十二回の試合の末にとうとう暁美ほむらが力尽きた頃、美国家に彼女の迎えがやって来た。
「ほ、ほむらちゃんっ?!」
「あらあらキリカ、ちょっとおイタが過ぎるんじゃなくて?」
「待ってくれ織莉子! 誤解だ! 私はやめようって言ったのに、暁美ほむらが聞かなかったんだよ!」
ぐったりとしたボロボロのほむらを挟んで、織莉子とキリカがいつものやり取りを交わす。どんな時でもこの二人は固く結ばれているのだ。
「酷い傷だ……。どうして治癒魔法を使わなかったんだ!」
とはいえ、ほむらの状態が芳しくないのは変わらない。光実はワタワタと取り乱しつつも織莉子の傍に駆けつけた。
「暁美さんの治療は私が行うわ。光実くんは暁美さんを運んであげて」
「は、ぇ……はい!」
冷静に対処するマミに釣られて我に返った光実は、慣れない手つきながらもなんとかほむらを抱え上げて屋敷に入っていった。
※※※※
「ほむらちゃん、大丈夫でしょうか……」
心配そうな声色で呟く光実の表情は暗い。ほむらのおしぼりを取り替えてやりながら、当の怪我人よりも深刻な表情でため息をついた。
「ふふっ……。光実くんって、普段はどんなことにも動じないけれど、暁美さんのこととなるとすごく心配性よね」
たおやかに微笑むマミの言葉に、光実は驚きと羞恥心で顔を赤く染めた。
「んなっ……僕は別に、そういうつもりじゃ……」
「いいのよ。普通の子との恋愛は魔法少女にとっては御法度だけれど、あなたは“こちら側”の関係者のようなものだから」
「あ、あはは……。巴先輩の目はやっぱりごまかせませんね」
照れくさそうに頬をかく光実が、砕けた笑顔を浮かべる。だが、マミは彼の笑顔を素直に喜べずにいた。
「光実くん、正直に言うと、私はあなたが戦うのには反対だわ」
「え……?」
思いもよらぬ先輩の一言に、笑顔が凍りつく。
彼女がこちらに向けてくるあの瞳は……哀れみと、心配だろうか。
「《森の魔獣》……いえ、《インベス》だったわね。その《インベス》と戦うには、確かに私たち《魔法少女》は人手が足りないわ。今回のような事件を未然に防ぐためには、あなたにも戦ってもらわなければいけない状況が、きっとこれからたくさんあるでしょう。でもね……」
哀しげに瞳を伏せ、紅茶を口にする。マミの所作は見とれるほどに美しかったが、今の光実にとってそれらは取るに足らぬ情景にすぎなかった。
「戦力が足りないのなら、僕が変身すればいいだけのことです。いったい何が問題だっていうんですか」
「………そんな言い方ができてしまう時点で、光実くん。あなたは“命を賭けた戦い”がどんなモノかまるで分かってはいないわ」
アメリカで味わったそれに匹敵するマミの凄みに、光実はゾッとした。
「私たち《魔法少女》は、キュウべぇとの契約のもとで戦っているの。私たちの活動は伊達や酔狂じゃない。叶えてもらった願い……その対価として必要な闘争なのよ。でもあなたは違う。ただ私たちの戦いを知って、首を突っ込んで、偶然手に入れた力を使って飛び込んできただけの……誤解を恐れずに言ってしまえば、他人だわ」
突き放すような言葉に、光実は思わず絶句した。もちろん言い返すこともできないわけではないが、それすら許さぬ意志の光がマミの虹彩にちらついていたのだ。
「あなたは以前この場所で、暁美さんのために戦うと言ったわね。……でも、それは“暁美さんを守ることによって彼女に感謝されたい”だけではないの?」
「ちっ………違う、僕は……!」
「酷いことを言っているのは自覚しているわ。だけど聞かせて光実くん。あなたの戦う理由を、その覚悟のほどを。いい加減な意思で戦場に立ってしまった《魔法少女》の末路をたくさん見てきた私には、今のあなたはあまりにも危うすぎるのよ……」
俯き、唇を噛む光実。
病院での戦いで感じた、人の命運を手中に収めるあの快感が脳裏をよぎる。冷静になった今なら言えるが、あの時の自分は快楽に溺れる邪悪そのものだった。
快感に呑まれるのが先か。
命を落とすのが先か。
マミの言葉は光実に逃げ道を与えず、しかしこれ以上なく厳しい優しさに満ちていた。
※※※※
https://www.youtube.com/watch?v=pRqeDWmDUxM&index=6&list=PL95Nm5f4kEsA5LgpxyjBu_2ErZN16oIP5
「……それで光実くんは、なんて答えたの?」
「……答えられなかった」
「………そう」
帰り道、周囲から見えなくなる隠匿の魔法で身を隠しながら帰路につく光実とほむら。だが二人の顔は、暗く沈んでいた。
「私もずっと、考えてるの。……《魔法少女》になって戦っても、以前から感じていた世の中への劣等感や疎外感は前と変わらない。というかそもそも、《魔法少女》としての活動に、そんなモノを求めてしまっている不純さ……っていうか。そういったモノを抱えている限り、私は永遠に一歩も進めないんじゃないかって」
夜風にさらわれそうに小さな声で吐露したその言葉は、紛れもなく彼女の本心から零れた苦悩そのものであった。
「…………」
無言で傍らのほむらを抱き寄せる光実。唐突な抱擁に一瞬びくりとはしたものの、しかしほむらはすぐに彼の腕の中へと身を委ねた。
行き交う人が、隠匿の魔法で隠された二人に気付くことなくその傍らを歩き去っていく。スクランブル交差点の中でただ二人、寄り添う少年少女はまさに世界から切り離されていた。
「一人じゃ無理なら、僕も付き合うよ。二人で一歩、踏み出そう」
「………うん」
他に誰もいない、今はまだ小さな世界。
交わされた幼い二人の秘め事を、月だけが見つめていた。