話もそこそこに、旬の食材を匠の技で調理した料理が運ばれてくる。これにはエレーナやアンヌもふざけるのを止め、その味の素晴らしさに舌鼓を打つ。
「あぁ……これぞ和食というものね。家庭料理にはない、まさに天地人揃った料理だわ」
「これを食べられただけたでも日本に来た甲斐があるというものです」
外国人である二人は勿論、奏も初めて食べる味に目を白黒させていた。
「そういえば奏さんは、まだ、リセ……えっと高校生なんですよね?」
「はい、そうですが」
「エレーナが言っていましたが、やはり奏さんはお美しいですわ」
「はへっ!?」
突然の賛辞に、奏はらしからぬ奇声を上げてしまった。
「アンヌ。エレーナと同じようにしては駄目ですよ。エレーナはただのタラシなんですから」
「華耶さん、流石に酷いわ。それでアンヌ、どうしたのいきなり?」
華耶の厳しい一言に辟易しつつも、アンヌの言葉の意味を尋ねる。
「奏さんを見ていて、どんな服が似合うかなって。ドレスは勿論似合うでしょうから、ステージ衣装も映えますよね」
「えぇ!! 奏ちゃんならアダルトな衣装でも負けないわ。だけど、少女らしい要素も残したいわ」
「それでしたら、スカートをミニにするのもいいですね。見ているだけで心が高鳴り頬を赤らめてしまうような衣装にしたいですね」
本人を置いてきぼりにして衣装を決めようとしているエレーナとアンヌ。そんな二人に対して溜め息を吐く華耶。
「二人とも、勝手に決めないで下さい……」
「あら、パリでも一位二位を争うデザイナーのアンヌが衣装案を出してくれているのに、みすみす見逃すの?」
「そ、それは……」
明らかに悪はエレーナなのだが、悪魔の囁きに心を動かされる華耶。そんなコントをしているコンビを尻目に、アンヌだけは真剣に奏のことを見つめていた。
「……………………」
「あ、アンヌさん?」
「ねぇ奏さん」
「は、はい」
自身もアイドルであり、エレーナを始めとした美女達を見慣れている奏にとっても、次元違いの美女であるアンヌに見つめられては顔を赤くしてしまう。
「貴女、キスしたことないですよね?」
「はいっ!?」
とんでもない言葉を吹っ掛けられた奏。突然のことに口をパクパクさせている本人を余所に、大人達が盛り上がった。
「あら、あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらぁっ!! そうなの奏ちゃん?」
「えと、その……」
「演技以外のプライベートでここ10年キスしてない喪女が何を言ってるのよ。このお馬鹿さんは気にしないで。それでアンヌ、なんでそんなこと言い出したの?」
「華耶さんヒデェ」
世界のトップアイドルの言葉を聞き流した華耶と奏は、アンヌに発言の真意を尋ねる。
「え? あ、えっとですね、色恋沙汰とかそういうことではないんです。キスというのは、女性にとって特別なものです。特にファーストキスとなれば尚更です。日本でも奏さんの年頃では特にそうでしょう?」
「まぁ、そうですね。人それぞれではあるでしょうが、そう易々とするものではないです」
「そして奏さんはまだそのような経験がない、ということですから、衣装を作るときにそのような初々しさ……いえ奏さんならば、それに想いを募らせ恋い焦がれる成熟しきれぬ艶やかな少女、といったところでしょうか」
「そうかもしれないわね。ただセクシーなだけじゃ奏ちゃんの魅力を出しきれないわね。アンヌの案ならベストね」
「もう勘弁して……」
散々キスに憧れているやら経験がないやら暴露され、これ以上ないくらい顔を真っ赤に染め上げる奏。もう気絶寸前である。
「あっ、ご、ごめんなさい、つい仕事のこととなると、ね?」
「お待たせ致しました。デザートをお持ち……あら?」
暴走から目覚め、慌てて奏に謝罪するエレーナ。そこに、料理を運んできた女将。室内のカオスっぷりにきょとんとしていた。そして、エレーナがペコペコしているのを見て、すぐに納得した。
「今度は何をしたんですか?」
女将にくすくすと笑われ、エレーナは困ったように眉尻を下げた。
「もう、椿さんまでひどいわ。あ、あら、このアイスクリーム、とっても綺麗ね!」
己の不利を悟ったエレーナは、態とらしく話題を反らす。
「ふふふ。はい、こちらは料理長が皆様の為にと。抹茶アイスと季節のフルーツの盛り合わせです」
「とても綺麗ですね。流石は料理長様。以前頂いたすだち餅も素敵でしたが、こちらは可愛らしいですね」
アンヌの感想に、女将は嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。すだち餅もお手土産としてご用意してあります。ただ、今日はお若いお客様がいらっしゃいましたから、料理長が張り切って作っておりましたよ」
「あら、料理長ったら。私達だけじゃご不満?」
エレーナが襖越しに声をかけると、一人の老人がカラカラ笑いながら入ってきた。
「ハッハッハ、まさか、天下のエレーナ嬢ちゃんに不満なんかあるもんか。アンヌ嬢ちゃんも久しぶりだな。今日の味はどうだった?」
「とても美味しゅうございましたよ。あれほどに味の濃縮された鮎は初めてです」
「それは良かった。華耶嬢ちゃんも楽しんでもらえたみたいだな」
「はい。料理長のお料理を口にすると、幸せになりますから」
仕事中は表情をあまり崩さない(エレーナ相手を除く)華耶も、料理長の料理には柔らかな笑みを浮かべていた。
「はっは、柳の所の娘さんにそう言ってもらえるなら、ワシもまだまだ現役だな」
「私の舌などまだまだです。ですが、後二十年は料理長の味を楽しみたいものですね」
「おいおい、それじゃワシ、九十越えちゃうぜ?」
仲良さげに話す二人に、奏はエレーナにこっそりと尋ねる。
「柳Pと料理長さん、お知り合いなんですか?」
「そうよ。華耶さんのご実家は京都の老舗の割烹なの。華耶さんのお爺様と料理長は旧知の仲で、華耶さんはとても可愛がってもらってたそうよ」
華耶が上品な女性なことは知っていたが、想像以上にお嬢様であったことに驚く奏。
「それでな、実は女将が案内しているところを覗かせてもらっていたんだが、随分若い娘っ子がいて驚いたぜ」
ニカッと豪快な笑みを向けられ、奏は思わず頭を下げる。
「こういう店には中々若いのは来ないからなぁ。思わず張り切っちまったよ」
「だから、桔梗の蕾の細工を添えたんですか?」
エレーナの言葉に、料理長は頭を掻いた。
「そういうのは、言わぬが花と言うんだがなぁ……」
「え、えっと……」
ばつが悪そうにする料理長に、奏は意味が分からず困惑する。
そんな奏に、アンヌが種明かしをした。
「この桔梗の蕾は、奏さんのことなのですよ」
「わ、私が桔梗?」
種明かしをされても、いまいちピンと来ない奏。
「桔梗は美しい青の花。そして、その花言葉は、『永遠の愛』。料理長さんったら、ロマンチストなんですから」
アンヌに笑みを向けられ、料理長は両手を挙げた。
「あぁもう、降参だよ降参。これ以上年寄り苛めんな」
「あら。ふふふ、それでは今度来たときにも美味しい料理をお願い致しますわ」
了解と手を挙げると、料理長は部屋を出ていった。
「でも、言いたいことは料理長にぜーんぶ料理で語られちゃったわね」
「はい。ですが、頃合いですし、そろそろお暇しましょうか」
「支払いは私がしておくわ。三人は先に外に出ていて」
エレーナ達三人は先に車に戻る。
「奏ちゃん、初めての料亭はどうだった?」
「とても美味しかったです。それ以上に恥ずかしかったですけど……」
「ふふふ、何度も来れるような場所ではないでしょうが、面白い経験も出来ましたし良かったですね」
弄くり回した本人に言われてもと思った奏だったが、それは呑み込んだ。
「お待たせしました」
「お帰りなさい、って、華耶さん大荷物ね」
車のドアを開けると、エレーナは華耶から大きな袋を受け取った。
「料理長が張り切ったみたいで沢山頂いたわ。寮の皆さんにもって」
「あらあら、奏さん、とても気に入られたのね」
「とても有難いですけど、これ、凄く高級そうですよね?」
袋の中を覗けば、高そうな桐の箱が幾つも入っている。
「まぁ、決して安くはないけど、お爺ちゃんからのお小遣いだと思えば気が楽かしらね」
「流石に無理があるわよ。兎も角、速水さんは私が送りますから運転は私がするわ。二人とも今日は呑むのでしょう?」
「あら」
「あらら」
例に違わずアンヌも酒豪である。
華耶の運転でエレーナとアンヌをバーの前で降ろした後、華耶は奏を寮に送り届けた。
「さて、寮母さんにもご挨拶したいし、私も一緒に行きますね」
「は、はい。今日はありがとうございました」
「ふふふ、お礼……というか謝罪をしなければならないのは私の方です。まさかアンヌまで一緒になるとは思っていませんでしたから。あの二人と一緒だと疲れるでしょう?」
「えっと……」
確かにその通りなのだが、そのエレーナの担当Pである華耶の前では頷き難い。
「遠慮しないでいいんですよ。エレーナ相手に普通でいられる人なんて、世界に五人いるかどうか」
「アンヌさん達ですか?」
「ええ。仁禛さんにアンヌ、それと日本とイギリスに一人ずつ、ってところかしら」
「柳Pはどうなんですか?」
ふとそう尋ねると華耶は、可笑しげに微笑んだ。
「あら、そんな子のプロデューサーなんてしていたら普通でなんかいられないわ。私はいつでもあの笑顔に魅了されているんですから。エレーナには絶対内緒ですよ?」
しー、と口元に指を当てる華耶の姿に、十分貴女もそちら側です、と思う奏なのであった。
因みに、お土産を開けた寮生一同はというと、その豪華絢爛な料理の数々に圧倒され、奏は大勢に囲まれることになるのであった。
「かんぱーい」
「ふふ、乾杯です」
カチリとワイングラスを合わせ、ワインを口にするエレーナとアンヌ。ロシアとフランスが誇る絶世の美女の組み合わせとなれば騒動が起こりかねないが、華耶が選んだのはエレーナのマンション近くのバーであり、精々店内の他の客が眼福、と感じている程度で収まっていた。
「とても美味しいですね」
「でしょ? この間見つけた日本のワインなんだけど、すっごく美味しかったからマスターにもオススメしたの」
「あちらではフランスのワインばかり飲んでいますから、日本に来ると色々なワインを楽しめて嬉しいです。システィナにも飲んで貰いたいですね」
「そうね。でもあの娘、ワインには煩いからチョイスが難しいわ」
「でもエレーナが選んだ物なら何でも喜びそうめすけど」
「だからこそ難しいというか。喜んでくれるからこそ、美味しい物をあげたくなっちゃうのよねぇ」
可愛い妹分のことを思い、クスクスと笑う二人。
《ボトル》を幾つか空けた頃に、ふとエレーナはある噂についてアンヌに尋ねた。
「そう言えば、アンヌ。貴女日本に来るって本当なの?」
その噂とは、アンヌが日本に拠点を移すというものである。
世界的デザイナーであるアンヌが拠点を移すとなれば、業界にとって大騒動である。
しかし、アンヌはあっさりと頷いた。
「はい。パリは素晴らしい街ですが、私にとって一番大切な物はありませんから」
「あら。アンヌの大切な物って?」
エレーナが尋ねると、アンヌは少し考え、エレーナの隣に移動した。
「アンヌ?」
アンヌの行動に首を傾げたエレーナ。しかし、アンヌはそんなエレーナにお構い無しに、エレーナの腕に抱きつき、耳元に口を寄せ囁くように言った。
「それは貴女です、エレーナ。私にとって大切な存在は貴女以外にはいません。だって、叶うならば私は貴女の為だけにデザインをしたいのですから」
言葉の内容は聞こえていなくとも、アンヌの出す妖艶でいて愛らしい雰囲気に、店内の者達は顔を真っ赤にさせノックダウンされた。
そんな雰囲気をゼロ距離で受けたエレーナは、少しだけ顔を赤らめつつも、アンヌの頭を撫で返す。
「アンヌ、貴女酔ってるわね?」
「えぇ。こんなこと、素では言えませんもの。美味しいお酒と、貴女という素敵な女帝様にもうクラクラしています」
「もぅ……今日はウチに泊まっていきなさい。ハーブティー淹れてあげるから」
「ふふふふふ、エレーナさんのハーブティー、大好きです」
「はいはい。マスター、お勘定お願い」
店から出て、普段より数段ふわふわしているアンヌを部屋に入れると、エレーナは約束通りハーブティーをアンヌに渡す。
「エレーナのハーブティーは久しぶりです。やっぱりとても落ち着きます」
「そう言ってくれると嬉しいわ。それにしてもアンヌも日本に来るのね。システィナも近々日本に来るって言ってたから、今度みんなで集まりましょうか」
「はい。神楽さんもお呼びして盛大にやりましょうね」
エレーナ達が《盛大に》というパーティーである。それに華耶が気付いたとき、華耶は冷や汗を掻くことになるのだが、流石の華耶でも気が付くことはなかった。