神々の決戦の火蓋が切り落とされたその翌日、神のことなど露ほどに知らぬはずの暁美ほむらもまた、悶々としていた。
再会は唐突に
「呉島光実くん」
先日の邂逅以来、頭を離れないあの少年の名を口に出してみる。
あのどこか影を帯びた少年は、自分と同じ見滝原の2年生だという。
「………」
高鳴る胸に手を当て、暁美ほむらは己に問うた。
私は彼に会いたいの?
彼に会えたとして、それからどうするの?
幼い頃から病弱で、病室暮らしが常であった自分には、同性の友達でさえ得難いものであったというのに、同い年の男子との会話など、もはや想像を遥かに超える大事件であった。
とはいえ、学校には行かなくてはならない。
これまでにも、もしかしたらすれ違うくらいはしていたかもしれないが、それならそのように振る舞えば良いというだけのことだ。彼と自分は、たまたま学校の外でちょっとした会話があっただけの間柄なのだから。
姿見の前で悶々とするほむらに彼女の母親が声をかけたのは、それから間もなくのことである。
暁美ほむらは、今でさえ健康体ではあるものの、元重病人であることに違いはない。最近開発が進んだ地方都市、すなわち見滝原に引っ越してきているのは、この街の病院を以前までかかっていた医師に勧められたからである。
決して裕福ではない暁美家であるが、彼女のために見滝原周辺の郊外へ引越し、市内の中学校へ通学させるためのバス代も各方面から工面している。
全ては、愛娘がこれから先、幸せに暮らしていくため。
病気で苦労した彼女を想い、少しでも良い環境に置いてやりたいという、両親の深い深い愛情のなせる技であった。
そんな事情もあり、暁美ほむらは現在、市の外からバスで見滝原中学校へ通っている。毎朝のバス通学には慣れてきた頃ではあるが、学生だけでなく社会人もたくさん利用する公共交通機関というものは、やはり人ごみの苦手なほむらにとって少々しんどかった。
「う…………」
か細いうめき声をと共に、なんとか人ごみをかき分けて見滝原市内のバス停に到着する。両親の配慮も分からないではないが、どうせなら市内に引っ越してくれればとほむらはため息をついた。親の心、子知らずである。
「おはようっ! いつもながらバス通学大変ねぇ~」
そんな朝からお疲れ気味のほむらに、妙に元気のいい挨拶がかかる。声の主は、級友である美樹さやかであった。
「さやかさんも、少しはほむらさんを見習うべきですわ。淑女が往来で朝っぱらから大声なんて出すものではありません」
てへ、なんて言って舌を出すさやかを、慣れた手つきでいさめるのは、これまた級友の志筑仁美である。ほむらにとっては貴重な、数少ない友人たちだ。
「お、おはようございますっ」
※※※※
バスの中で人ごみに揺られる時間は苦痛だが、そのあとに待っている三人の通学路は、ほむらにとっての楽しみの一つであった。
新興都市らしく、綺麗に舗装された通路や設置された噴水など、まだ来たばかりで日の浅いほむらにとってはそれだけでも目を引くものばかりであるが、それ以上にほむらが嬉しいのは、一緒に登校してくれる友達と一緒にいられることである。
だから、その瞬間が来るまで気が付かなかった。
背後から近づいてくる、少年の影に。
「おはよう、暁美さん」
すれ違いざま、小声で挨拶をすると、少年はそのまま一人、歩き去っていった。
―――――――――声が、出なかった。
「え、ほむらってば、呉島くんといつ知りあったの?」
「ふぇっ? え、いや、あの」
さやかの言葉に我に返り、困惑した様子で目を白黒させる。そんなほむらのリアクションに、さやかは不審げに首をかしげた。
「呉島くんですか――――――ええ、少し独特な雰囲気の方ですけれど、なかなかハンサムで、素敵な方ですわね」
「あ、それ分かるわー。親が転勤族だったとかで、4月の途中でいきなり編入してきたんだけどさ、あの通りイケメンじゃん。目付けてる女子多いんだよねー」
うんうんと相槌を打つさやかを尻目に、仁美が何やら意味深な瞳でほむらを流し見る。
…………絶対、バレてる。
緊張と不安が、ほむらの胃を締め付けた。
この小説の第一話は、2011年の10月中旬頃を設定しております。『まどマギ』本編とほぼ重なる時期を想定しておりますので、今が本編でいうどの日に当たるかを考えてみるのも、ひょっとしたら面白いかもしれません。