魔法少女まどか☆マギカ[異編]禁断の物語   作:榊原啓悠

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好奇心と猜疑心

 中沢。

 

 何故かいつも苗字しか思い出せないが、あの後ろ姿は間違いなくクラスメイトの中沢だ。

 

 想い人である上條恭介と親交があるという点でも、さやかにとって知らない人物ではなかった。

 

「ストーカーとか……。これはちょっと見過ごせないよね」

 

 そもそもストーキング中である確証も、その対象がほむらとマミである証拠も無いのだが、さやかの中で中沢は哀れにも完全にストーカーとして認定されていた。自分の知っている人物だけがピックアップされて見えてしまうというのは、さやかに限らず人間の習性である。その点を考慮に入れても、さやかのそれは少々思い込みが激しいと言わざるを得ないが。

 

 しかし判断の内容に少々の難はあるものの、その後すぐさま行動に移ることができるのは彼女の立派な長所である。

 

 最近の陰鬱とした気分を振り払うように、駆け足で橋を渡って商店街に向かう。舗装された地面をローファーがコツコツと叩く音をリズミカルに響かせて、容疑者のもとへ一気に接近した。

 

「コラァ中沢!」

 

「ヒィッ?!」

 

 背後から突然怒鳴りつけられて、中沢少年が怯えたようにすくみ上がる。恐る恐る振り向くと、背後にはしかめっ面のクラスメイトが腰に手を当ててこちらを睨みつけていた。

 

「み、美樹かよ。脅かすなよな」

 

「驚いたのはこっちよ。あんた、まさかストーカーに身を落とすとは……」

 

 やれやれと額に手をやりながら呆れるさやかに、中沢はギクリとした表情を浮かべて戦慄した。

 

「スッ、ストーッ…………?!」

 

「なによ、陸に上がった魚みたいにパクパクしちゃってさ」

 

 ジリジリと追い詰められ、涙目になる中沢。周囲の人々がチラチラと向けてくる同情や奇異の視線が、なおさらに辛い。さっきまで子供たちに風船を配り歩いていた見滝原市公式キャラクターである《ころぶー》の着ぐるみすらも、こちらを見ている。

 

「どっどうしてバレ、いや違う、その、あーっと……」

 

「ホラホラ白状なさい。正義の味方であるこのさやかちゃんに、嘘ごまかしは通用しませんっ」

 

 どうやら、もう逃げ場は無いらしい。むんと胸を張る自称正義の味方(さやかちゃん)に、中沢は全てを正直に白状することにした。

 

「ス、ストーキング中です……ごめんなさい」

 

 哀れにも項垂れる中沢の眼前で携帯を取り出すと、さやかは無言で操作を開始した。

 

「ちょ、やめて! 通報しないでよ!」

 

「うっさいわね、変態」

 

「変態じゃないよ! 仮に変態だとしても、変態という名の紳士だよ!」

 

 衆目すら厭わず、膝を折り地に手をついて懇願する中沢にさすがに哀れみを覚えたのか、さやかは携帯の操作を打ち切ってポケットの中にしまいこんだ。

 

「まぁ、さすがに通報は冗談だけど……で、どっちなのよ」

 

 ここからおよそ20メートルほどの地点で店頭商品を物色するマミとほむらに視線を向けつつ、中沢に問いかける。ここから先は、正義感ではなくさやか個人の好奇心であった。

 

「へ? どっちって……そりゃ巴先輩は美人だし、暁美もそこそこ可愛いけど……」

 

「だから、どっちなのよ?!」

 

 はっきりとしない中沢の態度にフラストレーションを募らせつつ、胸ぐらを掴んで顔を近づけながら脅しかける。

 

「ど、どっちでもねぇよ! あと離してくれ、人が見てるっ!」

 

 もはや泣き声の域である中沢の懇願に、我に返って周囲を見渡す。午後四時の商店街は、さすがに人が多い。先程までの己を省みて、さやかは急に恥ずかしくなった。

 

「うぐっ……ごめん」

 

 ぐぬぬと唸り声を漏らしながら、中沢の胸ぐらから手を離す。考えなしで突っ走る彼女の性格は、女子というより少年漫画の主人公だな、と中沢は思った。

 

「俺が追っかけてたのはあの二人じゃなくてあっち。あのお姉さんだよ」

 

「どれどれ……って、え?! あの人?!」

 

 マミとほむらのどちらかを予想していたさやかにとって、中沢の示した先に佇む女性の姿はあまりにも意外であった。

 

「外国人ッ?! し、しかも巨乳だッ……!」

 

 十月現在の気温の中では少し開放的すぎる露出度の高い衣装、高く結われた赤い髪と、商店街の奥様たちの中で一層際立っている。顔はこちらから見えないが、きっと美人に違いないとさやかは感じた。

 

「中沢、あんたも凄い人に惚れたね……」

 

 

 ※※※※

 

 

「……どうやら、中沢くんはシロのようだね」

 

「思わぬ乱入があったけれど…………まぁ結果オーライかな?」

 

 さやかと中沢のいる地点からほど近い場所で、新聞で身を隠しつつ様子を伺うひと組の男女が言葉をかわす。

 

 果たして、呉島光実と呉キリカである。

 

『それは良かったとしても、あなたたちのその格好はどうにかならないかしら? もし私が監視者の立場だったら、絶対にあなたたちを警戒するわよ』

 

 ヘッドセット越しに、織莉子の呆れたような声が光実たちの耳朶を震わせる。

 

「馬鹿な、僕たちの変装のどこがおかしいっていうんです……?」

 

「ミッチの言う通りだよ織莉子。さすがにこれ以上の変装は思いつかないな。

 

 ハンチング帽、サングラス、紙マスク、そして広げた新聞と、いかにも古風な追跡衣装に身を包んだ二人が首を傾げる。その表情には、織莉子が何を言っているのか分からない、という疑問符が浮かんでいた。

 

『はぁ……呉島くんはこっち側の人だと思っていたのに……』

 

《ころぶー》の着ぐるみの中で、織莉子はやれやれとため息をついた。

 

 

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