機械いじりで油に汚れた指で、ピニオンが本日五度目のチャイムを鳴らす。
だが、美国邸のインターホンはやはり、ウンともスンとも言わない。
「………出ねぇな」
「お昼のうちに訪ねていれば良かったかなぁ」
「というかピニオン、その髪型さぁ……お前もう少し考えろよな。今日は魔法少女たちとの和平交渉に来たんだぞ?」
「るっせぇなベローズ! 俺様のこのそそり立つリーゼントが、気に食わねえってのかコンチクショー! だいたいなぁ、お前らが上条恭介相手にドンパチやってる間に、ココをつきとめたのは俺なんだぞ! 俺の働きに感謝しやがれってんだ!」
「だぁもう、うるっさいなピニオン! 分かったから落ち着きなよ! もう、気合入れて日曜だってのに学校の制服着てきたあたしが馬鹿みたいじゃんか……」
玄関先でぎゃんぎゃんと喚く、三人のデコボコトリオ。美樹さやかを筆頭に、異世界人のベローズとピニオンが後に続く布陣だが、どう見ても隙だらけだ。
こんなところを呉キリカあたりにでも見られれば、間違いなく襲われるに違いない。
幸いにも、彼女の不在と現在美国邸の中で起こっている“とある出来事”が、能天気な彼らを救っていた。
「あぁーもう、いいっ! 全然出てこないし、もうこうなったら勝手に開けて入っちゃうもんね!」
「んだよー、サヤカ仕切ってんじゃねぇぞー」
「ピニオンは黙ってな! もうっ……変なところでガキなんだから」
「少年の心を忘れていない、と言ってくれたまえよぉ」
「あれ、鍵が開いて―――――でっ?!」
瞬間、ドアノブを握るさやかの手のひらに電流が走る。
迸る雷光の如き魔力の残滓が、ドアノブにかけられていた魔法の存在を暗示していた。
「いったぁ………ビリっときたぁ…………」
「静電気ってワケでも無さそうだな。それに、途端に中の音が聞こえるようになったぜ。なんだかドンパチやってるみてぇだ」
耳に手をやり、薄く開いた玄関の隙間からこっそりと屋敷内の音を聞きとる。すると、くぐもった音ではあるが、まるで騎士たちの剣戟を思わせるような激しい金属の摩擦音が聞こえてくる。
「アーマードライダーが中で戦ってる……? と、ともかく突入しようぜ!」
「恭介とリーマちゃんだ! そうに違いないよ!」
口々に屋敷内への突入を叫ぶさやかとピニオン。だが、ベローズはこれが罠である可能性を捨てきれずにいた。こんなところに居を構え、これまで自分たちを翻弄してきた魔法少女である。そのアジトにおいて、何があるかなど分かったものではない。
「いや、まだ早計だろ……。サヤカ、ピニオン、取り敢えず落ち着け。焦ったまま入っていったら、それこそ何があるか分からねえぞ。突入に関しちゃ私も賛成だが、中で何が起きているのか正確に知る必要がある」
神妙な顔つきでなだめるベローズの態度に、自信の軽率さを悟ったのか。さやかとピニオンは、握り締めたロックシードを再びポケットにしまいこんで、無言のままにコクリと頷いた。
「よしっ………ピニオン、ロックビークルをすぐ出せるように構えてろ。サヤカはドライバーを腰に巻いとけ。殿は私がつとめる………。行くぞっ」
「らじゃっ」
「了解だぜ」
※※※※
『BANANA SQUASH!!』
「セイィーーーーッ!!」
ドライバーの電子音と共にチャージされたエネルギーを、一気に槍とともに解き放つ。バロンの繰り出した《SQUASH》は、これまでの格闘でダメージの蓄積していたリーマの《ダークネスアームズ》を粉砕し、一気に変身解除に追い込んだ。
「ぐはぁっ……っ」
「例えガキだろうと俺は容赦しない。葛葉を倒し、魔王となったあの日から、俺の弱さは完全に死んでいる……!」
荒ぶるバロンを、しかしもはや止められる者はいない。上条恭介は既に初撃でリタイアしており、魔法少女たちも全員意識を失ったままだ。
「う、ウォレス……」
………ただ一人、崩れた瓦礫の中で手を伸ばす吾妻江蓮を除いては。
「おのれ、ロード・バロン……! お前のせいで、お前のせいで私たち人類はっ……!」
憎悪と屈辱に濡れる頬を拭いながら、なおもロックシードを片手に立ち上がる。握り締められた漆黒のそれは、真実いまのリーマの心を写すかのように黒光りしていた。
「お前たち人間は卑怯者ばかりだ。だから滅ぼした」
「黙れ! 私たちはまだ滅んじゃいない! お前のような、傲慢な魔王に私たちは絶対に屈しない! …………変身ッ!!」
『DARKNESS・ARMS ………黄金noカジtsu………』
「フンッ……。とうの昔に滅ぼされたコウガネの遺骸を未だに使い倒す、その根性の腐り具合が卑怯だと言うんだ」
「うるさい! 私は負けない……絶対に! うああぁああぁああッ!!」
◇◆◇◆
『すばらしい……まさかDARKの適合者が現れるとは』
『おめでとうリーマ、きみは選ばれた人間だ。この三百年、人類はきみを待っていた』
追憶の彼方で、白衣の男たちの愛おしそうな声が聞こえる。
どうやら私はあの日の記憶を見ているようだ。
ヘルヘイムに侵食されきった地球で、私たち人類は生き残りをかけて、《プロジェクト・アーク》によって生産された数千台の戦極ドライバーでの戦いを繰り広げていた。
だけど、オーバーロードの支配者―――ロード・バロンは、黄金の果実という神に等しい圧倒的な力を持っている。……私たちになすすべは無かった。
敗北と撤退を繰り返すだけの三百年、私たちは日に日にその数を減らし、いつしか人類は母なる海を忘れ、広い大地を忘れ……森の奥深くで、息を殺して暮らしていた。
だが、あるときロード・バロンの右腕を名乗る、奇妙なオーバーロードが接触してきた。サーヴァントだ。
サーヴァントは、私たち人類の延命を幇助してくれると提案してきた。もちろん最初は断った。だが……もはや戦う力の残されていない人類は、その提案を飲むしかなかった。
そうして、私はサーヴァントのもとに人類側の使者として送り出された。
最後の切札、《DARK》の力を持たされて……。
サーヴァントは、私を楽園に連れて行くと持ちかけてきた。
オーバーロードたちが作った、海の楽園……。
もちろん、遊びに行くのではない。これは調査。言わばスパイ活動だ。
オーバーロードの弱点を探るための、そして人類の勝利のための……。
だが、海に暮らしていたのは、私たち人類とほとんど変わらない姿をした、《新人類》を名乗るオーバーロードたちだった。
純正の人類とは違い、ロード・バロンの目指す世界を作るための遺伝子を与えられた彼らは、私たちよりもずっと強く、優しく、美しい世界を築き上げていた。
………消えるべきは私たち旧人類なのではと、何度も思った。
だがそんな劣等感に怯える私に、ベローズさんは、ピニオンさんは、エイミーさんたちは優しくしてくれた。
…………この海には、槙島聖護のように卑劣な奴はいない。
…………だったらいっそ、私はこのまま…………
◆◇◆◇
走馬灯から我に返ったリーマを待っていたのは、くすんだ色の天井だった。薄暗い世界のどこかで、ベローズたちの声がする。
「………ごめ………んなさ………い…………」
か細い声で一言残し、リーマは変身を解除して意識を手放した。