この日、346プロは大きなイベントを控えていた。346プロが世界に誇るトップアイドルであるエレーナ率いる《TITANIA》の初ライブである。
リハーサルを午前中に終え、控え室に戻った三人。本番には時間があるため、エレーナや楓はリラックスしていたが、文香は今から緊張していた。
「もう、文香ちゃんったら、今から緊張してたら本番前に倒れちゃうわよ?」
「で、でも、緊張しちゃって」
文香にとっては、エレーナと楓という346プロを代表するトップアイドルとユニットを組んでいるという意味をここに来て実感していた。チラリと見たステージ前には、まだまだ会場時間まで時間があるにも拘わらず、何人か待っている人々がいたのである。
それをエレーナ達に聞いてみると。
「それは私や楓ちゃんのファンクラブの人達だと思うわよ。特にロシア人の方は私のファンの方だと思うわ。公式ブログは三カ国語で書いてるから」
「三カ国語?」
「えぇ。日本語と英語とロシア語ね。熱心な方は、ロシアから来てくれるわ。SNSの方で今日も来るって言っていたのだけど、来ていてくれているのかしら」
「私のファンの方はよく美味しいお酒のことを教えてくれますね。それを飲んでみて、それの感想を書いています」
「す、凄いんですね」
「何言っているの? 文香ちゃんのファンだって増えてきているのよ? 前のテレビ出演以来、私や楓ちゃんのブログの返信に文香ちゃんに聞いてくる人、増えたんだから」
「えぇ。私の所にも何件か来ています。文香ちゃんの二十歳の誕生日のために、色々なお酒を紹介してくれていますよ」
エレーナ達の言うとおり、文香に対する注目は日に日に増していっていた。文香自身はまだブログやファンクラブはないため、同じユニットであるエレーナと楓が書く話を心待ちにしているのだった。
「そろそろ文香ちゃんもそういうことやるようにしなくっちゃね」
「文香さんなら、本に関するお話でしょうか。今度私にもお勧めの本を紹介して下さいね」
助けてくれない先輩二人。文香はあうあうしていたが、そんな姿を二人は楽しそうに眺めていた。
そんなところに、楽屋にある人物が訪ねてくる。
「エレーナ、久しぶりだネ」
「イヴァン! 来てくれたの!?」
エレーナは勢いよくその男性に飛びつく。エレーナの珍しい行動に、特に文香は目を大きく開けていた。
そんな視線に気が付いたエレーナは、その男性を紹介する。
「あ、ごめんなさい。紹介させてもらうわ。彼はイヴァン・ヴィッテさん。私のロシア公演を成功に導いてくれた立役者よ。イヴァン、彼女たちは高垣楓ちゃんと鷺沢文香ちゃん。私の可愛い後輩で、パートナーよ」
「初めましてお嬢様方。君たちに会えて光栄だヨ」
「初めまして。エレーナさんからお話は聞いていましたが、お会い出来てとても嬉しいですわ。どうか、今日はよろしくお願いいたします」
「あ、あの、その、よろしくお願いします!」
楓は堂々と挨拶していたが、文香はしどろもどろになってしまった。しかし、ここはエレーナの友人である。態度を悪くすることなく、文香の初々しい様を微笑まし下に見ていた。
「そうダ、今日の夜はどんナ予定なんダイ?」
「今日の夜は中華料理屋さんで打ち上げの予定よ。そうだ、イヴァンも来ない? 朱仁禛の名前は聞いたことあるでしょう?」
「モチロンだ! 今まさにそれヲお願いしようと思っていたからネ。それに、朱仁禛、エレーナに自慢されてカラ、一度食べて見たかったんダ!」
大袈裟な仕草で喜びを表すイヴァンに、エレーナと華耶はクスクス笑った。
「イヴァン、嬉しいのは分かりましたから、少しは落ち着いて下さい。お二人gあ驚いてしまいます」
「おぉ、すまないネ、カヤ。しかし、彼女たちのようナ美女達と食事が出来るノナラ喜ばない訳にはいかないヨ」
「全く……あなたはロシア人で、イタリア人ではないでしょう? エレーナ。お店には私の方から連絡しておくわ。それと、イヴァン。嬉しいのは分かったから、あまり女性の部屋にいるものではないわよ。これから、もっと素敵な女の子達が来る予定なんだから」
「オォッ! それはそれで待っていったいケド、確かに失礼だネ。それじゃあエレーナ、カエデ、フミカ。今日のステージ、楽しみニしているヨ」
最後に投げキッスをして、イヴァンは楽屋を出て行った。
「ふふっ、相変わらず元気な人ね」
「全く……もう子どもではないのですから、少しは落ち着いてもらいらいたいものです」
そう言いつつも、華耶は笑みを浮かべていた。文香はそのことに、先程のイヴァンのことよりも驚いていた。
「その、エレーナさん。華耶さんとイヴァンさんって……」
「あ、文香ちゃんも気付いた? イヴァンさんは華耶さんの想い人よ。残念ながら、気が付いてもらえないみたいだけどね」
「そ、そんなのではありません! 彼は手のかかるパートナーであって、そういう関係ではっ!!」
これまた珍しく慌てふためく華耶。それをからかうエレーナとそれに乗っかる楓。そんな三人のやりとりを見ているうちに、文香の体の強張りは、いつの間にか消えてしまっていたのであった。
イヴァンの後にも、楽屋には多くの来客があった。
美嘉たち後輩のアイドルは勿論、事務所のアイドル部門の部長、それに事務所の役員達もエレーナの元を訪ねてきていた。
訪問ラッシュが一段落して、エレーナはお茶を淹れる。
「ふふふ、お疲れ様。とはいっても、本番はこれからだけど」
「あ、ありがとうございます。あ、良い香り……」
「イヴァンが置いていってくれた紅茶よ。流石はイヴァンね。日本では手に入れにくい茶葉よ」
その味と香りを楽しんでいるが、本番はもう近い。いくら緊張がほぐれたと言っても、本番が近付いてきて文香も再び緊張してきた。
しかし、今度はエレーナも楓も必要以上にフォローしようとはしなかった。
「皆さん、そろそろ袖の方に来て下さい」
そうこうしているうちに、時間がやってくる。三人は上着を脱ぐと、衣装の状態をチェックしながら舞台袖に向かった。
「文香ちゃん、いよいよ初ステージだけど、意気込みは?」
掌にのの字を書いている文香の肩を握りながら、文香に尋ねる。
「ど、ドキドキしてきました」
「ふふふっ、そのドキドキは大切にして下さい。そのドキドキをワクワクに変えてみて」
「ワクワクに、ですか?」
首を傾げる文香に、エレーナは文香の前に回り込む。
「そうよ。適度な緊張は必要なこと。私も楓ちゃんもドキドキしているしね。でもそれだけではだめよ。その緊張を楽しむの。そのドキドキはね、一歩踏み出すための素敵な鐘の音。その鐘は、文香ちゃんの素敵なステージのためのプレリュード。だから、緊張を恐れないで。緊張を高揚感に変えて、ドキドキをワクワクに変えて、全てを楽しんじゃいなさいな」
「素敵な、プレリュード……」
「そうですね。私もいつもドキドキしていますが、ワクワクもしています。文香さんも、もっとふみふみしましょう」
「で、ですから、ふみふみって何なんですかぁ……」
そんな様子に、後ろに控えていた華耶がこっそりとため息をつく。
「うふふ、それじゃあ行きましょうか。私達の第一歩」
「素敵なガラスの靴音ですね。さ、エレーナさん、文香さんのエスコートを」
楓に促されてエレーナは文香に手を差し出す。その姿は、ドレスを着ているがまるで王子様のようであった。
そんなエレーナの姿に、文香は先程までとは違うドキドキを感じてしまう。
「文香ちゃん?」
「え、あ、えと。よ、よろしくお願いします!」
文香は笑顔でエレーナの手を取り、最初のステージに向けて、その一歩を踏み出した。
これ書きながらMAGIC HOUR聞いていたので、もしかしたら次回はまじあわ回かも。
司会はもちろんあの人。飲み物? わかるでしょ?