日曜日の正午ともなると、お出かけの家族連れが街を行き交っていて、いつにもまして道が賑やかになる。新興都市の見滝原も例外に漏れることなく、活気に満ち溢れた様相を呈している。
そんな賑やかな通りのなかにあって、さらに一層の賑わいを見せる《シャルモン洋菓子店》の店内で、貴虎はまどかと共に優雅なひと時を過ごしていた。
「ふむ……やはりここのケーキは絶品だな」
〈ひどいです貴虎さん。私が食べられないことを知ってるくせにっ〉
ふくれっ面でむくれるまどかに、いたずらっぽく笑う貴虎。霊体であるがゆえに実体であるケーキを口にすることのかなわないまどかにとって、このシチュエーションはいささか酷であると言わざるを得ない。それが分からない貴虎ではないが、それでもこの場所でわざわざお茶をしているのにはわけがあった。
「今日これから、光実の担任を受け持ってくださっている早乙女先生と会うことになっているんだ。彼女なら、光実のことも私以上に分かっているはずだ」
少しだけ寂しそうな顔をしてはいるものの、貴虎の言葉には光実の良き保護者であろうという決意が伺える。そこに肉親の情を感じるのもつかのま、しかしまどかは《早乙女》という名に妙なひっかかりを覚えた。
〈早乙女、先生……それってひょっとして〉
「うむ。見滝原中学校で英語を教えている女の先生だ。光実の担任で、本名は……確か、早乙女和子、といったかな」
コーヒーを口にしながら、周りの客に独り言がと怪しまれないように言葉を返す。だがそんな貴虎の冷静な態度とは裏腹に、まどかの表情はさーっと青ざめていった。
「……?」
〈わ、私……っ。ちょっと、お手洗いに行ってきます」
霊体であるまどかには、当然ながら排泄機構は存在しない。貴虎は訝しげに片眉を釣り上げ、後を追おうとして腰を上げかけた。
「お待たせしました。呉島先生」
……が、去っていったまどかの背中を遮るように、ひとりの女性が貴虎の目の前に現れた。果たして、早乙女和子女史である。
「……お待ちしていました。それと“先生”はよしてください。今日は保護者として、光実のことを相談したいのですから」
「ふふっ……分かっていますよ。呉島さん」
和子の浮かべた、とても三十路近いとは思えない幼い笑顔に内心驚きを感じながらも、あくまで紳士的に着席を促す。ここのところずっとまどかと共にいたこともあって、こういった大人の女性との会話というものを心のどこかで求めていたのかもしれないと貴虎は密かに考えていた。
「それで、光実くんがどうしたんです?」
「どうした、というか何というか……。ともかく、何か変わったこととかはありませんか? 例えば交友関係とか」
「………そうですね……」
貴虎のどこか思いつめた表情に何かを察したのか。それとも、貴虎に対して和子が抱いている少なくない好意からか。いずれにせよ、早乙女和子は貴虎の言葉を受けて、静かに記憶を巡らせた。
「まず、光実くんは転校当初からしばらくの間、ずっと一人でいることが多かったのはご存知ですよね?」
「ええ」
「呉島さんが何を案じていらっしゃるのかは測りかねますけど、少なくとも私の目から見た光実くんに悪いことの予兆は感じられませんよ。むしろ、彼の学生生活はどんどん順調になっていきました」
「………そうなんですか? あいつ、家では何も……」
「そういうものですよ。男の子って、一番身近な人にはそういうことを教えたがらないものですから。……クラス名簿、見ますか?」
「いえ、暗記しています」
カバンから光実のクラス名簿を和子が取り出そうとすると、貴虎はその挙動に待ったをかけて話の続きを促した。
「凄いですね。ご自身のクラスメイトも、もちろん?」
「ええ。教職員たるもの、当然ですよ。……それで?」
きょとんとした顔で感嘆する和子だが、貴虎の方はさも当然といった涼しい顔を浮かべたままだ。元のテンションに戻って話を再開するのに、和子はきっかり一秒の間を要した。
「暁美ほむらさん……彼女も最近転校してきたばかりなんですけど。最近彼女とはとても仲がいいんです。光実くん」
「ほう、女子ですか……。男子とはどうなんです?」
「中沢くんなんかとは、たまに喋っているのを見かけるようになりました。それと、最近復学してきた上条恭介くんと一緒に下校するのを見かけましたね」
「………なるほど、ありがとうございます」
―――中沢………中沢、何だったか?
下の名前が思い出せないまま、時間だけがいたずらに過ぎていく。
取り敢えず、貴虎は暁美ほむらと上条恭介について調べてみることにした。
「さて、とりあえずお茶にしましょう。何か注文なさっては? 支払いは私が持ちますよ」
その前にまずは、この食事を済ませることが先決だ。教科書通りなセリフを吐きながら、さっさとこの場を終わらせることのみに集中する。
「いっ、いえいえいえっ、そんな、とんでもない」
激しく拒否する割には、口端がつり上がっているように見えるのは果たして気のせいか? 和子のどこかちぐはぐな態度に首をかしげながら、貴虎はメニューを差し出した。
「えっとじゃあこれとこれ……にします」
頬を紅潮させて、何が嬉しいのやら、しきりに頷きつつメニューを決める。和子が手を膝の上に乗せてむふーっと鼻息をついたところで、貴虎は店員を呼ぼうと手を上げた。
「これとこれを頼む」
「かしこまりました」
呼ばれてやって来たいたってノーマルな店員が注文をとってそそくさと厨房に向かっていく。
「噂でしか聞いたことはありませんが、ここの店長はなかなかお目にかかれないタイプの人間らしいですよ。一度お目にかかってみたいものですね」
軽口を叩きながら悠々と微笑んで見せると、和子はどこか陰のある表情でこくこくと頷いた。