暑い夏は日を追う毎に日光の鋭さを増していき、まさしく夏、と言いたくなる晴天のこの日。346プロのサマーフェスの日がやって来ていた。
エレーナは、アナスタシア達を激励しに控え室に向かっていた。同じようなことを考えていた美嘉も一緒である。
「一曲だけですけど、エレーナさんと一緒のステージに乗れるなんて、今からワクワクですよー」
「あら、私だって美嘉ちゃんと一緒よ。楓ちゃん以外とは、あまり一緒のステージには乗らないもの。だから、今年のサマーフェスは楽しみにしてたの」
エレーナは、スペシャルシークレットゲストとして参加予定である。因みに文香は不参加だが、ステージの雰囲気を味わう為にスタッフとして参加している。
『リハーサルで気がついたこと、他にあるかしら?』
中から美波の声が漏れでている。エレーナと美嘉がキリのよさそうな所で入ると、エレーナにはアナスタシアが、美嘉には莉嘉が抱きついた。
「「お姉ちゃん!」」
「もー、莉嘉ったら」
「アーニャちゃんもリハーサルお疲れ様。私も見させてもらったけど、とてもよかったわ」
「ほんとですか? 気になったところとか、ありませんでしたか?」
エレーナに褒められて嬉しそうにしつつも、やはり気になっていたようだった。それは他のメンバーも同じようで、皆がエレーナの方を見ていた。
エレーナは苦笑しつつ武内Pのことを見る。武内Pも頷いたため、エレーナはホワイトボードの前まで行き、説明を始める。
「まずは全員に言えることだけど、動きが少し小さいわ。今日は野外ステージだから、意識しておかないとすぐに小さく見えてしまうの。特にダンスが目立つ娘は指の先まで意識しておかないといけないわね」
エレーナの指摘と改善点に、皆が真剣に耳を傾ける。特にリーダーである美波は、細かくメモをとっていた。
「……と、こんなところかしら。そ・れ・と」
説明を終えると、エレーナはおもむろに美波の後ろに回り込み、そのまま美波の背筋をスッと撫でる。
「ひゃっ!?」
「少し力を抜くことも重要よ。今日は長丁場なんだから、動きにメリハリをつけなきゃね」
「もう、エレーナさん!」
美波の声に、皆クスクスと笑っていた。
そこで、扉がノックされる。
「失礼します。あ、エレーナさん。華耶さんがお呼びです」
入ってきたのは、スタッフジャージを着た文香であった。
「ありがと、文香ちゃん。それじゃあ、今日は頑張りましょうね」
「「「はい!!」」」
メンバーの元気な声に満足すると、エレーナは文香と共に部屋を出た。
「えーっと、この時間ならアナウンスの所よね」
「はい。サプライズアナウンスの時間が近いのでとおっしゃっていました」
プログラムを見つつ、細かく要件を伝える文香。
「普通なら録音だけど、今日はサプライズキャストだものね。バレないようにしないとね」
ルンルンとスキップしそうな勢いで歩くエレーナに、文香はクスリと笑みを浮かべる。
「あら、どうしたの?」
「エレーナさんが楽しそうにしているので、つい」
「もぅ、文香ちゃんたら。でも、そうね。とても楽しいわ。文香ちゃんはどう? 裏方さんだけど、ライブの雰囲気は?」
「そうですね……私はライブというものは行ったことはありませんでしたが、こんなにもたくさんの方々が携わっているのに驚きました。たくさんのアイドルの方がいて、たくさんのスタッフの方々が支える……私もエレーナさんのようにワクワクしているのかもしれません」
文香の言葉に、エレーナは柔らかな笑みを浮かべてそう、と頷く。そうこうしている内にアナウンス室に到着する。
「待ってたわよエレーナ。鷺沢さんもお疲れ様です」
「お待たせ。ねぇ、華耶さん。このアナウンスの件で、ちょっと提案があるのだけれど」
「いいわ、言ってみて」
エレーナの提案に、華耶は頭を抱えつつ了承した。元より進行に支障が出にくく、尚且つ効果的であると華耶も感じてしまったのである。
「……出来るなら、早めに教えてちょうだい」
「ふふふ、かしこまりました」
エレーナは嬉しそうに返事を返すと、何故か文香の肩をポンと叩く。
「へ?」
「それじゃあ、頑張りましょうね、文香ちゃん♪」
「へ!?」
開演も近付き、ちらほらと会場の熱気が伝わり始めた頃、CPのメンバーは皆集まっていた。
「そ、そろそろですね!」
「そうだね、智絵里ちゃん。私もドキドキしてきちゃった」
智絵里やかな子がお互いに励まし合っていると、天井のスピーカーから音が聞こえてきた。
『『ピーンポーンパーンポーン』』
妙な程に綺麗にハモったチャイム音に、皆ポカンとしてしまう。
『はーい、会場の皆さーん。ちゃんと、水分補給はしてますかー?』
『きょ、今日はマイクからの出演の、《TITANIA》の鷺沢文香と』
『駄目よ文香ちゃん。もっとはっちゃけないと。同じくマイクから失礼します、《TITANIA》のエレーナ・パタノヴァでーす!』
突然のエレーナと文香のアナウンス。会場の歓声が控え室にまで届いていた。
『まだまだ暑さが続きます。なので、しっかりと水分補給をして、ステージを楽しんで下さい。それと、ふみっ!?』
突然の文香の悲鳴に、何事かと心配になる一同。
『文香ちゃんったら、まだまだ固いわよ? これから、一回お堅い言葉遣いをしたら、一ふみよ?』
『一ふみって、え、何なんですか!?』
『文香ちゃんがふみふみするときに発する可愛い言葉のことね。頬っぺたをツンツンすると、よくふみって言っていったい!』
バチンという音と共に、エレーナさんの悲鳴が会場に響く。漫才のようなやり取りに会場は勿論、控え室の中にも笑いが起こっていた。
『もー。今ね、私のツァリーさんが私の頭を叩いたのよ? え? 台本通り進めないと、禁酒令……さて、これからライブが始まりますが、幾つかの諸注意があります』
いきなり行儀よくアナウンスをし出すエレーナ。これには、同じくアナウンスをしている文香までも苦笑していた。
「ははは、エレーナさんのお陰で緊張がほぐれてきました!」
「エレーナさんから、元気をもらったし、頑張ろー!」
卯月や未央がオー、と手を挙げているのに、他のメンバーも続く。
「皆さん、一度舞台袖に集まってください」
そこに、武内Pが皆を呼びに来た。
「「「はい!」」」
全員が程好い緊張に包まれつつ、舞台袖に向かうのだった。
そして、その舞台袖で目にしたのは、シンデレラのドレスを纏う、ツァリーツァの姿であった。
もう少し続きます