「さやかさん、今日は具合がよろしくありませんわね?」
机に突っ伏しているところへ、クラスメイトの志筑仁美に覗き込むようにして声をかけられると、さやかは緊張感のない弛緩しきった表情のまま顔を上げた。
「はぇ? そ、そうかな?」
ウェーブのかかった豊かな髪をてぐしで直しながら、仁美は不安げな瞳でさやかを見つめている。中学生でありながらほぼ完成された彼女のモデル体型は、クラスメイトの羨望の対象だ。それゆえ、並ぶだけで身体的コンプレックスを刺激させてしまうことも少なくないため、志筑仁美には同年代の同性の友達があまり多くない。
それだけに、そういった感情を挟まずに接してくれるさやかに対し、仁美は少なくない恩義と友情を感じていた。
「そうですわ。確かに授業中にさやかさんが寝るのは珍しいことではありませんが、それでも今日のように放課も寝たままだなんて……。何かあったんじゃありません?」
心配そうな表情で顔色を伺う親友の心遣いに暖かさをを感じながら、しかし心配をかけないよう、さやかは無理やり笑顔を浮かべた。
「ああ、ありがとね仁美。でもなんでもないから大丈夫だよ。昨夜、なんとなく眠れなかったってだけのことだからさ」
「………なら、いいんですけれど……………」
しかし実際、美樹さやかの心中は穏やかではない。
上條恭介の病室を訪れてた後、しばらく街を放浪したあとに公園で泣き崩れてしまったところまでははっきりと覚えている。だがその直後、突然現れた影法師たちや、空から降り注いできた無数のカラフルな武器など、不可解な事象が立て続けに起こり、空からの声に導かれて駆け出した辺りからの記憶がどうにも曖昧ではっきりと思い出すことができない。
夢と断ずるには、あまりにも鮮明すぎる昨夜の記憶。さやかは普段あまり使わない脳までもフル回転させて自身の記憶を照合したが、結局わけがわからなくなって机に突っ伏してしまっていた。
「はぁ………恭介のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、どうしてこんなことに……」
深い深いため息をつき、小さな声で独り呟く。女子中学生のキャパシティーを超える事態の連続に、さやかは完全に参ってしまっていた。
「美樹さん、大丈夫なんでしょうか」
「あら、ほむらさん」
心配そうな声色で仁美に話しかけたのは、先日転校してきた転校生、暁美ほむらその人であった。長い髪を三つ編みに束ね、メガネをかけた彼女は、いかにも内気で引っ込み思案な雰囲気を醸し出している。だがそれでも、彼女の持つ隠しきれないその美貌は、見るものが見ればすぐに気がつく程のものであった。いわゆる、隠れ美少女というやつである。
「なんだか今朝からずっと元気がないみたいで……私、心配です」
いじらしい仕草で不安をアピールするほむら。そんな彼女に安心するよう促すべく、仁美はそっとほむらの頭を撫でた。
「大丈夫よほむらさん。本人も大丈夫と言っていることですし………私たちが心配してどうにかなるということでもありませんわ。それに、なんといってもさやかさんですもの。たとえ何があったとしても、明日になったらケロリとしていますわ」
「聞こえてるわよ、仁美ィ~~!」
つい先程まで突っ伏していたはずのさやかだが、いつの間にか立ち上がって仁美の背後でファイティングポーズをとって唸り声を上げていた。
「ほら、もうすっかり元気に……」
「ほっとくとあんたが言いたい放題言うからよっ! ったく考え事をする暇もありゃしない!」
「あはは、志筑さんの言うとおりですね」
「ほむらぁ、あんたまでアタシの敵になるのかァ~!」
じゃれあう少女三人。クラスの綺麗どころ二人と盛り上げ担当一人で構成されるこのどこかちぐはぐなトリオは、今日も変わらない、しかし確かに幸せな日常を謳歌していた。
※※※※
「さやかちゃん、仁美ちゃん、それに、ほむらちゃん………。大丈夫だよ。この世界は、私がきっと守ってみせる」
「私たち、だろ? 女神さま。《森》に関してなら俺だって力になれるんだからな」
「うん……そうだね。…………ありがとう」
窓から少女たちを見つめながら、二人は語らった。
これから始まる戦いに、改めて決意を固めるように。