から恭弥は、光秋による研修、ライカによる操縦訓練、一夏と共同の剣道の稽古を通じて、軍人として、戦う者として必要なことを身につていく。

 一夏という一緒に学んでくれる者がいるからか、きついことがあっても不思議と苦にならず、操縦訓練や稽古では上達する度に単純な喜びを覚える。

 

 

 

 

 そんな日々が続き、伊豆基地に来てから4日後の朝。

 道着と防具に身を包んだ恭弥と一夏は、面を脱いで道場の隅に腰を下ろしていた。

 

「この間はあぁ言ったけど、まさかこんなに早く追いつかれるなんて予想外でしたよ。俺結局一本も取れなかった……」

「僕からすれば、一夏君もすごかったよ。何度負けても、『もう一回!もう一回!』って諦めずに向かってきて。それでちょっとビビったくらいだもん」

 

若干息が上がっている一夏に、恭弥は打ち合いの時の様子を思い出して寒気を覚える。

 と、

 

「それが一夏君の長所なんだろう。しぶといっていうのか」

 

両手にスポーツドリンクのペットボトルを持った光秋が、ライカを伴って道場に入ってくる。

 

「光秋さん?ライカさんも?」

「どうしたんです?今日の研修はさっき終わったし、訓練は昼からでしょ?」

「いくつか連絡ができた。あとこれ差し入れ」

「「ありがとうございます」」

 

 2人の質問に応じつつ、光秋はぬるい方を一夏に、買ったばかりの冷たい方を恭弥に渡す。

 

「突然だが、もう少ししたら僕とミヤシロさん大陸に行かなきゃいけなくなった。明日には帰ってくる予定だが、それまで研修は中止、訓練も自主的に行うように」

「大陸ってあの?またどうして?」

 

スポーツドリンクをちびちびと飲みながら恭弥が問う。

 

「委員会ってあるだろう。連邦の企業にEOTを提供してる。そこの発掘基地に視察に行ってくれって」

「それ俺たちの仕事なんですか?」

「『あらゆる脅威に対処する』を拡大解釈して、時にはこういう便利屋みたいに使われることもあるんだよ。いずれにしろ、仕事ならやるまでさ」

 

スポーツドリンクを四半分ほど飲み終えた一夏の問いにも答えると、光秋は連絡を続ける。

 

「それと、今日これから非特隊に新メンバー……というか、一部隊加わることになった」

「一部隊?」

 

恭弥が目を丸くする。

 

「新型IAD3機と専用母艦、それを運用する人員をまとめて寄こすと。もともとは別の部隊として設立されていたらしいけど、非特隊(ウチ)と目的が重なる部分があったから合流することになったらしい」

「IADって、1機って大部隊と戦えるっていうアレでしょ?それが3機か……少しは楽になりますかね」

 

光秋の説明に、一夏が率直な感想を述べる。

 

「さてね。ただ新型は新型でも特別製らしいぞ。確かネクスト、じゃなくて……ネクサス、でもなくて……えー、ネ、ネ、ネ……」

「『ネメシスタイプ』です」

「あぁ、そうそう。ネメシスタイプっていうらしい」

 

ライカのフォローに、光秋はぽんと手を打って応じる。

 

「まぁそういう訳だから、僕たちがいない間は合流部隊の艦長の指示に従うように。連絡は以上だが、なにか質問は?」

「ありません」

「俺も」

「そっか……」

 

 2人の返答を聞くと、光秋はその場に腰を下ろす。

 

「それはそうと、2人とも操縦が様になってきたよな」

「確かに。2人共呑み込みが早いですね。教えたことを短い間に自分のものにする」

「いや、それほどでも……!」(『2人共』ってのが物足りないけど、ライカさんに褒められたよ!)

 

複雑な顔の光秋の呟きに、ライカも腰を下ろしながら素直に感心した顔で応じ、恭弥は照れながら心中に喝采を上げる。

 と、

 

「ありがとうございます……ただ……」

 

褒められたことに頭を下げつつ、一夏は遠くを見る目を向ける。

 

「竹刀を握る機会が増えた所為か、最近よく昔のことを思い出します」

「昔のこと?」

 

恭弥が興味の目を向ける。

 

「子供の頃、姉に真剣で稽古をつけてもらったことがあるんですよ。その頃はまだ小さかったから、本物の刀なんか持ってるだけで精一杯でとても振えなかった。俺が歯を食い縛って刀を持ってる横で、姉が言うんです。『いいか、一夏。刀は振うものだ。振られるようでは、剣術とは言わない……重いだろう。それが、人の命を断つ武器の、その重さだ。この重さを振うこと。それがどういう意味を持つのか、考えろ。それが“強さ”ということだ』って……あの時の姉は、なんか眩しかったな」

「重さを振う意味を考える、か……」(重さ――人の命を断つ武器……僕にとってのシルフィード……)

 

一夏の言葉を反復しながら、恭弥の脳裏にはシルフィードが浮かぶ。

 と、

 

(しん)()(たい)の一つの説き方ということかな。なかなか面白いお姉さんだな」

 

光秋が合点がいった顔をする。

 

「『心・技・体』?」

「僕なりの解釈だけどね。もともと持っている能力、これが“体”。それを効果的に活かす(すべ)、これが“技”。そしてそれらを制御し、時には歯止めも掛けるもの、これが“心”。これら3つが揃ってこそ、初めて人は正しくあれる……て言えばいいのかな?“力”を持つ者のあり様と思ってくれればいいよ。話を聞く限り、一夏君のお姉さんは特に“心”を重視していたと言えるね」

「はぁ…………」

「「……」」

 

小難しい理論で質問に答える光秋に、質問者である恭弥は圧倒され、ライカと一夏も遠い目を向ける。

 直後、

 

「「「「!」」」」

 

基地全体に警報が鳴り響き、光秋の左耳の通信機に連絡が入る。

 

「はい?……了解しました。直ちに……緊急発進(スクランブル)だ。横浜に鬼が出現した。全員直ちにパイロットスーツに着替えて格納庫へ向かえ」

「「「了解!」」」

 

光秋の号令に応じると、一行は腰を浮かせて道場から駆け出ていく。

 

 

 

 

 広大な神殿に置かれた円卓、その席の1つに腰を下ろすグリムは、アリアが提出した報告書の束の隅々に目を通す。

 

「……やはり僕たちの戦力だけでは力不足か……となると……」

 

独り呟くと、手元の水晶玉に手をかざして映像を映し出す。

 それは街を蹂躙する異形の機動兵器――鬼の群れである。

 

「ついに動き出すのね」

「戦争?またいっぱい戦える?」

 

 いつからいたのか、グリムの背後に赤い長髪の少女と銀髪の少年が現れる。

 歳は少女が10代半ばくらい、少年が10代初めくらいだろうか。もっとも、少女は歳の割に胸の自己主張が強く、大きく開いた胸元から2つのものが溢れ出ようとしている。

 いずれもグリムと同じ純白の貫頭衣に身を包み、生き生きとした笑みを浮かべている。

 

「そうだよ。リィム、カース。ついに安息の地を手に入れる聖戦が始まる。が、出だしから障害にぶつかってね」

 

少女――リィムと少年――カースに応じつつ、グリムは言葉の割に嬉しそうな顔をする。さながら、難しいゲームを楽しむ趣味人のそれである。

 

「まずは協力者を募るとしよう。最初は……」

 

言いながら、グリムは水晶玉の映像に口元を細める。

 

「鬼の方々にあたってみようか」




 次回ようやくいかにもなスーパー系を登場させることができます。
 お楽しみに。

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