「巴マミ……。やはり彼女は恐るべき魔法少女だわ」
リビングから一時退室すると、織莉子は顎に手をやってシンキングポーズをとった。悩ましげな美少女の横顔にたまらず飛びつきたくなるキリカだが、ここはぐっとこらえる。本能の胎動をなんとか抑えると、キリカは代わりに理性を働かせることにした。
「あの赤いバイクに乗ったカップルが《禁断の森》からここのバラ園に飛び出し、彼らを追って《森の魔獣》が襲来。彼ら共々私と織莉子も《森の魔獣》の餌食になる…………その予知を回避できたのは、“魔法少女、ないしはその関係者との繋がりを断絶する”という方針を曲げて、恩人を招き入れたからだ。私たちだけではどうにもできなかったあの未来が、恩人が一人介入しただけで変わってしまった………。織莉子の言葉通り、恩人は恐ろしく強い」
「魔法少女関係者との交流を絶ったのは、《森》側からの追跡を逃れるため……。いったいどんな手段でこちらをモニターしているのかは分からないけれど、少なくとも私とキリカが魔法少女であることは、“まだ”敵に漏洩していないわ」
「そうだといいけど……。でも織莉子、この前《魔獣》狩りに出かけた時に私が《森の魔獣》に出くわしてしまったあの一件……アレは、本当にいいの?」
心配そうな表情で訪ねてくるキリカに、織莉子は柔和な微笑みを以て応えた。
「安心してキリカ。貴女が前に《森の魔獣》と戦ったのは、《魔獣》の結界内での話でしょう? おそらく、こちら側に出てきたところを《魔獣》の結界に囚われていたのよ。つまり貴女とその不幸な《森の魔獣》との接敵は――――」
「偶然……?」
あっけにとられた表情のキリカに、織莉子は首を縦に振って肯定を示した。
「私たちは運がいい。《魔獣結界》の一件と、今回の一件……私たちはその存在を敵に知られることなく、逆に敵に関する情報を得られたのですもの」
必要に迫られなければ魔法少女活動を行わない織莉子とキリカは、未だ《禁断の森》の奥にいる“何者か”に魔法少女として認識されていない。巴マミとその後輩が囮となっている限り、その影に隠れて動くことができるというわけだ。
「これで“《グリーフキューブ》の処分”にまつわる問題は解決したね。使用済みの《グリーフキューブ》は、恩人たちに頼んで《禁断の森》に投棄してもらえばいい。《森》にノコノコ捨てに行ったりしたら、こちらの正体が露見してしまう」
「そうと決まれば、巴マミの郵便番号を訪ねておかないと。郵送なら、彼女と直接コンタクトをとる必要はないものね。………あと、稼いだ《グリーフキューブ》のストックがあれば、なんとか譲ってもらいましょう。私たちは今後、穴熊を決め込むのだから、ね」
「ちょっと待って、確かに今回の襲撃は事故だったけれど、恩人を家に招いてしまったことで私たちのことがバレるんじゃないかい?」
「――確かに、巴マミを一時的とはいえこうして家に入れてしまったのは失策かもしれない。けれど、おそらく現在、巴マミに監視はついていないわ」
「それまたどうして」
「時系列を思い出してみなさいキリカ。今日この事故が起こる以前に、こことはまったく別の場所で《森の魔獣》による襲撃が発生しているわ」
「暁美ほむら……! なるほど、監視は暁美ほむらについていた。しかし暁美ほむらが《禁断の森》に逃げ込んでしまったため、監視は断念され、そればかりか監視者は今もなお、監視対象を見失っている……。でも織莉子、そう仮定すると、監視者は一人だけということになるよ」
「私たちの敵は、確かに悪辣で周到だけれど、積極性に欠けるわ。計画的に人気のない場所で私たちを襲ってくるけれど、自宅にまでは攻めてこない。というかそもそも、人の目を気にしているという時点で、敵は“私たち魔法少女の抹殺”だけが目的では無いと推察されるわ」
「何か他に目的があるから、隠密行動に徹していると?」
「そう。そして慎重にコトを進めるため、彼らは一度に複数箇所で魔法少女を襲撃したりはしないわ。衆目に触れる危険性をわざわざ高めるような真似はしない。私が魔法少女を隠密に仕留めようとするなら、その方法をとるわ」
「一度に起こる襲撃は一件だけ。だから監視者は一人だけ、と……。織莉子にしては、少なからず楽観的じゃないかい? 魔法少女一人につき監視がついていて、連絡を取り合っている可能性は無いのかな。あ、私と織莉子を除いて、だけど」
「巴マミが、長期間の監視に気がつかないと思う?」
「ははっ………ありえないね。しかし、そうなると厄介だよ。敵の監視者は、つきっきりの監視をしなくとも、暁美ほむらと恩人のおおまかな所在を知ることができているということになる。そうでなくちゃ、監視したりしなかったりするなんて無理だ」
「けどそれを逆に言えば、監視者は襲撃の際にはターゲットに接近しなくてはならないなんらかの理由があるということよ。大まかな所在が割れているのに、わざわざその現場に行っていることになるわ」
「ん? こんがらがるなぁ。監視者はいつでも恩人と暁美ほむらの所在を把握しているけど、いざ襲撃になると彼女たちの近くに現れていると? 近くに現れる意味が不明だよ」
「いつでも所在を把握、というのは違うわ。もしそうだとしたら、監視者は私たちのことも察知しているものの」
「私たちのことが敵にバレていない根拠は?」
「さっきの襲撃がそれよ。確かに我が家の庭は外から見えないけれど、それでも周囲に人が誰も住んでいないわけではないわ。衆目を逃れることを考えたら、ここを襲撃ポイントにするのはあまりに非効率よ。つまりこの襲撃は、敵にとっても予想外の事故。したがって私たちが魔法少女であることは、まだ敵にバレてはいないのよ」
「なるほど……。このアドバンテージは有効活用したいね。今後もバレないようにいこう」
「ええ、もちろんよキリカ。しばらく《魔獣》狩りはおやすみね」
“魔法少女への接触はなるべく絶っていく”という方針に変わりは無い。美国織莉子と呉キリカ一派は、見滝原の影の魔法少女として今後も活動していくことを決定した。
「ただ、もう一つ問題というか、懸念というか……ひっかかるんだよ。織莉子」
「?」
不意に症状を曇らせ、呉キリカは織莉子から視線を背後のリビングにつながるドアへと向けた。
「呉島光実くんさ。彼は、暁美ほむらのとばっちりを受けただけみたいだけれど、彼は魔法少女とは異なる立場にありながら、この件に深く関わりすぎているよ。しかも、あの《森》とこの世界を行き来できるバイクなんかも手に入れてしまっている。…………取り上げておいた方がいいんじゃないかな?」
「あらキリカ、穏やかじゃないわね……。でも大丈夫よ。彼だって、状況が分からない訳では無いと思うわ。話してみた限り、結構賢そうな男の子だったし。それに……」
「あーーー! 織莉子は私よりアイツの方がいいの?! おのれ呉島光実、ゆ”る”さ”ん”!」
「そっ、そんなことないわよキリカ! 私はいつだって貴女一筋よ? 一度だって裏切ったことがあって?」
駄々っ子のように地団駄を踏むキリカを、手馴れた手つきでよしよしとあやす。…………魔法少女の宿命さえなければ、幼稚園か保育園で働く未来があったかもしれない。
――――――なんて、無意味な妄想。
すっかり遠ざかってしまった人並みの幸せに背を向け、織莉子は切り替わりかけたスイッチを再びもとに戻した。
先程言いかけた言葉を口にして、自分を“魔法少女・美国織莉子”に定着させる。
「………それに、うまくいけば《森の魔獣》に対抗する手立てが見つかるかもしれないわ。彼の持ち帰った《森》の遺物はきっと、この先の戦いの鍵になる」
※※※※
どんなに暗い夜だとしても、月と星は必ず瞬いている。
どんなに長い夜だとしても、いつかは必ず陽は昇る。
美国織莉子、呉キリカ、巴マミ、暁美ほむら、呉島光実。
五人の少年少女たちの、《森》の侵略への挑戦が始まった。
第二話【狙いと想い】終了です。
続く第三話は、この五人から少し距離を置いた視点から始まります。
ご期待ください。