キリカとのやり取りが一段落したところで、織莉子は小さくコホンと咳払いをした。
「………では、そろそろ本題に入りましょうか。まずキュウべぇのことについてですけど」
睫毛の長い瞼を伏せ、織莉子は一瞬残念そうな顔を浮かべた。
「申し訳ありませんが、私もあの子とはずっと連絡がつかないんです。私の予知でも、あの子の行方はつかめませんでした」
「…………そうですか」
僅かに、カップを持つ手が震える。
密かに感情を押し殺すマミを、キリカは横目で見つめていた。
「キュウべぇについては他にも問題があります。………使用済みの《グリーフキューブ》の処分です」
マミの心は、“キュウべぇがいないことで発生する不都合”よりも“キュウべぇの安否そのもの”に傾いていることは、織莉子にも察しはついている。しかしマミがそんな感情を抑えている以上、織莉子も事務的に対応せざるを得なかった。
「私の方では《グリーフキューブ》の数をなるべく揃えてまんべんなく使うことで、なんとか孵化を防いでいるけど……この方法には問題があるのは火を見るよりも明らかね」
そう言うマミではあるが、彼女も分かっている通りこの方法では問題の解決には至れない。
「《グリーフキューブ》は穢れ、すなわち人の世に充満する憎しみや悲しみといった感情の結晶……。私たちの《ソウルジェム》の穢れを移さずとも、時間経過で世界に満ちている先述の憎しみなどの感情を吸って穢れを溜め込んでしまいますわ」
「そうなれば、どちらにせよ《グリーフキューブ》は《魔獣》を生み出してしまう……」
先程までのふわふわとした雰囲気とは一変して、二人の間には深刻とすら言える空気が漂い始めていた。
「敢えて《魔獣》を孵化させて、改めて討伐するという方法は取れないのかい? 恩人も織莉子も、ちょっと難しく考えすぎなんじゃないかな」
「キリカさん、孵化直後をすぐに叩くことができるなら私もその案に賛成よ。だけど、《グリーフキューブ》が孵化するタイミングは完全にランダムだわ。私たちにも普段の生活がある以上、四六時中《グリーフキューブ》を見張っているワケにはいかないのよ」
少々性格と倫理観に問題があるものの、呉キリカは決して愚か者では無い。孵化の阻止が無理ならば、いっそ孵化させてからもう一度倒してしまえという彼女の案も確かに理に適ってはいる。だが、学校生活と魔法少女活動を両立させているマミや織莉子には、その方法は困難であると言わざるを得なかった。
だが、キリカの言葉は織莉子にヒントを与えていた。
「難しく考える必要は無い……。そうだわ。どうしてこの方法を思いつけなかったのかしら」
「何かいい策を思いついたの? 美国さん」
「《禁断の森》よ。あそこに投棄してしまえばいいんだわ」
織莉子の言葉に、マミは自分の耳を疑った。
「そ、そんなことをすればあの森には……」
「《魔獣》と《森の魔獣》が混在するようになる。でも巴さん、彼らには一切と言っていいほど関連性が無いわ。恐らく両者は全く出自の異なる存在だと、私は思うんです」
「つまり………《魔獣》と《森の魔獣》に争ってもらう、ということ? でも彼らに関連性が無いというのはどうかしら。根拠がないと思うのだけど。姿かたちの違いだけで彼らを別種扱いするのは危険なのではないかしら」
「根拠ならあります。まず、今まで私たちが戦ってきた《魔獣》は、有史以前から人の世にはびこる悪意の集合体であり、人がその営みを続ける限りついてまわる、ある種の自然現象です。だから時代と場所を問わずに彼らは現れます」
続いて、キリカが口を開いた。
「対して《森の魔獣》が現れるようになったのはごく最近。均一であるはずの《魔獣》の外見にとらわれない、個性豊かな形状などの相違点があるのは………まぁ戦ったことのある私や恩人なら分かるよね」
「でも根本的な部分に変わりはないわ。結界から群れをなして現れるという点では同じだもの。外見だけ変わった同じものではないの?」
マミの言葉を受け、キリカは己の主人に視線を向けた。
「そこですよ巴さん。従来の《魔獣》と《森の魔獣》には、決定的な違いがあるんです」
確信に満ちた織莉子の言葉に、マミは畏怖にすら近い感情を覚えた。
「………違いって、いったい何かしら」
「それはターゲットです。《魔獣》の狙いは一般市民ですけど、《森の魔獣》の獲物は私たち……つまり、魔法少女なのです」