「1・2・3・4! ……今日はこのくらいにしておくか」
「ふぅ……そうですね。大体確認と修正も出来たし」
麗の言葉に、汗を拭いストレッチを始めるエレーナ。ストレッチをしながら、麗に歌とダンスの出来映えを尋ねる。
「流石と言えばいいのかな。響きのバランスもダンスのキレも完成している。《Madonna》のダンスも圧巻だよ」
「これは私にとって大切な曲ですから」
エレーナにとって《Madonna》は、世界に名を轟かせた契機となった楽曲の1つである。初期の楽曲ながらもコンサートごとに新Verの振り付けを披露している程である。
「ライブまであと少しだからな。今日はこれからオフなんだろう?」
「はい、明日までお休みですから。お友達皆でお泊まり会するんです」
「む? エレーナのご友人といったら……」
「はい。仁禛さん達です。それに、ロンドンから来たばかりの娘がいるので、その娘の歓迎会も兼ねているんです」
今回の歓迎会は、仁禛の店で、神楽が日本の粋を集めた材料を用いて、ロゼが衣装を揃え、エレーナが芸をこなす、おかしいくらいの豪華な会となりつつあった。
「それは私もお邪魔してみたいよ」
「ふふふ、大歓迎ですよ?」
「いや、流石に遠慮するよ。楽しんでこい」
「はい。お土産、期待していてくださいね?」
エレーナはレッスンルームを後にすると、時間を潰すために社内をブラブラしていた。
すると、案の定というべきか、エレーナは後輩アイドルを見つけ出し、そーっと後ろから近付いた。
「みーゆーさん!」
「ひゃっ!? え、エレーナさん!?」
いきなり後ろから抱きつかれた三船美優は、驚きで跳び跳ねた。
「も、もうエレーナさん。驚かせないでください……」
「ふふ、ごめんなさい。今日はお仕事終わったの?」
美優とエレーナは歳が近いこともあり、仲がよい。アイドルとしては先輩後輩ではあるものの、プライベートでも一緒に行動している。
「はい。今日はもう帰るだけなんですけど、ちょっと一休みしてて」
「ほっほう……なら、今日はフリーなのね?」
エレーナの笑みに、あっと感じたが後の祭り。
「今日、ちょっとお友達のお店に行くんだけど、その娘のお店、香水とアロマのお店なの。美優さんも気に入ってくれるわ!」
「……ご一緒させてもらいますね」
断ることは出来ないことは、今までの経験から分かっていたので、素直に頷く。だが、様々なことに巻き込まれてきたものの、そのどれもがとても楽しいものであったため、今回も胸を高鳴らせるのであった。
事務所を後にした二人は、タクシーでとある店の前に移動していた。
「今日は車じゃないんですね」
「今日は一杯お酒飲むから。さ、ここよ」
エレーナが指差した店の名は《Prim Rose》。まだオープンしていないものの、周囲にはオープンを待ちきれない女性達が、ちらほら集まっていた。
「こ、ここって……」
「ふふふ、私の大切なお友達のお店よ。さ、目立たないように裏から入りましょ」
アロマテラピーを趣味としている美優にとって、この店は憧れそのものだったが、エレーナは美優の腕を引っ張り、裏口へと向かう。そうして、店内に入るやいなや、エレーナに抱きつく影が一人。
「お姉様、お待ちしておりました!!」
エレーナ程の身長のその女性は、美しい顔を満面の笑みで華やかせ、心の底からの喜びを表していた。シンプルな白いワンピースを着ており、装飾などはそれほど多くつけていなかったが、静かに波打つ金色の髪と深く輝く紺碧の瞳が、どんな宝石よりも美しく輝いており、まるで、絵本の中から飛び出してきたお姫様のようであった。
そんなお姫様のような女性の頭を愛しげに撫でるエレーナ。
「もう、システィナったら。いつまでたっても甘えん坊ね」
「だって、お姉様のお側が、私が心安らぐアヴァロンなのですから。甘えたくなってしまいます」
エレーナの苦笑混じりの言葉にも、お姫様──システィナ・プリムローズはグリグリとエレーナに頬擦りを続けた。
「ほらほら、取り敢えず離れて? 今日は私のお友達も連れてきたんだから」
ここでようやく美優の存在に気が付いたシスティナは、エレーナから離れ、優雅な仕草で頭を下げた。
「これは大変失礼致しました。当店《Prim Rose》の主をしております、システィナ・プリムローズと申します。貴女様は、三船美優様ですね? 日本に来てまだ日が浅いですが、貴女様のご活躍はテレビ等で拝見しております」
「ご、ご丁寧に。三船美優と申します。プリムローズさんの香水やアロマはよく使わせていただいています」
あまりに丁寧な挨拶に、美優も慌てて頭を下げる。
「お姉様からも、貴女様のことはよくきいておりますわ。ロンドンでの私の商品も愛用していただいているようで、心から感謝いたしますわ」
自分の作品のファンに会えて嬉しいのか、システィナはニコニコしていた。
「それじゃあシスティナ。貴女のお城、案内していただけるかしら?」
「勿論です。お姉様も美優様も、私自慢のお城と香り。楽しんでくださいませ」
少し澄ました表情のシスティナの姿はとても様になっており、美優は更に胸を高鳴らせるのであった。
そうして案内された店内では、スタッフが開店に向けての最終チェックを行っていた。
「あら、忙しそうなのに大丈夫なの?」
「はい。私もお手伝いしたかったのですが、皆様に止められてしまって。なので、その分お二人を精一杯おもてなしさせていただきます」
システィナの言葉に、周りのスタッフは頷いた。日本人スタッフが多いものの、システィナがロンドンから連れてきたスタッフもおり、そのスタッフ達はエレーナとも知り合いである。その為、システィナとエレーナの逢瀬の邪魔はしたくなかったのである。
「一階のフロアは、初めて訪れた方向けの商品がメインです。あちらにいたときにはどうしても高価になってしまいましたから、女の子が大人の女性に変身するためのお手伝いをしてあげたくて」
システィナの言葉通り、商品につけられた値段は、システィナの香水にしては安価であった。下手をすればブランド価値を下げかねない行為だが、システィナが日本に赴くと発表した際にいった言葉が、逆に評価を上げていた。
「《お城を夢見るお嬢様が、お姫様になれるように。そして、私が憧れた女帝(ツァリーツァ)に近付くために》でしたね」
美優の言葉に、システィナは頷き、エレーナは顔を赤らめる。
「会見を拝見したときに、とても感動してしまいました」
「私はウォッカでむせちゃったわ。嬉しかったけれど、流石に恥ずかしかったわ。その後、すぐに神楽さんから電話きたもの」
「偽らず、私の本心ですから。あの言葉に共感してくれた方々が、私についてきてくれましたしね」
システィナが選び抜いたスタッフは皆、この言葉に感銘を受け集まった人材であった。その為、エレーナと並び歩く様子を見て、感動していたのである。
「まぁ、オープンの時にはまた来るし、皆さんとはその時にお話しましょうか」
スタッフに頭を下げつつ2階へと昇ると、1階とは趣を変え、高級感溢れるフロアとなっていた。
「わぁ……」
「とても素敵ね。豪華なのにとても落ち着くわ。ワクワクしちゃう」
「ありがとうございます。さ、美優さん、こちらへ」
「へ?」
憧れのシスティナの香水に心奪われていると、システィナに腕を取られ、奥に連れていかれる。
あれよあれよという間に、椅子に座らされてしまう美優。
「えっ?」
「まずは美優さんをプリンセスに致しましょう。お洋服はロゼ姉様からお預かりしているものがありますのでそちらを。私はお化粧担当です♪」
「へっ?」
「私はヘアメイク担当よ。私のスタイリストさんに教わった技、お見せするわ!」
「ちょっと、えぇっ!?」
やる気満々なエレーナとシスティナに、逃げ場がない美優は後ずさることも出来ない。
「さ、プリンセス美優様、綺麗になりましょう?」
「は、はいぃ……」
にっこりと微笑むエレーナに美優の声は震えていた。