前の住人であったエリーゼたちの蓄えを拝借し、朝餉にいただく。棒状の菓子パンが数本とミネラルウォーター程度しか無いが、飢えた野良猫たちには十分な量であった。
「あいつら、けっこう金持ってたんだな……」
「《魔法少女》というのは、あなたのような一文無しが基本なの?」
「アタシは特殊なケースだな。っつーか江蓮、あんたどこまで知ってるんだ?」
「《魔法少女》について?」
「そうそう」
「アメリカで暗殺者をしていた頃に噂で聞いた程度の知識しかないわ。超常的な現象を引き起こし、《魔獣》と呼ばれる魔物を相手に日夜戦っている十代の少女たちの都市伝説……。まぁ、私自身も都市伝説のようなモノだったけれど」
凍りつく空気。衝撃的すぎる江蓮の過去に、ウォレスを除いた二人は空いた口が塞がらなかった。
「江蓮、カッコイイ!!」
「殺し屋なんて、格好いいものじゃないわよウォレス」
「まてまてまてまて! あんた映画か何かから飛び出してきたのか?!」
仲睦まじい姉と弟が如き二人に割って入りつつ、杏子が驚きをぶつける。
「私からすれば、《魔法少女》の方がフィクションね。《魔法少女》なんて、ジャパニメーションの中だけかと思ってたわ」
殺し屋と魔法少女が交差するとき、カオスが始まる――――
ふとそんなキャッチコピーが脳内をよぎり、杏子は本日何度目かのため息を漏らした。
「誰かこの幻想をぶち壊してくれ……」
「それはそうと、話を戻すわよ。あなたたち、若くして既にホームレスなの?」
オブラートに包むことなく直球で問いかけてきた江蓮に、杏子はしばし閉口しつつもバツが悪そうに返事を返した。
「まぁな。家も無けりゃ財産も無い。万引きやらなんやらで食いつないで、寝泊りするときゃこうして廃屋を使ってるぜ」
「おおぉ~! サバイバルだね!」
ウォレスの見当違いな賞賛もどこ吹く風か、杏子とゆまの表情は硬い。表情の機微の少ない江蓮の顔もまた、どこか憂いげだった。
「……この国でそんな生活をしていくのには限界がある。それに、幼いゆまちゃんの精神衛生上、万引きを繰り返すことは望ましくないわ」
「んなことあんたに言われなくたって……!」
だん、と手を叩きつけ、机に身を乗り出す杏子。だが、江蓮はあくまでも冷静だった。
「………ごめんなさい。余計なお世話だったわね」
「キョーコ……」
「……っ」
おどおどとした表情でこちらを見上げてくるゆまの瞳を、直視することができない。
佐倉杏子が敢えてこういった生活をするのには、多分に自罰的な意味合いが含まれている。
自分のためだけに生きてれば、何もかも自分のせい。誰を恨むこともないし、後悔なんてあるわけがない。そう思えば大抵のことは背負える。
そう心に決めて今まで生きてきた。………一人で、独りで。
「《魔法少女》である以上、アタシらに普通の人間のような生活は絶対にできない。できたとしても、それもすぐに消えちまう一瞬の夢みたいなものに過ぎねぇんだ」
そう口にすると、杏子はもううんざりといった表情を浮かべながら食卓を離れてしまった。
※※※※
空。
教会に信者たちが詰めかけたあの日も、父がそのカラクリを知って絶望した時も、この空はきっと青かったのだろう。
気を失いそうなくらいに、真っ青な空……。
いつだったか、書店で見かけた何かのキャッチコピーを思い浮かべながら、杏子はふっと笑った。
「杏~子ちゃんっ!」
廃ビルの屋上で青空を見上げる杏子の背中に声がかかる。果たして、昨夜であったばかりの記憶喪失の青年、ウォレスであった。
「んだよ。まだ消えてなかったのか」
「江蓮もボクも、しばらくはきみと一緒にいるよ?」
「ウゼエからとっとと消えな。………ああ、なんならゆまも連れてってくれ。江蓮の言う通りさ。アタシといても………って、ちょっ」
うわ言のように語る杏子だが、しかし上着のフードを引っ張られて語りが中断されてしまう。思わず振り返ると、ウォレスがにんまりと笑みを浮かべてそこに立っていた。
「ダンスしよう!」
「は?!」
「朝ごはんの時からなんか暗いじゃない? そういう時は、楽しく踊って気分をリフレッシュだよっ! ほらほらっ、レッツダ~ンス♪」
「うぉわっ、ちょっ」
たじたじの杏子の手をとって、ステップを踏み出すウォレス。その体捌きはどことなく洗練されており、混乱のさなかにいる杏子をして、わずかながらも感心の念を抱かせるものであった。
「ほらっ、クイッククイックターン!」
「うわわわっ?!」
体格で勝るウォレスにリードされるまま、あれよあれよという間にペースに飲まれていく杏子。ゲームセンターで鍛えた足さばきでなんとか食い下がると、ウォレスもそれに負けじと動きに工夫を凝らしていった。
「あっ、キョーコったら楽しそう!」
「ウォレス、ダンスが得意なのね」
いつの間にかやって来ていたゆまと江蓮が、微笑ましそうに視線を向けてくる。
「ちょ、馬鹿、見るんじゃねえ!」
どこまでも遠く、どこまでも澄んだ蒼い空。
この空の下では、魔法少女だろうと元殺し屋でも、きっと等しくただの人間なのだ。
記憶の中に垣間見たモンゴルの空を頭上のそれに重ね合わせて、江蓮は微笑んだ。