裂け目から飛び込んだそこは、やはり外から見た通りの鬱蒼とした森であった。木々や植物は、どれも既存の種別に当てはまらない奇妙なカタチをしている。
「どこなんだここ……本当に地球なのか?」
途方に暮れた声で呟く光実。とはいえ、未だ危機から脱出できたというわけでは無い。背後の裂け目を通ってあのカミキリのような蒼い怪物が追いかけてくるのも時間の問題だろう。胸の中でぐったりとしているほむらを抱きかかえ、なんとか逃げ延びるべくその場から走り出した。
※※※※
20分ほど走ったところで、振り向く。
どうやら、あの怪物はこちらを追いかけることを諦めたらしい。
再び森を脱出しない限り安心はできないが、ひとまず光実はほっと息をついた。
「あ、あの…………」
「あっ、ごめん」
居心地が悪そうに抱かれているほむらに気がつくと、光実はそっとほむらを地面に下ろした。
「………え?」
だが、光実はすぐに異変に気がついた。
「あれだけの傷が、完治している………?」
「え、ええ。治癒の魔法を使ったので……」
魔法。
怪物との遭遇から続く非日常がまさに極まった瞬間である。光実は思わずめまいを覚えた。
「あー、えっと…………。この状況、分からないことがあまりにも多すぎるけど、取り敢えず分かりそうなことから潰していこう」
自分に言い聞かせるように言う光実だが、彼の目にはまだ理性の明かりが灯っている。心情的には彼にすがりきりのほむらにとって、これだけでも今はありがたかった。
「まず一つ。………きみって何者?」
暁美ほむらが、《魔獣》から人類を守る使命を与えられた《魔法少女》という存在であること。
先程の怪物たちは、《魔法少女》の本来の敵である《魔獣》とは違う、《森の魔獣》と仮称される正体不明の化け物であること。
ほむらが拙いなりに努力して光実に説明したそれらは、とてもではないが常軌を逸しているし、正気を疑わざるを得ない内容である。だが、光実は少女の言葉を今は信じるほか無い。先程、彼女が文字通り“変身”して彼を守ったのだから。
「なるほど…………。無茶苦茶といえばそれまでだけど、だいたいの状況は把握できたよ」
「ありがとうございます、信じてくれて」
「信じなきゃ始まらないからね。きみの怪我が完治して、衣装まで直ってしまっているんだもの。これは魔法でもない限りは説明がつかない」
自分の言葉を信じてくれたことへの喜びで無垢な笑顔を見せるほむらだが、対照的に光実の表情は暗い。
確かに不明な点のいくつかは解消されたが、それでもこの現状が打開できるようなことは何一つとして存在していない。
暁美ほむらは魔法を使えるが、それでも戦闘力の観点で言えば《森の魔獣》の本拠地であるだろうこの森の中では心もとないと評価せざるを得ない。
しかも彼女の知る限り、この森に入ったことのある魔法少女はいないそうだ。これでは帰れるかどうかすら定かではない。
深刻な様子の光実を察してか、ほむらもすぐに笑顔を取り消し、不安げにうつむいてしまう。このまま森を彷徨い続ければ、いずれ多くの問題に直面することは、光実ほど賢くなくても容易に想像がつくというものだ。
「お腹空いちゃっても、食べるもの無いですよね……」
「…………」
さらに熟考すること数秒、光実は取り敢えず周囲に休めそうなところが無いか周囲を見渡した。木々や植物の他にも、建造物の遺跡らしきものなどが散見されるが、どれも風化と侵食が激しくて、中に入るには危険性が高い。そもそも植物のツタに入口を塞がれているところもあって、どうやらそのセンで休憩場所を探すのは厳しそうだ。
さらに状況の深刻さを確認し、肩を落とす光実であったが、しかしほむらはどこか嬉しそうな表情でいる。それどころか、アオシスをやっと見つけた砂漠の旅人の如き感激ぶりで、何かを目指して歩いているではないか。
「ど、どうしたの暁美さん」
「どうしたって………お腹が空いてる時にこんな美味しそうなもの見つけちゃったら、嬉しくもなりますよ………」
どこか上の空の様子で、何かに吸い寄せられていくほむら。不穏な何かを察知して光実が彼女の行方を見ると、独特な形の植物に、何やらとても食欲をそそる果実が実っていた。
「あれは――――――駄目だ!」
だが、光実はほむらの行く手を塞いだ。
自身を誘惑する強烈な食欲が、逆に彼の理性に警鐘を鳴らしたのだ。
「どっ、どうしてですかっ。私、本当にお腹が空いてて……」
「あれが普通の食べ物なら、見ただけでここまで異常に食欲を刺激されるはずはない。アレはこの森の罠だよ!」
根拠は無い。
本当に純粋な食欲である可能性もゼロでは無い。
だが、用心深い彼の性質が、この果実は危険だと告げていた。
「そんな……」
しょげた様子でうつむくほむら。彼女には悪いが、ここは我慢してもらうしかないだろう。
項垂れる彼女の肩に優しく手を置いて励まそうと試みるが、どうやら消耗している様子のほむらにはあまり効果が無かった。
「どうしよう………ん?」
ふと、視界の端に違和感を覚えてそちらを向いてみる。
「…………!!!!!」
先程《森の魔獣》に襲われた時に匹敵する驚愕と恐怖が、光実を襲った。
「し、死体…………!!!」
ほむらが妙に腹ペコキャラなのは、単純にお腹がすいているからです。あと、食欲に正直なのは女子だからです。