「……キョーコ、なんだかお外が騒がしいよ?」
不安げな声で、ゆまが傍らの杏子に囁く。実際、彼女たちの眠る廃ビルの外から、何やら複数の男たちが暴れるような音が聞こえてきていた。
「ほっときなよ。どうせ半端なチンピラがリンチでもしてるんだろ」
「そんなぁ、ケンカはよくないよぉ」
「あんたもいい加減学習しろって。アタシらにはなんの関係も無い事なんだから。下手に首突っ込んだって、こっちが損をするだけさ」
「でもぉ……」
ぐずるゆまを無理やり寝かしつけようと悪戦苦闘する杏子。それに釣られて目が覚めたのか、少し離れたところで横になっていた吾妻江蓮がむっくりと起き上がった。
「…………私たちの安眠を妨げる障害を除く、という名目ならいかが?」
冷たい視線をビルの外に流しながら、ポツリと囁く江蓮。どうやら眠りを妨げられたことが酷くご立腹の様子である。
「……はぁ、なんだかねぇ」
ため息をつきながら、杏子はボリボリと頭を掻いた。
※※※※
「うわあぁぁああん!! どうしてボクがこんな目にいぃいぃい!!」
鳴き声をあげながら逃げ惑うは、赤と黒のツートンカラーのロングコート風の衣装に身を包んだ、年の頃二十代ほどの美青年であった。そしてその背後には、怒りの形相で追いかけてくるガラの悪い少年たち。彼らの手にはそれぞれ鉄パイプやバールといった、いかにもといった鈍器が装備されていた。
「待ちやがれテメェ!!」
「ダッテメコラー!!」
「スッゾオラー!!」
口々に叫ばれる怒声暴言の数々に、その対象たる青年は汗と涙と鼻水を総動員して泣き叫び続けている。それでもまだ諦めてはいないらしく、夜の路地裏をひたすら走り続けていた。
だが、青年の必死の逃避行もここで終わり。
眼前に立ちふさがるエアコンの室外機の群れが、とうとう彼の足をとめた。
「これでもう逃げらんねぇよなァ?!」
「オラ手ェ突いて詫び入れろやァ!!」
「うわわわわっ!! 謝ります、謝りますからっ! だから乱暴はやめてぇ~~!!」
みっともなく泣きじゃくりながら、言われた通りに地べたに張り付いて頭を下げる青年ではあるが、しかし彼のそういった無抵抗ぶりが、それどころかさらに少年たちの怒りに油を注ぐ結果に繋がってしまったのは、もはや哀れとしか形容のしようが無い。
「なぁにがランボウハヤメテーだ! ブッ殺してやる!!」
少年たちのうちの一人が、我慢ならんといった様子で鉄パイプを振り上げる。彼が青年に打ちかかると誰もが思ったその瞬間、しかし少年たちにとって不測の事態が発生した。
「はぇ……?」
目を皿にして、少年が自身の目の前に現れた“ソレ”を凝視する。
それはどう贔屓目に見ても、“室外機の隙間から生えた巨大な槍の穂先”だった。
「どわわわわわわッ?!」
慌てたように尻餅を突いて、少年が後ずさる。あと数歩全身していれば、あの槍に顔面を刺し貫かれていただろう。あまりにも唐突な出来事に、少年たちはおろか、彼らに襲われていた青年までもがポカンとした表情を浮かべている。
そして続く、第二の攻撃。
「――――ぐえェッ?!」
お互いの顔を見合わせる少年たちの背後から、突如として現れたチャイナドレス風の衣装の女が、見事な体術で少年たちのリーダー格をねじ伏せたのである。
「は、えちょ、待て待て待てどういうことだぁ?!」
少年たちのあげる大声は、もはや涙声であった。
「大人しくおうちに帰りなさい。せいぜいママに泣きつくのね」
女の無情な声が、少年たちに逃走を促す。今度みっともなく悲鳴をあげたのは、少年たちの方だった。
※※※※
「うぅう……怖かったよぉ。本当にありがとうねぇ」
チャイナ風の衣装の女――江蓮の手をとり、青年が心からの礼を述べる。先程まで、チンピラ未満の子ども相手に少しやりすぎた気がしていた江蓮ではあったが、この青年の弱虫ぶりが全ての感慨を彼女からかっさらってしまっていた。
「お兄ちゃんも、もっとしっかりしなきゃダメだよ? オトナなんだから泣いちゃだめっ」
ヘナヘナした物腰の青年に、ゆまが一喝を入れる。すると、青年は申し訳なさそうに舌を出して、これまたヘナヘナとした笑顔を浮かべた。だが驚くべきは、こんな仕草ですら絵になるこの青年の顔立ちの良さだろう。アイドルだと言われたらそのまま信じてしまいそうだと、杏子はなんとなく感じた。
「だいたい、あんたみたいなのがなんでこんな夜中に出歩いてんだよ」
うんざりした顔で、杏子が青年を睨みつけながらぶっきらぼうに問いかける。すると青年は、顎に人差し指を当ててうーんと考え込んだ。
「………分かんない」
「はぁ?!」
「気がついたら路地裏にいて、気がついたら彷徨ってて……。で、あの子たちがコレを持っていて、いいなーって思ってちょっと借りたんだけど」
言いながら青年がポケットから取り出したのは、バナナの絵が描かれた錠前であった。
「あんた、そんなオモチャみたいなののために………」
呆れてものも言えないとはこのことである。ほとほとうんざりした顔でため息をつくと、杏子は寝床に変えるべく踵を返してしまった。
「あぁん、待ってよぉ! ボク行くところがないんだよぉ」
「やかましいッ! んなことアタシが知るか!」
「………ちょっと待って」
ブチギレ5秒前の杏子とは対照的に、江蓮はいたって冷静だ。静かな瞳で青年を見据えながら、江蓮は唐突に不可思議な質問を始めた。
「あなた、自分の名前は分かる?」
杏子とゆまの目が点になる。江蓮の質問内容が、あまりにもブッ飛んでいたからだ。
「え………あれ、思い出せないや」
さらに目が点になる魔法少女×2。江蓮はかつての自分を想起しながら、まぶたを伏せてため息をついた。
「………記憶喪失ね。彼」
「「えええええええええええええ?!」」