《レガーレ・ヴァスタアリア》の拘束を引きちぎり、その勢いのままマミに殺到する《バロン》。あまりに突然の出来事だったが故に、マミの思考と反射は完全に停止していた。
「――――」
彼女自身は知る由もないが、かつて《円環の理》がこの宇宙に誕生するより以前、まだ《魔女》と呼ばれる存在がいたころ、巴マミはその中のとある一匹の《魔女》による不意打ちを食らって命を落としていた。
その《魔女》の名は《お菓子の魔女》。あるいは《charlotte》ともいう。
だが《円環の理》の成立によって宇宙が最初から作り直された時点で巴マミの死は無かったことになり、同時に《お菓子の魔女》の存在も消え失せた。
いわゆる“前世”とさえ言えない、改変前の宇宙の自分の記憶。しかし《バロン》の槍によって死の淵に立たされたマミは、その“前世”とも呼べない“過去”の自身の死を追体験しようとしていた。
「こんのぉッ! 止まれウォレス――――!!!」
マミの喉元に迫る《バナスピア》。しかしそれを槍を変形させて受け止め、同時に《バロン》にきついカウンターをお見舞いする。
「さ、佐倉さん……?」
赤い修道服の魔法少女、佐倉杏子。彼女もまた、巴マミに並び立つ実力者なのだ。
※※※※
装着者であるウォレスの意識が断絶したことで《戦極ドライバー》のシステムは機能停止。《ライドウェア》は元のエネルギーとなって霧散し、《バナナアームズ》もまた放散して散っていった。この現象を簡潔に述べるとするならば、《バロン》の変身が解除された、ということである。
先程までの猛々しさもどこ吹く風か、ウォレスの寝顔は穏やかだ。ほんの数秒前まで命のやり取りをしていたことを、当人であるマミでさえ信じられずにいる。
「………っ! 佐倉さんっ」
放心状態から何とか復帰したマミが、慌てて杏子を見上げる。そしてこの時、身長ではそう変わらないはずの自身が杏子を“見上げる”という体勢になっていることに気がついて初めて、マミは地べたにへたり込んでいる自分を自覚した。
「ゆまのヤツが治してくれたんだ。アイツの回復魔法はスゲェぜ。あれだけの傷が完治しちまうんだからな」
杏子の視線を追うと、そこにはつい先程まで重傷を負って倒れていたはずの少女がはにかんでいた。緑を基調とした、猫を思わせる衣装に身を包み、その手にはこれまた猫の手の如きメイスが握られている。
「あなた、魔法少女だったのね……」
すっかり抜けていた力を再び込めて立ち上がりながら、マミは驚きつつも物憂げな表情で呟いた。
「そちらのあなたも、《魔法少女》なのかしら。お名前を聞かせてくださる?」
ふとその存在に気がついたマミが、ゆまの後ろに立っていたチャイナドレス風の女性に声をかける。
「いえ………。私は《魔法少女》ではないわ。名前は―――吾妻江蓮よ」
ゆまと江蓮。この二人が、杏子の新しい家族なのだろうか。とすると残る一人は――――
「う……」
和みかけていた空気が瞬間的に張り詰める。杏子の一撃でのされていたウォレスが、再び覚醒したからだ。
杏子を倒したエリーゼたちを容易く蹴散らし、マミを後一歩のところまで追い詰めたあの戦闘力で再び暴れだされたら、今度こそ押さえつけられるかわからない。今まで共に過ごして来た彼の人物像とはかけ離れたあの言動や態度を思うと、杏子たちはどうしても騙されたような気分を拭えずにいた。
「ウォレス……?」
誰もが緊張を保って構える中、江蓮が心配そうな感情を滲ませながら声をかける。普段、誰よりも冷静な彼女らしからぬ行動ではあるが、しかし記憶を失っていた彼に名前を与え、今日までまるで母親のように甲斐甲斐しく世話を焼いてきたことを思えば仕方の無いことではあった。
「くっ……!」
しかし、彼の以前の姿を知らぬマミにとって、眼前の青年は脅威以外の何者でもない。舌打ちとともに、マミはマスケット銃を召喚して構えた。
「………お願いよ、撃たせないで……っ」
変身していない今ならば、弾丸の一発も致命傷になる。だが、自身の死すらも抑止力たりえないこの男を相手に、こんな脅しにどれほどの効果があろうか。マミの中で渦巻く焦燥が、引き金にかけられた人差し指に力を込めてゆく。
「だめ、撃ってはいけない」
だがマミが撃つより素早く、銃は背後から取り押さえられてしまった。果たして、吾妻江蓮である。
「でも……」
「もしもの時は…………私が止める」
コルト=パイソンを握り締めながら、瞳に決意の灯をともらせる江蓮。彼女の覚悟に、マミたちは押し黙るしかなかった。
「……………ふぇ、みんな、なにしてるの?」
起き抜け一発目のウォレスのセリフに、全て台無しにされたが。