『さやか、聴いてごらん。これは、ドビュッシーの《亜麻色の髪の乙女》っていう曲でね……』
美樹さやかの14年間の生涯において、上條恭介という少年はもはや全てと言っても過言ではなかった。幼い頃から共に過ごし、いついかなる時も、彼の味方であり続けた。少々思い込みが強い性格から、たびたび喧嘩にはなったものの、それですぐに仲直りすることができた。
―――――そう、あの事故があるまでは――――
※※※※
「そんな……私どうしたらいいの………恭介……」
うなだれながら深夜の公園を歩く、美樹さやかの表情は暗い。先程、上條恭介の病室で彼が言い放った言葉が、快活だったはずの彼女を酷く打ちのめしていた。
『さやかは、僕をいじめてるのかい?』
「…………」
『もう聴きたくなんかないんだよ!』
「………………………」
『奇跡か魔法でもない限り治らない………』
「………………………………ッ」
リフレインする言霊が、少女の歩みを止め、膝を折った。
懺悔するがごとく、地に跪き、少女―――美樹さやかは全身を震わせて慟哭をあげる。
「どうして、どうして恭介なの?! どうしてあいつが………っ、音楽を誰よりも大切にしていたあいつがぁっ! こんな、こんな酷い目に遭わなきゃいけないのよぉ!!!」
不幸なことと、諦めなければならないのか。
降りかかる理不尽に屈し、絶望するしかないのか。
…………そんな、そんな馬鹿なことがあってたまるか。
――――そう、思っているのに
どうして、足が動かないの?
どうして、涙が、嗚咽が、さっきからちっとも、止まらないの?
そして、少女は悟る。
不幸には抗えず
理不尽には逆らえず
この残酷な運命に飲み込まれるしかないことを。
世界が歪むような錯覚の中、なおもさやかは己の涙に溺れていく。深夜の見滝原に少女の慟哭を受け止める者は居らず、虚ろな街にさやかの絶叫はどこまでも反響していった。
そして、虚ろな街に、虚ろな影が次々と立ち上る。
視認することも困難な、ノイズで出来た影。
《魔獣》と呼ばれるそれらは、ノイズのようなその身を滑らせ、絶望に暮れる少女に迫っていく。
やがて、先ほど感じた世界が歪むかの如き錯覚が錯覚ではなかったことに気付いたものの、さやかはしかしその場から動けずに涙を流し続けていた。
嗚咽を漏らす少女は抵抗することも逃げることすらもせず、影法師の伸ばした大きな手にそのまま首を掴まれようとしていた。
「きょ………う、す…………け…………」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、少女は愛しい人の名を呼んだ。
『諦めるな!!!!!!!!』
ノイズ音の中、轟いてきたその声にさやかはハッとして顔をあげる。
次の瞬間、さやかを取り囲んでいた《魔獣》たちめがけて無数の武器群が凄まじい轟音と共に空から降り注ぎ、その身を八つ裂きにされた《魔獣》たちはそのまま闇の中へ霧散していった。
あまりに突然のことに、さやかは呆然として周囲を見渡す。
先程まで影法師たちがいた場所には、大小様々、色とりどりの武器が、舗装された地面に突き刺さっていた。
「えっ……なにこれ、どういう……ていうか、ここは? 公園、じゃない………?」
一度は落ち着いたさやかではあるが、自身を取り囲むこの不可解な事象に、新たな混乱を抱きつつあった。立ち上がり、武器の隙間を縫って歩き出す。風景は依然、虚ろなビル群の様相を呈している。
『そこをまっすぐ、歩いていくんだ。そうすればここから出られる』
再び響いてきたその声に、さやかはギョッとして上を見上げた。
「………誰か、いるの………?」
問いかけに答えはなく、虚ろな夜空からは沈黙しか帰ってこない。しばらくそのまま佇んだ後、さやかは声の主を突き止めるよりもここを離れる方が懸命であると結論付け、言われた通りその場から駆け出した。
※※※※
電子音と共に目が覚める。
気がつくと、そこは自室のベッドの上だった。
「………夢オチィ?」
作者は、本格的な二次創作はこれが初めてです。
至らぬ点などがありましたら、ぜひ感想等でお寄せください。