仁禛さんはお気に入りです。
「さ、到着よ」
エレーナの車に揺られ、到着したのは仁禛の店であった。
「綺麗なお店です」
「外装にも拘ってたみたいだからね。さ、入りましょうか」
ありすの手を握って店に入ると、スタッフにいつもの奥の席に案内される。そして、いつものように仁禛が現れた。
「いらっしゃい。スタッフがエレーナがママになったって驚いてたわよ」
「ふふふ、アリスちゃんのママになるのも魅力的だけど、アリスちゃんには素敵なお母様がいるから。アリスちゃん、こちらは朱仁禛さんよ。私のお友達」
仁禛は、ありすの前で身を屈め、目線を合わせて挨拶をする。
「初めまして、ありすちゃん。ここの料理長の朱仁禛です。料理は勿論だけど、デザートも自信があるから、何でもリクエストしてね。好きな食べ物はあるかしら?」
仁禛の大人な笑みに、思わず見惚れてしまうありす。
「あ、えと、よろしくお願いします。その、私はイチゴが好きです」
「ふふふ。じゃあデザートの杏仁豆腐は、イチゴたっぷりにしてあげるわ。楽しみにしていてね。それで、エレーナ。ディナーでいいのかしら?」
「えぇ。今日もお任せで。あ、でも胡麻団子は欲しいわ」
エレーナのリクエストに仁禛は苦笑する。
「分かったわ。お茶と一緒に持ってきてあげる」
仁禛が下がった後でも、ありすはぽーっとしていた。
「あら。アリスちゃんも仁禛さんのファンになっちゃったかしら?」
エレーナに声をかけられ、ハッとする。
「ご、ごめんなさい」
「ふふふ、からかっちゃってごめんなさい。仁禛には、私でも見惚れちゃうことがあるくらいだもの。無理もないわ」
「その、エレーナさんもですけど、あんなに綺麗な方を見たのは初めてで」
「あら、ありがと。アリスちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」
「仁禛さんとはどこで知り合ったんですか?」
「仁禛さんとはロシアでね。旅行に来ていた仁禛さんが困っていたのを助けたのが切っ掛けよ。その後も仲良くさせてもらって、日本に出店するのを聞いたときは驚いたわ」
その後も仁禛の話をしていると、仁禛がお茶と胡麻団子を持ってきた。
「なに、私のお話? 変なこと話してないでしょうね?」
「まさか。仁禛さんがとっても素敵な女性だって話していたのよ。ね、アリスちゃん?」
「はい!」
笑顔で元気よく頷くありすに、流石に恥ずかしそうにする仁禛。
「全く、ほどほどにしてよね? はい、エレーナリクエストの胡麻団子よ。小さめにしておいたわ」
仁禛が置いた皿には、小さな胡麻団子が数個乗っていた。
「わ、可愛い」
「ありがとう。あ、そうだ。この後の料理なんだけど、少しピリッとしたのもあるけどありすちゃん、大丈夫? もし苦手なら調整するけど」
「だ、大丈夫です」
慌てて強がるありす。しかし、仁禛は笑わずしっかり頷いた。
「それじゃあ、とびきり美味しいのを作ってくるから、楽しみにしててね」
仁禛が去ったあと、エレーナはお茶をいれてありすに渡す。
「それじゃあいただきましょうか。仁禛さんの胡麻団子は絶品なのよ」
「い、いただきます。……ほわぁぁぁぁ☆」
胡麻団子を一口頬張ると、ありすは目を輝かせて感動していた。その様子を微笑ましげに見つめていたエレーナだったが、その視線に気付いたありすは、こほんと咳をして誤魔化した。
「恥ずかしがらなくていいわ。私だって唸っちゃうもの。うん、とっても美味しいわぁ」
エレーナも仁禛の胡麻団子に幸せそうな笑みを浮かべる。
「その、エレーナさんみたいな女性は、あまり表情を顕にしないんじゃないんですか?」
クールな女性が理想と思っていたありすは、エレーナが今のような表情をすることが不思議だった。
「確かにそういう美しさもあるし、クールな女性も素敵だと思うわ。だけど、美味しいものを美味しいって素直に喜べる女性も素敵だと思わない?」
「そう、なんでしょうか?」
「そうなの。これは要勉強ね」
コツンと鼻頭をつつかれ、頬を膨らませるありす。
「そんな顔したら、可愛いクールなアリスちゃんが台無しよ」
「むぅ」
膨らんだありすの頬をエレーナがツンツンしていると、仁禛が料理を持ってきた。
「お待たせ……って、何してるの?」
「アリスちゃんをツンツンしてるの。柔っこいわよ」
仁禛はため息をつきながら棒々鶏をテーブルに置く。
「全く……止めてあげなさい。じゃないと貴女の分下げるわよ」
「ふふふ、ごめんなさい。あら、いつもと違う感じね」
「えぇ。少し味付けと材料を変えてみたの。最近暑いし、さっぱりと仕上げてるわ。メインはしっかりとした味付けのものだから、前菜はね」
「それは楽しみだわ。じゃあいただきます」
「い、いただきます」
棒々鶏を口にしたありすは、びっくりしたように目を見開いた。
「お、美味しいですっ」
「えぇ。とても美味しいわ。夏にピッタリな味付けね」
二人に絶賛され嬉しそうに微笑む仁禛。
「ありがとう。次は魚だから、楽しみにしてて」
そういうと仁禛は調理場に戻っていく。
「すっごく美味しいです。お家でも食べますけど、初めて食べたみたいです」
「仁禛さんの家庭料理、すっごく美味しいのよ。中華は勿論だけど、和食も実は上手だから」
お互いがオフの日などは、よくエレーナの家で夕食をとったり酒を飲んだりしている二人である。なので、エレーナが店のメニューにはない料理をよくせがむのである。
「格好よくて、お料理も出来て、凄く優しいだなんて、仁禛さんって凄いです」
「そうねぇ。それでいて可愛い所もたくさんあるから、反則だと思うわ」
「可愛い所? 格好いい所じゃないんですか?」
仁禛とは結び付かなそうな言葉に顔を傾げるありす。そんなありすに、エレーナは小さな声で話し出す。
「仁禛さんはね、可愛いものが大好きなの。ほら、あそこの置物、可愛いでしょ?」
エレーナの指さす先には、チャイナ服を着た熊のぬいぐるみが置いてあった。意外にお店にもマッチしていたが、意外ではある。
「あれは仁禛さんの私物よ。というか、私の贈り物ね」
犯人はエレーナだった。
「とまぁ、そういうわけで仁禛さんは反則級のいい女というわけ」
「子供に何てこと教えるの」
「アイタ」
いつの間にか料理を持ってきていた仁禛に頭を小突かれるエレーナ。
「全く、変なことを話すなっていたでしょうに。貴女の分の料理下げるわよ?」
「あーあー、ごめんなさい。だから下げないでー」
わざとらしく追いすがるエレーナに、仁禛はため息をつきながら料理をテーブルに置いた。
「良い伊勢えびが手に入ったの。少しピリッとしているから気をつけてね」
仁禛が持ってきた料理は、伊勢えびの頭が飾られた豪華な料理であった。常連であるエレーナは、少し心配そうに仁禛に確認をとる。
「仁禛さん、これ、私は好きだけど、大丈夫?」
「えぇ。今日貴女車で来てるんでしょう? それも兼ねていつもと違う味付けにしてあるの。食べてみて」
「じゃあ……あら」
一口口にして、いつもと違う味に驚くエレーナ。それを見つつ、ありすも口にする。
「あ、美味しい」
ありすの笑顔を見て、仁禛は嬉しそうに笑う。
「でしょう? いつもはしっかりと辛くするのだけど、今日は香りが強い唐辛子を使ったの。だから、辛さ控えめで香りが高くなっているよ」
「普段はお酒を飲みながらだから、辛いのが好きだったけど、これだけで食べるのならこっちの方がいいわね」
「これなら私も食べられます!」
その言葉の通りに、もぐもぐと食べ続けるありす。その様子を二人とも微笑ましそうに見つめていた。
その後も幾つかの料理が出てきて、どの料理に対しても目を輝かせるありす。品数は多かったが、仁禛が量を絞っていたため、ありすでも完食することが出来ていた。
最後のデザートを持ってきた仁禛は、自分の分も一緒に持ってきて席に着いた。
「ありすちゃん、今日の料理はどうだった?」
「とっても美味しかったです! 初めて食べた料理も多かったですし、家で食べたことある料理でも、味が全然違いました!」
「そうね、下ごしらえの仕方とか、味付けのタイミングとか、家庭ではあまりやらないようなことをやったりするから、家庭料理とは違いが出てくるの。だからというわけではないけど、ありすちゃんにプレゼントよ」
そういって取り出したのは、何枚かの紙である。
「今日食べてもらったメニューのレシピよ。家庭では難しい部分はアレンジしてあるから、お母様と一緒にチャレンジしてみて」
「あ、ありがとうございます!」
「仁禛さんったら、文香ちゃんといい、アリスちゃんといい、私の後輩を奪っていくわー」
ありすに尊敬の眼差しで見つめられていることが、面白くない様子のエレーナ。そんなエレーナに、仁禛は杏仁豆腐のクコの実を渡す。
「はい、これ上げるから機嫌直して」
「わーい」
仁禛からクコの実を食べさせてもらうようすに、ありすはクスクスと笑った。
「ふふふ、二人とも子供みたいです」
「あら、エレーナはともかく私も?」
「はい。とっても仲が良くて羨ましいです」
「あら、私とアリスちゃんと仲良しよー!」
そういいながら、ありすに抱き着くエレーナ。
「きゃっ!?」
「こら、エレーナ。全く、貴女酔ってるんじゃないんでしょうね? 代行呼ぶ?」
「いいえ、私は素面、いえ、アリスちゃんの可愛さにメロメロ酔ってるの!」
「救急車の方がいいかしら?」
またしても漫才を始める二人に、ありすはずっと楽しそうに笑っているのであった。
もう一話で終わりです。