サーヴァントは語った。
ピニオンとベローズをこの世界に連れて来たのはサーヴァントであること。
彼らの世界を揺るがした新たな脅威―――《結界の化け物》の正体が、この見滝原市からやって来た《魔法少女》を自称する少女であること。
他にも様々な事柄が語られたが、それらは全てさやかの耳を通り抜け、吐き出された紫煙のように空中に霧散していった。
だが一度家に帰ってじっくりと考えて、得た情報を総括すると、どうやら自分がとんでもない立場に立たされていることがわかってきた。
まず、ベローズたち異世界人の問題。
彼らの信仰の詳細はよく分からないままだが、彼らの神と敵対する存在である葛葉紘汰と自分は同一視されている。もちろんさやかは異世界の神なぞ見たことも無いのだが、彼らは自分の中に眠る葛葉紘汰がいつ牙を剥くのか気が気でないらしい。
そして第二の問題とは、彼女たちの世界を脅かした《結界の化け物》なる存在は、この世界からやって来た存在であること。
もちろんさやかの知る常識に、そんな《結界の化け物》などは存在しないし、一番それらしいあのノイズの怪物たちも、ベローズたちの証言とは食い違っている。
それどころか彼らの調査によると、《魔法少女》を自称する女の子というのが、この世界における《結界の化け物》の正体らしいのだ。もちろんこの《魔法少女》などという存在がこの世界に実在することも、さやかは知らない。
………あまりにも非現実的な現実に、さやかは頭を抱えた。
唯一この珍妙な状況を別な角度から捉えうるであろう存在である葛葉紘汰も、病院でのあの一件以来《ドライバー》のまま黙して語ることは無い。
与えられた真相は漠然としすぎていて、さやかの理解を完全に凌駕してしまっている。そしてそれを検討し、考察するだけの知識もまた、彼女は持ち得なかった。
結局、状況に流され、わけのわからない脅しをかけられ、混乱の末に少女が選んだ結論は、“彼らに協力し、まだ見ぬ《魔法少女》とそれに味方する《演義タイプアーマードライダー》を殲滅すること”だった。
※※※※
急ピッチで進められた改装によって、見滝原市内は近未来的都市の様相を呈することになったのは既に周知の事実ではある。だが光あるところに影ありとはよく言ったもので、改装以前の状態を未だ残している古い建物の多くは寂れ果て、それらの密集する場所はちょっとした無人街となっていた。
廃墟マニアやたまり場を求める無軌道な若者たちが時折訪ねてくるものの、基本的にここは人のいないゴーストタウンだ。数日前に暁美ほむらが“死”を感じたこの街は、真実既に“死んでいる”と言えるだろう。
しかしこの“死んだ街”旧見滝原市街に、二人の男が連れ立って歩いていた。
果たして、異世界よりの使者サーヴァントと、その従者ピニオンである。
「こんな所に連れ出して、いったいどんな用だい、ピニオン」
「一つどうしても聞きたいことがありまして。……昨日、どうして俺たちを病院に派遣したんです?」
躊躇無く質問してくるピニオンを流し見ながら、サーヴァントはタバコに火をつけた。
「《魔法少女》がエネルギー補給手段にしていると考えられる《ノイズの化け物》の大量出現が観測されたからさ。奴らが現れれば《魔法少女》も現れる。こちらの存在に感づいていた奴らに奇襲をかけるには絶好のタイミングだと踏んだんだ」
「ならば何故、その時そう言ってくれなかったんです。………本当は、あの病院に葛葉紘汰がいたのを存じていたのではありませんか?」
使い慣れない敬語で、しかし鋭さを伺わせる口調で淡々と語るピニオン。向こう見ずで夢見がちな性格ではあるが、同時に本業の技術屋らしい合理的思考を併せ持つ食えない男でもあるのだ。
「何故、僕が葛葉紘汰の居場所を知っていたのだと思う?」
煙を吐き出すサーヴァントの目は相変わらず虚ろだ。疑問を投げかけてはいるが、しかし彼の瞳はピニオンを映してはいない。
「………数週間前にロード・バロンが《森》で何者かと接触し、巨大な焦土を残してその消息を絶ったという情報を信頼できる筋から入手したからです。《黄金の果実》を持つかのロード・バロンに拮抗しうる力を持つ存在といえば、葛葉紘汰以外には考えられません。《黄金の果実》の欠片を持つ《オーバーロード》であれば、数百年経った今になって復活を遂げたといっても不思議ではありませんからね。しかし同等の戦力を持った奴も無事では済みはしないでしょう。戦いの結果、力を失ってこちらの世界に流れ着き、病院に搬送されていると推測するのは、不自然では無いと思われます」
「なるほど。そして僕はその推論を確かめさせるためにきみとベローズを病院に向かわせ、そして偶然にも《ノイズの化け物》が現れてしまった、と……。だが仮にそうだったとして、きみは何が言いたいんだい?」
「ロード・バロンが消息不明になってしまったという情報を、オレ……私やベローズに敢えて知らせなかったのは無用の混乱を避けるための処置として当然であります。しかしサーヴァント様、私たちは船団のため、世界のために、命を賭してこの異世界にやって来たのです。恐れ多いことは重々承知の上ではありますが、もっと私たちと情報を共有して欲しいのです」
「つまり?」
「葛葉紘汰がこの世界に漂着していたということは、つまりロード・バロンもこの世界にいる可能性があるということです。《魔法少女》と《結界の化け物》の調査を中断し、ロード・バロンの救出に当たるべきではないでしょうか」
ピニオンの額に玉のような汗が浮かんでくる。仕方のないことだろう。彼はサーヴァントに対して、『情報を秘匿することでロード・バロンの救出活動を意図的に避けているのではないか?』という疑惑をぶつけているのだ。
「一応言っておくが、僕は何もロード・バロンの危機を放ってあるというわけではないよ。きみたちに《魔法少女》関連の調査を引き続き行ってもらっている水面下で、僕もこっそり調査を続けていたのさ。それに、今回きみたちの働きのおかげで葛葉紘汰の所在を確認できた。つまりこの世界に我がロードがいる可能性はうんと高まったというわけだ。しかしだからといって、ロード・バロンの捜索にきみたちを駆り出したりはしない。例えきみらが望んだとしてもね」
「…………はい………」
虚ろな目をした《オーバーロード》の“仕事の住み分けを徹底するように”という指令に、ピニオンは渋々引き下がった。
「さて、僕はロード・バロンの捜索。きみとベローズは《結界の化け物》の調査。ここからはこの辺をキッチリ分けていくこととしようか」
「分かりました。しかしサーヴァント様。この事件、あまりにも分からないことが多すぎませんか? 何故か繋がってしまった二つの世界、《魔法少女》と《結界の化け物》、流出した《戦極ドライバー》、そして復活した葛葉紘汰……。オレには何がなんだか分からなくなってきたぜ……」
頭を抱えるピニオンが、思わず敬語を忘れてぼやく。
「ああ、そうだね……。だけどねピニオン」
リーゼントが萎れてしまうほどの混乱を抱く彼に対し、しかしサーヴァントは更なる混乱を投じた。
「僕らの敵が《結界の化け物》でもなく、葛葉紘汰でも無いとしたら、どうだい」
「………は?」
「僕らの世界とこの世界を繋いで《結界の化け物》を呼び込んだ何者か……。真の敵がいるとすれば、それはその“何者か”じゃないかと僕は思っている」
「……旧人類勢力、ですか? しかし奴らには――――」
「そんな設備も技術も無い。ならば彼らにその設備と技術を与えた“ナニか”が存在すると考えるのが自然だろう?」
「―――――まさか、サーヴァント様、あれはあくまで伝説じゃ――――」
「………《戦極凌馬の遺産》。案外、実在するかもしれない」
【第四話 混迷の戦場】はこれで終了です。
第五話はこれまでとは趣向を変え、見滝原市では無く風見野市を舞台に物語が展開していきます。ご期待ください。