魔法少女まどか☆マギカ[異編]禁断の物語   作:榊原啓悠

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秒読みは始まった

 だんだん冷え込んできた外気に体をぶるりと震わせながら、白い少女が住宅街を迷いのない足取りで進んでいく。目深にかぶったニット帽と首に巻いたスカーフがその顔を隠しており、少女の正体を余人が伺い知ることはかなわない。

 

 ―――彼は、耐えられるのだろうか。

 

 ―――だが例え耐えられなかったとしても、今の私は彼に頼る他はない。

 

 尋ね人のことを考えながら、少女はその瞳に一抹の不安と迷いをよぎらせる。だが、今立ち止まるわけにはいかない。流してきた血の代償を勝ち取るために。

 

 永遠に続くと思われた行脚もやがて終点を迎え、少女は辿りついた《呉島》の表札のかけられた玄関の前で足を止めた。

 

「………ここね………」

 

 落ち着いた声色で、確認するように小さく呟く。すると少女はインターホンに触れることすらせず、おもむろに胸元から小さな宝石を取り出して扉に近づけた。瞬間、取り出した白亜の宝石が一瞬の閃光を放ち、扉の内部構造に物理的な干渉を行う。

 

「……よし」

 

 数秒と経たずに響いた乾いた音が、扉の開錠を物語る。ドアノブをひねって開錠に成功したことを確かめると、少女は遠慮のない足取りで家屋の中へ踏み込んでいった。

 

 

 ※※※※

 

 

「光実くん……起きなさい。光実くん」

 

 夢とも現ともとれぬ美しい声が、まどろみの中にいた光実に覚醒を促す。言われるままに上体を起こして瞼を開けると、そこには椅子に腰掛けた白い少女―――美国織莉子がいた。

 

「な、おり、こ? っていうか、ここは僕の―――」

 

「気絶していたのよ、あなた。重度の疲労でね」

 

「なるほど……きみが僕を昨夜家に帰したのは、僕が披露で倒れることを予知していたからってことかい?」

 

「そういうことになるわね」

 

「………それならどうして、きみが僕の部屋に?」

 

「…………」

 

 訝しむ光実に、織莉子が感情のない顔を向ける。数秒の沈黙がそのまま過ぎ去り、織莉子は小さな声で厳かに告げた。

 

「キリカと巴マミに予知魔法を使ったわ。………今夜十時、二人のソウルジェムはサーヴァントによって砕かれる」

 

「―――――ッ!?」

 

 織莉子の告げた突然すぎる宣告に、光実は目を見開いて絶句した。

 

「早く助けに行かなくちゃ……! ほむらちゃんは、佐倉杏子は? 吾妻江蓮はまだ動けないんですか!?」

 

 織莉子に掴みかからんばかりにまくしたてる光実。だが、織莉子は伏し目がちにとつとつと最悪な状況を告げるばかりだ。

 

「暁美ほむらと佐倉杏子は、重傷を負ってしまったことで自らの死を誤認し、ソウルジェムがかなり濁ってしまっているの。肉体的な損傷は回復済みだけど……魔法を行使するにはグリーフキューブが足りないわ。でもだからといって、魔法少女でもない吾妻江蓮を戦場に駆り出すわけにはいかない」

 

「だったら戦極ドライバーを使えばいい! 未使用のドライバーはあと4つある!」

 

「そういうわけにもいかないのよ」

 

「どうして……!?」

 

 光実の案を拒絶する織莉子に、募る苛立ちを隠そうともせずに光実が食ってかかる。だが、織莉子は冷淡に現状報告を続けた。

 

「あなたのお兄さんが、ドライバー入りのケースを持ち出してしまったのよ」

 

「なッ………!?」

 

 飛び起きて、部屋を片っ端からひっくり返す。

 机の裏、ゴミ箱の底、洋服箪笥の隙間まで……。

 

「そうか、確か昨夜僕は風呂場で……!」

 

 バタバタと音を立てて階下に駆け下り、リビングを突っ切って風呂場の戸を開く。だがそこには、彼の探し物は存在していなかった。

 

「………お兄さんがアーマードライダーのことまで知ったかどうかは分からないわ。だけど、戦極ドライバーはあなたのものも含め、すべてあなたのお兄さんが所持している」

 

 風呂場で絶句する光実の背後から、歩み寄ってきた織莉子が静かに告げる。激情に駆られた光実は、髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら唸り声をあげて膝をついた。

 

「~~~ッ!!」

 

「落ち着いて、光実くん」

 

 怒り狂う光実の肩に手を置くも、しかし光実はこれを振り払う。激情が彼から本来の冷静さを失わせているのだ。だが織莉子もまた、内に秘めた衝動に身を焦がさんばかりに震えていた。

 

「落ち着いていられるかよ! 早く兄さんを見つけないと! そうしなきゃ……」

 

「そうよ。お兄さんを早く見つけないと……彼の命が危ない」

 

 ぴたりと。さっきまで怒りに打ち震えていたはずの光実が、その激情に水をかけられたように静止する。織莉子は改めて、状況の説明を再開した。

 

 

 

 

 

「今夜10時、あなたのお兄さんは私たちも見たことがない新たなアーマードライダーによって襲撃され……命を落とす」

 

 

 

 

 

「10時……それって」

 

 ハンマーで殴られたような衝撃が、光実を激しく動揺させる。敢えて一番衝撃的だった箇所を避けた質問をすることで、光実は己の精神の安定を図ろうとした。

 

「そう。キリカと巴マミ救出のタイムリミットと同時刻。……けれど、彼女たちの居場所も、あなたのお兄さんがどこで襲撃されるかも、まだ分からない」

 

 絶望が立ち込め、激情の代わりに拭い難い憂鬱と虚脱感が光実の瞳から光を奪う。そのままぺたんと座り込んで、光実はがっくりと項垂れた。

 

 兄が死ぬ。

 無関係であるはずの、何も知らないたったひとりの肉親が。

 不条理に、無慈悲に―――――殺される?

 

「美国先輩の予知は、未来に起こる事象の視覚イメージを得る魔法………それなら、時刻がハッキリ分かるってことはつまり、時計か何かがその周辺に見えたということですよね」

 

「………ええ。キリカたちの予知には、サーヴァントの私物と思しき懐中時計が。あなたのお兄さんが殺害された予知では、彼の腕時計の視覚情報が()えたわ」

 

「ッ………場所の手がかりにはならない、か……」

 

 ますますの絶望感が、項垂れる光実をさらに激しく打ち据える。

 

 ―――――仲間か。肉親か。

 

「……まずは戦極ドライバーだ。僕は取り敢えず兄さんを探す。美国先輩は、ゆまちゃんとサーヴァントのアジトを探してください」

 

「それは現実的ではないわ。私もあの娘も、サーヴァントのような強力な敵と戦えるほどの力は無い」

 

 前衛役がいなければ戦えない織莉子に、そもそもの戦闘力に疑問の残る千歳ゆま。現状動ける魔法少女ではあるが、それでもあまりに心もとないと言わざるを得ない。

 

「ですから、僕がまず兄さんから戦極ドライバーを取り返します。そのあとそちらに合流して、サーヴァントを叩く」

 

「現在時刻は午後3時。タイムリミットは7時間……」

 

 マミが死ぬまで。キリカが死ぬまで。貴虎が死ぬまで―――残り7時間。

 

 長いようで短い命の導火線に、火が灯った。

 

「行きましょう。―――時間がありません」

 

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