魔法少女まどか☆マギカ[異編]禁断の物語   作:榊原啓悠

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そして時は動き出す

貴虎の横をすり抜け、店内を歩き回る従業員や客を透過し、まどかが脇目も振らずに若夫婦を追いかける。

 

〈待って! 私だよっ! まどかだよぉっ!〉

 

 届くはずがない。聞こえるはずがない。そんなことは、ほかならぬまどか自身が一番良く分かっているはずだ。

 ……なのに。

 

「なぜだ、まどか……いや、もしや」

 

 店員の言っていた「鹿目」という苗字。まどかのこれまでの言動、態度。

 貴虎の中で、何かのロジックが急速に組みあがっていく。

 

「――――まずい」

 

 電流の如き直感が、同時に言い知れぬ悪寒を背筋に走らせる。眼前の人々をかき分けて、貴虎はまどかを早足に追いかけた。

 

〈ねえ、待ってよ、パパ、ママ! たっくん、たっくんなら分かるよね? ねぇ答えて!〉

 

 半狂乱となったまどかが、全身から淡い光の粒子を立ち上らせながら、団欒の鹿目親子の足元にすがりつく。だが実体を持たないまどかの指は両親をすり抜け、空を切るばかり。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら家族を呼び続ける少女の金切り声を、しかし気に留める者もいない。

 

「よせ……やめろ、まどかっ……!」

 

 唯一まどかの声と姿を知覚できる貴虎だけが、彼女のもとへ歩み寄っていく。だが、冷静さを欠いて少々乱暴に客を押しのけ続けたせいで、気がつくと周囲から非難の視線を貴虎は向けられていた。

 

 顔、顔、顔……。どの顔もみな、強引に人ごみをかき分けた自分に対する非難の感情をたたえている。

 

 見向きもしない両親に泣きじゃくりながら縋り付くあの少女を、無視したまま。

 

「ちょっと。いくらお客様とはいえ、マナーを弁えていただかないと」

 

 そんな客たちの視線を代弁するかのように、筋骨隆々な大男が立ちふさがる。果たして店長の凰蓮・ピエール・アルフォンゾである。

 

「………お前たちには、分からないのかッ……!」

 

 ふつふつとこみ上げるマグマの如き感情が、貴虎の拳を固くしてゆく。

 

Qu'est ce qui est(なんですって)?」

 

 泣き叫ぶ少女の声に、誰ひとり耳を貸そうとはしない。

 その理不尽な光景への怒りと、まどかのいたたまれなさに―――――貴虎は、ついに爆発した。

 

 

「なぜ、泣いている子どもを放っておくような真似ができるんだ、貴様らはッ……!」

 

 

 押し殺した声で、だがはっきりと。

 迸る眼力と胆力で、自身を囲む周囲の客と従業員を引き下がらせる。

 

 まどかを知覚できるのが自分一人だけだなんてあんまりだ。一番彼女の声が届かなければならない彼女の家族に届かずに、どうして自分だけが……!

 

「………泣いてる子供なんて、どこにもいないじゃない」

 

「…………」

 

 貴虎の圧に誰もが怖気づく中でただ一人、立ちふさがる凰蓮だけが動じることなく堂々と立ちはだかる。

 だが、凰蓮と無言の火花がぶつかり合うこと数十秒、店内にずっと響いていたはずのまどかの声が止んでしんと静まり返っていることに、貴虎は気がついた。

 

「………まどか?」

 

「ちょ、ちょっとっ!?」

 

 強引に凰蓮を振り払い、鹿目親子のテーブルに向かう。だがそこには、訝しげにこちらを見つめる若夫婦と、不思議そうな視線を窓の外に向ける男の子だけがいた。

 

「………どこに………?」

 

 事実に耐え切れず、この場を逃げ出したのか。

 ………それともまさか、まどかを知覚する能力が自身から失われてしまったのか。

 

「まどかッ………!!」

 

 今の彼女には、誰かが必要だ。

 まだだ、まだ消えるな。

 まだ………!

 

 

 ※※※※

 

 

「これは……」

 

 薄暗いホテルの一室で、手元のタブレットを覗き込みながら薄く笑う男が一人。奇抜な髪型と派手なライダースーツが印象的な、中国人風の痩せた中年男といった風貌のその男は、向かい側に座る白い天使に微笑みかけた。

 

「とうとう捉えました。……見滝原です」

 

「そうか。ついに……。サーヴァントの件もある。《ゲネシスドライバー》とロックシードを、泉宮寺会長にあとでお渡ししてくれ」

 

「あの人も、大概道楽者ですからね。困ったことだ」

 

 白い天使―――槙島が本を閉じると同時に、男もすっくと立ち上がる。口ではぼやいているが、それでも口元に浮かべた告白な笑みは、男のうちに秘められた愉悦を物語っていた。

 

「僕たちにとって真の戦いはこれからだ。まずは泉宮寺会長の健闘に期待しようじゃないか。チェ・グソン」

 

「ふっ……怖い方だ。あんたは」

 

 糸のように細いその目を少しだけ開いて、男―――チェ・グソンが槙島に視線を投げかける。その瞳に映り込む槙島は、いつにもまして神々しく白い光を放っていた。

 

「葛葉紘汰の動向はどうなっている?」

 

「依然として不明のままです。ですが、今も円環の理の分身と行動している気配はありませんね。どうやら《森》で完全にはぐれたようです」

 

「問題はロード・バロンか。我々の復元した《ゲネシスドライバー》の力を以てしても、彼に対抗するのは難しい。だが今の記憶を失った彼が相手なら……」

 

「攻略は容易い?」

 

「いや、そううまくいくとも限らない」

 

 ふと憂いげな表情を浮かべると、槙島は静かに嘆息した。片眉を釣り上げて、チェ・グソンが訝しげに尋ねる。

 

「と、いいますと?」

 

「限定的にではあるが、彼はその力を有事の際に発揮している。エリーゼたちを退けたのもひとえに彼の力あってのことだ」

 

「しかしアレはただの当て馬です。聖団を総動員すれば……」

 

「更なる力を取り戻す危険性も考えられる。……彼を相手取るのは最後の最後だ。まずは円環の理の掌握と、それによるこの世界の魔法少女の支配が最優先さ」

 

「そして束ね上げた魔法少女の兵力を以て、オーバーロードを打倒する……」

 

「あまり先のことまで考えてはいけないよ、チェ・グソン。取らぬ狸の皮算用、とも言うしね」

 

「あんたにしては、随分と可愛らしい引用ですね」

 

「なに。僕だって、ごく普通でありきたりな人間だからね」

 

 会話を打ち切るその刹那。

 ぞっとするような美しさの中に何か底冷えするようなモノを匂わせて、槙島は笑った。

 

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