そして佐倉杏子は、かつての師である巴マミとあらゆる言葉を交わした。
見滝原市に現れた新たな驚異《インベス》と、それらを使役する謎の男女のこと。
彼らがやって来たと思われる謎の世界《禁断の森》のこと。
そしてそれらと対決するために、美国織莉子と呉キリカの一派と手を組んだこと。
マミの口から語られた言葉の数々は、この世の闇と戦う魔法少女である杏子をしても信じられないような事柄の連続だった。
異世界からやって来た存在など到底信じられる話ではないし、そもそも巴マミが追い詰められるほどの強敵の存在が信じられなかった。
「信じてくれる……?」
徹頭徹尾リアリストで、戦士としての精神構造ではマミより優れているのがこの佐倉杏子という魔法少女だ。
「………ああ。あんたは確かに夢想家だが、こんなタチの悪い冗談を言うような奴じゃなかった。信じるぜ、その言葉」
だが、佐倉杏子はマミの言葉を信じた。
誰よりも利己的に生きようとした彼女の根底にあるのは、他人を思いやり、慈しむ聖女の如き優しさだ。それは、“母性”と言い換えてもいい。
秩序を守り、己を戒める巴マミの精神構造は、自身がそれに耐えられるかはさておくとして、およそ“父性”的な思考に傾いている。
無条件に他人を受け止め、慈しみ、許す。そして理性や秩序よりも、信じる何かや愛する誰かのために戦う精神構造――――母性。
相反するこの二つを抱えるのが人間という生き物であり、その意味で言えば、佐倉杏子と巴マミはおよそ考えられる限り最高のコンビなのである。
「……ありがとう、佐倉さん」
再び生まれた二人の友情を祝福するように、夜の風見野にネオンの灯りがきらめく。丘の上から見下ろす街の景色は、かつて二人が別れた頃とちっとも変わってはいなかった。
「今日は長いこと話し込んじまったな。もうすっかり暗くなっちまった」
「そうね……。久しぶりにお話できて、すごく嬉しかったわ」
「……ったく、あんたってホント、言葉をオブラートに包むってことをしねえな」
面と向かって告げられた感謝に頬を赤く染めながら、ぷいと顔を背ける。
「そう言うあなたは、もっと素直になるべきよ」
「……先輩からの命令かい?」
「いいえ。お願いよ」
お互い顔を見つめ合って、ふっと笑う。病院の惨事以来、曇り気味だった表情からよどみが消え、マミの顔には心からの笑みが浮かんでいた。
「そうだ、あんたに紹介したい奴らがいるんだ」
「え?」
「アタシの新しい家族、さ」
ゆま、江蓮、ウォレス。
三人の新しい家族を思い浮かべながら、八重歯を見せて杏子は朗らかに笑った。
「……………っ」
自身の願いのせいで、家族を失った彼女の過去を知るからこそ。
優しさゆえに苦しみ続けた彼女の深い深い愛を知るからこそ。
―――――その笑顔は何よりも、尊いモノに見えたのだ。
「佐倉さん、あなたは、やっと――――――」
「巴マミ、確認。捕縛、します」
何よりも尊い。そう思えた少女の笑顔が、突如として歪む。
――――――どうして?
浮かび上がる疑問を口にしようとして、マミは悟った。
胸を刺し貫く、鋭い刃。
「ゴボッ――――」
鮮血に染まる景色の中、杏子の泣き顔にも似た顔だけが最後にまたたいた。
※※※※
「マミッ!!!!!!!!」
背中から一突き、心臓を抉られている。治癒魔法の得意ではない杏子では、このレベルの傷は癒せないだろう。
眼前に広がる惨状を認められず、崩れ落ちたマミを抱き起こして必死に声をかける。
やっと仲直りできたのに
やっと対等な友達になれたのに
ぜんぶ、ぜんぶこれからなのに――――
「―――――なんでだよ……なんでだよ、畜生ッ!!!!」
怒りの形相で涙を流しながら、全身に赤い燐光をほとばしらせて魔法少女へと変身する。
眼前に立ちふさがるは、四人の魔法少女。道化師風衣装のエリーゼ。和風衣装に薙刀を構えたこまち。修道女の如きカソックのクレア。ハープを抱えた黄色い衣装のひより。まさしく、彼女らは以前この風見野を賭けて戦った魔法少女たちだった。
「……!! てめえらは、もうッ……殺す!!」
怒りで爆発する炉心と化したその身を翻して、杏子は跳んだ。
マミの気配探知をかいくぐり、背後から物音一つ立てずに接近し、致命傷を負わせる。
事実のみを書き出すのなら、あの四人の行った芸当は以前とは比べ物にならないほど手口が洗練されていると言えるだろう。だが、怒りに我を忘れた杏子にそんなことは関係ない。
――――この薄汚いアバズレどもを叩き潰し、グチャグチャのケチャップに変えてやる。
それだけが、今の杏子の胸中に宿る全てだった。
「死ねええぇぇえぇッ!!!」