見滝原市民病院にて二十九日午後五時ごろ、突然の集団蒸発事件が発生した。蒸発したのは、患者はもちろん、医師や看護婦といった職員も含め、およそ三十人ほどだと言われおり、その正確な数字は未だ明らかになってはいない。
しかし病院内の人間全てが消えてしまったわけでもなく、病院から少し離れた駐車場にて多くは無事に保護されている。しかし彼らには記憶の混乱があるらしく、病院内で一体何があったのかをまるで覚えていないのだ。
県警の発表によると、テロリストによる集団拉致の可能性も考えられるという。一刻も早い事態の解明を待つばかりである。
(二〇一一年十月三十日、OREジャーナル)
「これを見てください。ネット記事にまでなってます。《魔獣》の被害っていうのは、こんなにも大規模になってしまうものなんですか? いくら《魔獣》の事件は証拠が残らないとはいえ、これはあまりにも……」
「いえ、《魔獣》による被害は大体の場合、その地域の《魔法少女》によって未然に防がれるのがほとんどよ。今回が特別ってだけの話だわ」
携帯に表示されたネット配信記事とにらめっこをしながら、光実と織莉子が言葉をかわす。病院の惨劇から二晩が過ぎ、彼らの気持ちも徐々に落ち着きだしていた。
液晶画面から顔をあげると、テープの向こうで警官たちが忙しなく動き回っている。他の魔法少女たちとは別行動で現場の調査にやって来た光実と織莉子ではあったが、これではとても捜査などはできない。
「どうします? 分かりきっていたことではあるけど、これじゃあ現場が調べられない……。美国先輩、いったんここは帰りませんか?」
「それもそうね……。それに、事件そのものが起こったのはこの病院じゃなくて、“この病院の内側に擬態した《魔獣結界》”だわ。その《魔獣結界》も核を潰してしまった以上、もうこの世界のどこにも存在していない……。あなたの言うとおり、この調査は無駄骨だったようね。…………………分かりきっていたことでは、あったけれど、ね」
一縷の望みをかけた調査も、結局何の手がかりも得られずに終わってしまった。現場にくるりと背を向けて立ち去る織莉子の背中は、光実にはどこか小さく頼りないものに見えた。
「美国先輩……」
巴マミと同じように彼女もまた、力なき人々を《魔獣》の脅威から守る使命を持った《魔法少女》だ。口にこそ出さないが、それでも彼女の心は酷く傷ついているに違いない。
しかも織莉子の場合、その現場にすら行けなかったという負い目もある。《森の魔獣》関連の問題を鑑みればそれは致し方のないことではあるが、それでも彼女は《魔法少女》だ。人々を救えるだけの力を持ちながら、しかしその救うべき人々を見殺しにしてしまった。
だが今回の事件は、失うばかりでは無かったのもまた事実だ。
巴マミと暁美ほむらを魔法少女であると特定し、幾度となく《森の魔獣》に彼女たちを襲わせていた犯人――――“霧の海のピニオン”を突き止め、さらにはその手口の全容すらも明らかになった。
しかも喜ばしいことに、謎に包まれていたこの《戦極ドライバー》と《ロックシード》の機能も、ピニオンのセリフからそのほとんどが解明された。光実にとっての懸念であった、“ベルトの機能の不確実性”は、ここに完全に解消されたと言っていい。
だが、真相が少しづつ明らかになるにつれ、それと同様にこの事件の根の深さも徐々に伺い知れてきている。
《魔獣結界》の中に空間の裂け目を創り出し、生き残った人々を外に逃がしていた《橙色のアーマードライダー》。
ピニオンの言った《旧人類》というワード。
そして、同じくピニオンが口にした“魔法少女はバケモノ”という発言――――
《橙色のアーマードライダー》に関してはこちらの早とちりもあったとはいえ、ピニオンの態度から見て彼の味方―――すなわちこちらの敵であることは疑いようもない。
つまり《禁断の森》の一派は、一般人に被害を出すことなく《魔法少女》を殲滅することにあると推察できる。もし一般人の犠牲も厭わないというのであれば、《魔獣結界》で人々を外に逃がしていたあの行動に説明がつかないからだ。
「美国先輩」
「何かしら」
「僕らの敵は、意思疎通もできるし、一般人への被害を抑えようとするくらいの良識も持ち合わせていました。彼らの《魔法少女》への勘違いを晴らすことができれば、この事件は丸く収まるのではないでしょうか」
「そうね……。けれど私たちには彼らの所在が分からないわ。向こうから接触してくるのを待つしかないのね……」
「いえ、もっと積極的に動くべきですよ。顔も分からない相手を探していた以前とは違います。こちらから彼らを見つけちゃいましょう」
………光実くんって案外、肉食系なのね。
密かに呟くと、織莉子は薄く微笑みを浮かべた。
※※※※
「ほらほらほらほらッ! そんなんじゃこの先生きのこれないよッ!!」
「くぅっ……!!」
狂ったようにケタケタと笑いながら繰り出されるキリカの爪を相手に、暁美ほむらは呼吸をする余裕すら無い。
傍から見れば一方的な暴力だが、しかしこれはほむらのための戦闘訓練なのだ。
「ぁんッ!」
これで五度目。
悲鳴をあげてうずくまるほむらの脇腹から、鮮血が滴り落ちる。
「暁美さん、これ以上はもう……」
監督役に徹していたマミも、思わずほむらにギブアップを促す。病気で今までほとんど寝たきりだったというハンデもあってか、暁美ほむらの運動能力はお世辞にも高くない。情熱はあっても彼女の場合、その情熱に体がついていけてないのだ。
「ま、まだやれますっ……呉さん、もう一度っ、お願いしますっ……」
暁美ほむらが立ち上がるのには理由がある。
先日の病院での一件で、彼女が現場に到着した時にはほとんど片付いていたからだ。
己の不甲斐なさのせいで、救えたはずの多くの命が奪われたからだ。
唯一出来たことといえば、《森の魔獣》に取り押さえられていた光実を救出したことぐらい。
………これでは、魔法少女になった甲斐がない。
「私も、弱いものいじめが好きってわけじゃないんだけどな……。グリーフキューブだってほら、今回たくさん収穫できたとはいえ、無限じゃないし」
「じゃあもう治癒魔法は使いません。呉さんから一本取るまでは、やめませんっ……!」
闘志に燃えるほむらの瞳が鋭い光を放つ。
暁美ほむらもまた、更なる“変身”を遂げようと必死にもがいていた。
この小説の独自設定ですが、《魔獣》の習性についてまとめます。
●その場所そっくりな《魔獣結界》を展開し、その中に潜んでいる。
●《魔獣結界》は現実世界とは異なる次元に存在している偽物の世界であるため、《結界》内部でどれだけ建物などが壊れても現実世界におけるその場所には何の変化もない。つまりはミラーワールド。
●《結界》内部には《魔獣》の源であるこの世界の《呪い》が充満しているため、それらを遮断するなんらかの方法が無ければダークサイドに堕ちてしまい、理性を半ば喪失してあらゆる物事に怯えるようになってしまう。逆に、この《呪い》に犯されていた人間は《結界》の外に出ると、世界による修正が働き、《呪い》に侵されていた間の記憶を喪失してしまう。
……これは余談ではあるが、さやかの強さに励まされ、ほんの一瞬ではあるが何人かは《呪い》を振り切っていた。《結界》の出来事は忘れてしまった彼らだが、さやかの示した“強さ”は記憶のどこかに刻まれているのかもしれない。