「あんた、いったい何の用があってここに来た」
「あなたと同じ。ここを宿にさせてもらおうと思っただけよ」
「ワケありってことか。まぁ《魔法少女》のコトを知ってる辺り、タダ者でもなさそーだが」
「私が《魔法少女》だとは考えないの?」
「こっちが魔法を使っているのに、《ソウルジェム》を出して応戦する気配すら見られないんでね」
したたかな戦闘論理を解説しながら、杏子はふてぶてしくニヤリと笑った。
対する江蓮に笑顔は無い。それどころか、杏子の挑発に乗るように、懐へ手を入れて何かを取り出そうとしている。
「おっと待ちな! あたしも別にあんたと戦いたいワケじゃない。幸い、このビルは人間が3人寝泊まりしても申し分無い部屋数があるんだ。ここは仲良く同衾といこうぜ」
肩をすくめた杏子が槍を戻し、抱き寄せていたゆまを解放すると同時に、江蓮もまた、懐から手を戻した。
「自己紹介するぜ。あたしは佐倉杏子。で、こっちのチビは千歳ゆま。住所不定の《魔法少女》ってところかな?」
「……よろしく。キョウコ、ユマ」
仲睦まじく寄り添う二人に、江蓮は穏やかな笑みを浮かべた。
「へぇ……あんた、笑うとすげぇ美人だな」
杏子に指摘されて、江蓮は初めて自分が笑っていることに気がついた。少しだけ慌てた様子で手鏡を取り出して、自分の顔を確認する。
「お姉ちゃん、自分のお顔が珍しいの?」
「………そうね。とても、珍しいわ」
※※※※
杏子は江蓮の詳細を求めなかった。確かに一般人でありながらなにして《魔法少女》の存在を知る彼女の正体は、確かに気になるところではある。だがここで一晩を共に過ごす者同士、いさかいや揉め事は避けたかった。こんなところで寝泊まりする相手が、そもそも自分のことなど説明してくれるなどとは毛頭思ってもいないが。
日もすっかり落ちて、幼いゆまはすっかり眠くなってしまったようだ。杏子はゆまを寝かせると、自分も寝る支度を始めることにした。
「可愛いわね」
意外にも、会話の口火を切ったのは江蓮の方だった。
「まぁな。起きてる間はやかましいが……寝てる間はタダの子どもだ」
「起きていると、タダの子どもではないの?」
「タダの子どもに《魔法少女》なんか務まるかよ」
「あなたも?」
「当然だろ。そもそもあたしは子どもじゃねーよ」
ジロリと半目で見返す杏子。だが江蓮は、澄み切った、しかしそれでいて底のない井戸のような瞳で見つめて来るばかりである。
「私も……今まで生きてきて、タダの子どもだったことは一度も無かった。ひょっとするとあったかもしれないけれど、その記憶ももう忘れてしまった」
「お互い、ロクな人生じゃねーな」
「……でも、まだ生きている。自由な心と体を持っている」
確かめるように、噛みしめるように、江蓮は杏子の目を見据えて語りかけた。
「ふぅん……前向きだな、あんた」
「………罪を重ね、業を背負ってきた私だけど、今もこうして生きている」
杏子のコメントを他所に、江蓮は更に言葉を綴る。杏子が訝しげに彼女を流し見ると、江蓮は突如として服を脱ぎだした。
「え、ちょっ……⁈」
上半身裸になった江蓮に慌てふためきながらも、しかし杏子はすぐさま彼女に異常を発見した。
「な……⁈ これ、全部……⁈」
目をみはる杏子だが、それは無理も無い。江蓮の体には、無数の銃創や切り傷が残されていたのである。
「醜いでしょう? でもねキョウコ。こんな私を、愛してくれた人がいた。新しい名前と、人生をくれた人がいた。……だから、あなたも生きることを諦めないで」
儚げな笑みを浮かべる江蓮の姿は、体に刻まれた無数の傷と相まって、さながら”傷だらけの女神”であった。
「……あんたが神様だったら、うちの親父も救われたかもな」
「?」
「なんでもねえよ。……『生きることを諦めない』か。…………ちっとばかし救われた気がするよ」
消え入りそうな声で呟きながら、やさぐれ修道女は傷だらけの女神に懺悔した。
虚淵玄先生のデビュー作【Phantom 〜Phantom of inferno〜】より、メインヒロインの吾妻江蓮の登場です。
彼女のビジュアルや設定はリメイク版準拠です。09年に放送されたアニメ版のEDのアフターという扱いですが、本編未視聴でも問題無い話の展開をしていく予定です。
とはいえ本編のネタバレは避けられないので、興味のある方はwiki等で調べておくか、本編を視聴、ないしは原作ゲームをプレイしてみることをお勧めします。