己の痛みには目もくれず。
自分のために苦しんでいる少女を救うために。
暁美ほむらに勝算は無かった。
周囲を囲んでいる丸っこい個体ならまだなんとかなるが、その奥で待ち構えるあのカミキリムシのような蒼い個体は手に負えない。
そうでなくとも、彼女の弓矢では同時に複数方向から襲いかかる敵を同時に仕留めることができないのだ。
「くっ……」
師匠であるマミのように華麗に立ち回れればよかったのだが、あいにくほむらにそんな芸当は不可能である。次から次へと湧いてくる《森の魔獣》の攻撃にさらされ、ほむらはものの数秒で体中を切り刻まれた。
「――――――ア――――――――――――」
か細い悲鳴と共に、鮮血に染まるその身を地に横たえる。
それでも握り締めた弓に矢をつがえようと必死に身をよじるが、どうやら血を流しすぎたようで、指を動かすことすらもままならない。
「――――――――――――」
割れた眼鏡の向こう側に、《森の魔獣》の群れが倒れたこちらを覗き込んでくるのが伺える。このまま食べられてしまうのだろうか。それとも、いたぶり弄んで玩具にされるのだろうか。
悲観的な想像ばかりが脳裏をよぎるが、しかし暁美ほむらはそれでいいとすら思っていた。
自分に攻撃が集中するなら、それだけ光実の生存率は高まる。
目的である足止めは、大成功だったというわけだ。
とめどなく溢れる涙をいっぱいに目にためて、ほむらは安らかな表情で微笑んだ。
「私…………魔法少女で、良かった…………」
《BUDOU・ARMS!
銅鑼の音が鳴り響き、戦士の到来を告げる文句が声高に名乗りを上げる。
瞬間、強烈なエネルギーを纏った紫弾が《森の魔獣》たちに殺到し、全てを一気に蹴散らした。
突然の襲撃者に、《森の魔獣》たちが敵を見極めるべく皆一様に弾丸の飛んできた先を睨みつける。
そこには、紫色の甲冑に身を包んだ中華風の鎧武者が銃を構えて佇んでいた。
「み、つざ、ね、くん………?」
ほむらが言葉を漏らすと同時に、新たな戦いの火蓋は切って落とされた。
襲い来る《森の魔獣》たちが、異常発達した爪を振り上げて襲いかかる。
だが、紫の鎧武者はそれをこともなげに躱し、正確かつ冷酷無比な回し蹴りで打ち据える。その後も慣れた様子の体捌きで次々と襲いかかる敵をすべていなし、紫の鎧武者の他にこの場で立っている者は誰もいなくなった。
「………」
立ち上がろうとのたうちまわる《森の魔獣》を狙い、鎧武者は淡々と引き金を引く。それらは一発として外れることは無く、やがて《森の魔獣》たちは鎧武者の撃った弾丸で沈黙した。
しかしなんとか耐え忍んでいたのだろうか、唯一生き残っていたカミキリの《森の魔獣》が、触角を振り乱して背後から飛びかかる。
「……………」
だが、鎧武者は動じない。
寸分違わぬ挙動で下ろしかけていた銃を構え直すと、鎧武者はそのまま振り向きざまに敵の眉間を撃ち抜いた。
体液を撒き散らし、カミキリの《森の魔獣》が沈黙する。
冷静沈着、それでいて洗練されたその一挙一動は、まさに熟練した戦士のそれに違い無い。治癒魔法で最低限回復を済ませたほむらが抱いたのは、この戦士の正体に対する疑問であった。
「あなた、光実くん………なんですか?」
ほむらの言葉に、鎧武者が向き直る。
彼の紫色の瞳が何をほむらに感じているのか、さだかではない。
だが、鎧武者はほむらを見つめてしばらくその場に佇んだ。
「暁美さん!」
だが、ほむらにとって思いもしない事態が訪れた。
呉島光実が、鎧武者の背後から現れたのだ。
「えっ………! じゃあ、この人は」
ほむらが口にし終えるか否かというところで、鎧武者は光実を振り返った。
「な、何者だ…………!」
睨む光実。
その足は震えてはいるが、しかし“もう二度と逃げない”という決意に固まった瞳は小揺るぎもしていない。
鎧武者は最初こそ少々驚いたような様子であったものの、何を思ったのか、やがて光実を視界から外し、赤い錠前を地面に投げ捨てた。
「使えって、ことなのか………?!」
しかし、鎧武者に言葉は無い。
やがて彼は、唸る光実に肯定も否定もせず、悠然と彼の横を通り過ぎてそのまま森の奥へと消えていった。
「な、なんだったんだ…………?」
※※※※
世界に絶望した少年と、世界に憧れる少女。
二人の運命は、今動き出した。
第一話【黒猫たち】、終了です。
ミッチとほむらが主人公のエピソードなので、二人の比喩として黒猫になってもらいました。ちなみに僕も黒猫を飼っています。可愛いですよね。