仲間と肉親―――天秤に掛けざるを得ない切迫した状況のなか、光実は苦悩とともに走り続ける。
一方貴虎は、まどかを通じて徐々に真相に迫っていたが、突如現れた謎の老人にまどかを攫われてしまう。
光実、疾風のごとく
アメリカで《ファントム》に遭遇した時以来久しぶりに味わう、圧倒的な殺気。
ロボットと思しき金属の猟犬たちといい、老人がこちらに向ける猟銃といい、どうやらむこうはキツネ狩りでもするつもりのようだ。
粟立つ肌をなだめながら、貴虎は状況をつとめて冷静に分析し、思考する。
「どうした狐よ。もう狩りは始まっているぞ?」
「貴様の狩りとやらにつきやってやるつもりはない。……だが、そうせざるを得ない状況なのは確かなようだな」
その言葉が契機となったのか。
次の瞬間、飛び退った貴虎の10センチほど前で舗装タイルが轟音とともに弾け飛んだ。
「クゥッ……!」
どうやら、銃声が周囲の人間に聞かれることなど、まるで気にしていないらしい。
うめき声をあげながら間一髪回避した貴虎に、無情にも次弾が殺到する。
「ッ!」
これも回避。だが、バランスを崩してしまった貴虎が地を舐めるのと、後方に位置していた猟犬たちが襲いかかってくるのは、ほぼ同時のことであった。
―――――避けられない―――――
命の危機を本能的に察知し、思わず手にしたアタッシュケースを盾にする。
すると、思いのほかケースが頑丈にできていたのか、猟犬たちの爪を弾くことに成功した。
「………」
無感情な顔で猟銃の再装填をしていた老人が、どこか安堵しているかのような表情を見せる。どうやら、老人はこの《狩り》を心から楽しんでいるらしい。
「―――――はあぁぁッ!!」
気合いとともに猟犬たちを弾き飛ばし、そのままの勢いで一気に茂みへと走り出す。
途中、何度も足元の舗装タイルが爆発したが、気にしている余裕はない。
茂みを飛び越え、斜面を転がるように滑り落ち、川を横切る鉄橋に出る。
だがここまでしても猟犬たちの追尾からは逃れられず、それどころか、周囲にあったはずの人影がどこにも見当たらない。
「馬鹿な、今日は日曜だぞ……!」
思えば、躊躇なく老人が発砲してきた時からおかしかった。まどかと一緒に出歩いていた時はあんなにいた群衆も、今ではその情景の欠片すら消え失せている。
「どういうことだ、これはっ……!」
不可解な世界、奇妙な狩り―――まるで不思議の国にでも迷い込んでしまったかのようだが、しかし迫る生命の危機は紛れもない現実のものだ。
立ち止まれば、確実な死がやって来る。
時刻は午後5時。既に辺りは夕闇の帳に閉ざされ、じきに完全な夜になる。
そうなってしまえば、もう貴虎に勝ち目はない。恐らく暗視機能もついているであろうあの猟犬ロボットたちに狩り出され、あの老人の弾丸で蜂の巣にされるのがオチだ。
「はっ――――はっ――――はぁっ――――――――!」
全力疾走の反動が、次第に呼吸に現れてくる。
もう、これ以上長くは走れそうにない。
振り返れば、まだまだ猟犬は振り切れてはいない。
せめてバイクか何かがあれば、また違ったのだろうが……。
「ガハッ!?」
曲がり角で突然現れた猟犬の一撃をくらい、吹き飛ばされる。
どうやらいつの間にか、回り込まれていたらしい。
猟犬たちは一台ずつ色分けされており、赤、黒、青、緑の四台が存在する。
そしてそのすべてが、今の貴虎を完全に包囲するかのように囲い込んでいた。
「ちぃ―――」
急ピッチで開発の進んだ見滝原には、その急速すぎる発展の弊害か、建物と建物の間に奇妙な隙間がある。その隙間はさながら迷宮の様相を呈しており、こうして見滝原中心部にたどり着きさえすれば、この迷宮で猟犬たちをまくことができる、というのが貴虎の当初の目的であった。
だが、前後をこうして挟まれてしまってはそのアドヴァンテージは逆に貴虎を追い詰める。
どこにも逃げられない、本当の絶望――――じりじりと距離を詰められながら、貴虎は歯を食いしばって無念に耐えた。
―――――だが。
「だあぁああああぁあああ――――――――――ッ!!!」
幼さすら感じさせる少年の声が大気を震わせ、同時に迸った紫紺の光弾が猟犬たちを粉砕する。
あまりにも突然なその展開に貴虎が目を剥いていると、光弾を発射した主であろうその人影が破壊された猟犬たちを踏み越えて走り寄ってきた。
「お前は……」
紫と緑に彩られた、中華風の鎧を身に纏った仮面の戦士が視界に飛び込んでくる。
「探したよ兄さん。まさか結界の中にいるなんてね……。ねえ兄さん、この結界を作る魔獣は、どこにいるか分かる?」
「結界? 魔獣? ………というか、兄さん?」
「ああ、もう……なんでこんなに鈍いかな……」
呆れたようにつぶやきながら、ベルトに装填された錠前を外す鎧武者。するとまとっていた鎧は気化するように放散し、中から見知った顔の少年が現れた。
「光実……!!」
「……? 戦極ドライバーを持ち出したってことは、だいたいの事情は分かっているものだと思っていたけど……」
「あ、ああ。それが、アーマードライダーとかいうやつか」
「まあね。異世界からの侵略者を相手に、魔法少女とともに戦う……それが、今の僕だ」
まどかの言葉がグルグルと頭の中を回る。
―――異世界の森、侵略者、魔法少女―――
「……事情はさっぱりだが、まぁまぁ大体のことは飲み込んだ。それより光実、この状況がどういうことか、分かるか? 銃を持った老人に、狩りと称して追われているんだが」
「―――いや、僕にも心当たりはないよ。僕らが戦ってきたのは、黒いコートの中年男だ。老人となんて戦ったことはない。……というか僕も聞きたいことが沢山あるんだ。このロボットが何なのか、兄さんがどこまで知っているのか―――」
顎に手をやり、悩ましげな表情で思考する光実。だがその思考は、響き渡る銃声によって唐突に中断させられた。
「ッ!?」
煙をもうもうと吐き出す銃口と、不機嫌そうな老人の顔が迷宮の彼方からこちらを見つめている。貴虎は弟の手を取って一目散に逃げ出した。
「くそっ……逃げるぞ光実!」
「逃しませんよ。私の狩りを邪魔した罰を、あなたには受けてもらう……!」