「今日は終わりにしましょうか。」
「そうだな」
今日も奉仕部に来て色々試行錯誤してみたけど私も雪ノ下先輩も納得いかないまま終わってしまったよ。昨日の今日で得られるものとは思ってないけどゴールが見えないと不安で焦ってしまうね。でも奉仕部の三人も何かを得ようとしているのが分かったのは収穫だね。
「私は鍵を返してくるわ」
「ゆきのんあたしも行くー」
「……あの二人は仲良しさんだね」
「ああ、実は俺は存在しないんじゃね?と思うぐらいには二人の世界にいるな」
「それは相当だね。」
どうでもいい話をしながら廊下を渡っていく。八幡さんも昨日の事で無駄を悟ってくれたみたいで私に歩幅を合わせて歩いていてくれている。今日は寄り道していこうかな。もちろん八幡さんを誘ってね。
「八幡さん。今日はちょっと私に付き合ってくれないかな?」
「嫌といったら見逃してくれんの?」
「いや?小町さんに許可取って連行だよ?」
「選択肢ないじゃねぇか。わかったよ」
「ありがとね。」
さて場所はどこにしようかな。お気に入りの喫茶店で問題ないかな。のんびり話すのには一番いいところだしそんなに遊び歩く方じゃないからレパートリーも少ないからね。あの席が空いてるといいけどな。
「で?どこいくの。」
「私のお気に入りの喫茶店だよ。マスターと親が知り合いだからサービスしてくれるしね。」
「あいよ、そんなに遠くないよな?」
「もちろん。」
遠かったらいくら知り合いでもそんなにいかないと思うね。おっと一つ気になることがあったよ。
「小町さんは総武校を受けるって言ってたけど君から見てどうかな?」
「不安だな。とくにケアレスミスが多い。」
「やっぱそこなんだね。実際にテスト形式でやってみたかな?」
「あー、時間決めて過去問やらすみたいなことか?」
「そうだよ。私も問題集でミスは多かったけど、その形式でやって見直しもできたからね。」
「じゃあ今度やらせてみるわ。」
「今度、私も勉強見に行こうかな。」
「あいつ、頭の出来はいいから後はミスさえを減らせれば充分だろ。」
「なら、問題ないね。おや、そろそろ着くよ」
相変わらず人気が無い店、それが親の知り合いの喫茶店。近くの喫茶店がテレビに取り上げられたから客がそっちに吸い込まれるといってたね。確かにその店は現在進行形で学生で賑わってるけど私のお気に入りはこっちだからね。
「いらっしゃいませー、て若葉のところの娘か。」
「こんにちは、マスター。奥の席使わせてもらっていいかな?」
「おう、好きにしろ。ん?おい、そいつはお前の彼氏か?」
「は、俺?」
「っ、いや近所の先輩だよ。」
ああ、マスター凄く楽しそうな顔してるよ。これは近いうちに親に知られるかもね。いや、知られて困ることは無いけど少し恥ずかしいかな?やっぱり私は八幡さんの事を……?いや、眼だよ。眼?でも私は……私は
「と、とにかく席に移動するよ。八幡さん。」
「お、おい」
「ご注文決まったら御呼びくださーい」
ニヤニヤした視線に見送られて席に移動する。はぁ、恋愛は分からないからあまり揺さぶらないでほしいね。たとえ私が八幡さんを好きになってもそれは、眼が欲しいのか、彼自身が欲しいのかもわからなくなっちゃうからね……
「おい、頼むから手を放してくれ」
「え、あ、う、ごめん」
「う、いや、謝んなくてもいいけどよ」
「………」
「………」
お互いに赤くなって顔を逸らす。レジの方から「青春してるねー」という声が聞こえる。それにしてもいつの間に手を掴んで……マスターから逃げる時だね。ああもう、マスターに振り回されてる気がするよ。とにかくいつまでも黙っていると本題に入れない。
「マスター、注文。」
「はいはーい。本日のおすすめはカップル限定のケーキでゴザイマース」
「もう……もう……やめて欲しいな。ブレンドで、君は?」
「それ二つで。」
「かしこまりましたー」
冷静に見ると今日のマスターは一段と浮かれているね。あれかな、いつも「お前、彼氏ぐらいできたか?」とか聞いてくるのは心配とかだったのかな。だとしたらこれはマスターのおせっかいってことだね。
「ふぅ、なんつうか濃いマスターだな。」
「いつもは気さくなマスターだけど今日は浮かれてるみたいでね。」
「いいことでもあったのかね?」
「さ、さあ」
それは私が男の人を連れてお店に来たからだよ。……なんて言えるわけないよ。とりあえずお互いに平常心を取り戻せたみたいで一安心だね。ここでまたマスターが余計なことしなければ大丈夫……
「ブレンドコーヒー二つとサービスのハート形クッキーで御座います。」
「あ、アリガトウゴザイマス」
「………」
マスター。君は、君は、本当におせっかいだね。はぁ、余計に疲れたよ。でもやっと本題に入れるよ。
「悪いね。こんな店に連れてきてしまって」
「お前のお気に入りだろうが、とにかく本題に入ろうぜ」
「そうだね。一つ質問。」
「なんだ?」
「君達、奉仕部は一体何を欲しがっているのかな?」
これが私が聞きたい事。君達の距離感は知り合いにも友達にも恋人とも家族とも違うものを感じる。それが何か私は知りたい。
「…………何のことだ?」
そんなので私を欺けると思っているのかな?そんないつもより低いトーンで言われても手ごたえしか感じないよ。
「とぼけても無駄だよ。私は君が思っているより君を見てる。」
「はっ、まるでストーカーみたいだな。」
「ふふ、否定はしないでおくよ。それで君達の欲するものはなにかな?」
「…………」
言おうか言わないかじっくり悩んでいる。恐らく奉仕部の三人しか知らないことなんだろうね。それが君の、八幡さんの『中心になるもの』なのかな?だとしたらぜひとも知りたい。それが私の『中心になるもの』の一番のヒントにもなるだろうから。
「俺が、俺たちが欲しがっているもの」
「…………」
コーヒーに口を付けてから八幡さんは言葉を紡ぎ始めた。その言葉を頭の奥まで染み渡らせる様にじっくり聞く。
「それは」
「何も言わなくても通じ合えて」
「…………」
「何もしなくても理解できる」
「…………」
「何があっても壊れない」
「…………」
「俺達はそんな『本物』が欲しい。」
「…………」
『本物』。それが君達の『中心になるもの』。それはこの世に存在するとは思えないような美しいもの、だろうね。それを手に入れる以前にそれに気づくのも難しいもの。君はそれが奉仕部ならあると思えた、ということかな。
「そっか。君達があそこまで信頼しあっているのは君達が本物に向かっている証拠だね。」
「八千代。お前は本物は存在すると思うか?」
「おかしなことを聞くね。君が存在すると思えた。ならそれは存在するということだよ。」
「論理のろの字もねぇな。」
「『本物』事態が論理的じゃないのに何言ってるのさ」
「それもそうだな」
思わずお互いに笑ってしまう。
「さて、冷める前に飲もとするか」
「そうだね。クッキーもご自由にどうぞ。」
「へぇ、あまり喫茶店にはこないがここのは旨いな」
「そういってくれると私もうれしいよ。」
「君はすぐ目を逸らすよね。」
「むしろずっと相手の目を見る方がムズイだろ。」
「そうかな。じゃあちょっと目を合わせてみてよ。」
「………」
「………」
「……ふふ」
「やめだ、やめ。こっぱずかしくてできるか。」
「もう一回やろうよ」
「絶対ヤダ」
「だからなんだというわけでもないが犬派?猫派?」
「そうだね……猫かな。犬も大型犬じゃなければ好きだけどね。」
「大型犬嫌いなのか?」
「大型犬じゃなくて大型が怖いかな。着ぐるみとか高身長の人とかね。」
「あーなるほど。」
「私の身長を見ながら納得するのはやめて欲しいね。」
「悪い」
「君の視力は?」
「眼が腐ってるからって目が悪いわけじゃないぞ。1,0だ。」
「へえ、少し意外だよ。」
「やっぱ眼が腐ってるからか?」
「さあね」
「お前の身長は?」
「……小町さんと同じぐらいじゃないかな」
「嘘吐け。確実に小町より小さいだろ。」
「うぅ、小町さんより二~三センチしたぐらいかな?」
「へぇ、予想通り過ぎてビックリだわ」
「失礼だね」
「お二人さん。ラヴラヴなのもいいけど、時間は大丈夫なのかい?」
「ラヴラヴって……つうか時間」
「は、八幡さん。私はそろそろ帰るよ。君は?」
「俺も帰るとするかな。」
「マスター、御会計」
「あいよー、はい、ピッタシいただきましたー。くっついたら教えてくれよー。」
「あんまりからかわんで下さい。」
御会計を済ませて外に出ると冷たい風が頬を撫でる。楽しい時間は一瞬だね。八幡さんとゆっくりお話しができてよかったよ。そして会話中に確信したことが一つある。それは私は眼だけではなく彼自身のことを好きだという事。言葉を交わす間に生まれた幸福感。間違いないよ。
「あー、本屋寄りたいから先に帰ってくれ」
「……わかった。じゃあまたね、八幡さん。」
「おう、じゃな」
八幡さんは私より『本物』つまり奉仕部の方が大事。当たり前だけど今、私が告白してもフラれちゃうだけ。ならまずは八幡さんに少しでも私の事を好きになってもらいたい。難しいことだと思うよ。そんなこと今まで考えてなかったからね。でも私は君が好き。君のモノになりたいし君を私のモノにしたい。今この瞬間からゲームスタートだね。
八千代の日記
(略)
私は八幡さんのことが好きだ。この感情を、気持ちを信じよう。
(略)