仁美に付き合ってもらっているうちに、学校の勉強には少しずつだがついていけるようになった。
さやかとするおしゃべりは、自分が病室で寝ていた間に失いかけていた女子中学生の感性を取り戻させてくれた。
マミとの魔法少女活動を通じて、誰かの為に戦うことの貴さと暖かさを知った。
なら、あの少年――――呉島光実との交流は、いったい何をもたらしてくれるのだろうか。まだ特別仲良くなったわけでもないのだが、もし仲良くなれたら、と自問せずにはいられない。………否、たった数回顔をあわせただけで、これほどに心をかき乱してくるのだ。何もないはずはない。
「はぁ………」
「あらほむらさん。あまりため息ばかりついていると、一緒に幸せも逃げていってしまいますわよ?」
「あははっ、仁美ってば古風なんだぁ」
「おばさん扱いしないでくださいっ」
ぷくっと頬を膨らませる仁美であるが、それでも美貌がまるで損なわれないというのだから凄い。おまけに出るところも出て背も高く、あらゆる分野に通じる才色兼備と来たものだから、学校中の男子が彼女に憧れている。
「私も、志筑さんくらい胸があれば良かったのに…………」
そうすればもっと、自身を持って彼に向き合えるのに。
「ほむらっあんたいきなり何をッ?!」
「嫌ですわ、恥ずかしい」
少々オーバーリアクション気味におののくさやかに、頬を赤らめてうっとりとした表情を浮かべる仁美。………時折仁美がとるその妖艶な仕草が、何か背筋に嫌なものを走らせるのは恐らく気のせいではない。暁美ほむらに、“そっちのケ”は無かった。
※※※※
放課後の魔法少女の特訓は、今日はお休みとマミからテレパシーで告げられた。何やら一身上の都合とかで忙しく、相手をしてやれないのだそうだ。
それならそれで別に構わないのだが、やはり普段一緒に放課後を過ごす相手がいないと手持ち無沙汰になってしまう。仁美は習い事で多忙であるし、さやかに関しては放課後から姿を消してしまっている。ここのところ、さやかと放課後一緒に過ごすことの方が珍しいのでそこは気にならないのだが、やはり淋しい時にはあの笑顔が見たくなってしまう。
ついこの前までひとりぼっちであったというのに、今では立派に他人に依存している。そんな自分に、ほむらは一人自嘲的な笑みを浮かべた。
だが、なんの気なしにふと歩道橋を見上げた瞬間、ほむらのぎこちない笑みは消えた。
確信は無い。
だが、あの孤独な背中は、今朝見たあの少年のものと酷似していた。
「光実くん……!」
気がつくと、ほむらは駆け出していた。
メガネがずれるのも構わず、長い三つ編みを風になびかせて、少年の背中をひたすらに追いかける。
だが、あと少しで歩道橋にたどり着くというところで、少年はほむらに気付くことなく歩き去ってしまった。
「ま、待って……!」
なんとか追いつこうと、懸命に追いかける。
群衆に紛れる少年を見失わないように見据えながら、苦手な人ごみにも飛び込んでいくほむらには、普段のそれとは比べ物にならない積極性に満ちていた。
やっとの思いで人ごみをすり抜けていった先は、人の気配のない古びた住宅街であった。開発前の見滝原の、洋風住宅街といった風情のそこは、しかし寂れた雰囲気も相まってほむらには非常に不気味に見えた。
ロンドンのそれを想起させる古い建築物は、見るものが見ればノスタルジックで退廃的な美に満ちているのであるが、同時にそれらは死のイメージを強く内包してもいる。病院という、人の死が日常であった場所に長くいたほむらにとって、それは美でもなんでもなく、ただただ恐怖でしかなかった。
自然、歩調も緩やかになっていく。
「ど、どうしよう……見滝原に、こんな場所があったなんて……」
震える声でか細く呟くほむらは、真実おびえていた。
「………あっ」
だが、彼女の孤独に光が挿し込む。
三叉路の左奥に、少年の背中を見つけたのである。
「光実くん!」
夢中になって、石畳にけつまずきながら少年に駆け寄る。
少年――――呉島光実は、突然自分の名前を呼ばれたことに振り向き、ほむらの存在をここに来てやっと認知した。
「あ、暁美さん? どうしてここに?」
「みつっ、光実くんを、追いかけてきたの。は、話が、したくて」
怖いところに来てしまった恐怖から少年を見つけ出したことで解放され、ほむらは安堵の涙すら流していた。当然、光実は困惑する。
「ええ、えっと、大丈夫だよ。泣かないで……どうしたの?」
「だって、ここ怖くって………ううぅうぅう」
光実が肩に優しく手を乗せて語りかけると、ほむらはダムが決壊したかのように大粒の涙を零しだした。
なんとか彼女の涙を止めてやらねばと思い立ち、少々慌てた挙動でハンカチを取り出す。こういった状況でどういった行動をとるべきか、光実は14歳という若さではありながら既に心得ていた。
だが、取り出したハンカチをほむらに渡そうとした瞬間、光実はほむらの肩ごしに現れたそれを目撃し、戦慄した。
「かっ、怪物―――――?!」
住宅街の壁に突如開いた《クラック》を通り抜け、怪物――――《森の魔獣》が迫る。