「では、行ってくる。お前ももう少ししたら学校に行けよ」
「大丈夫だよ。行ってらっしゃい兄さん」
午前六時、弟に挨拶して玄関を出る。子供の頃暮らしていた豪邸とは比べ物にならない小さな玄関ではあるが、それでも今はこの家が自分たち兄弟の砦だ。
貴虎は小さく息を吐いて意識を切り替えると、キッと前を見据えて歩き出した。
「ふう……。さて、兄さんも行ったことだし、学校に行くついでに済ませちゃおっと」
制服の白い学ランに袖を通し終えると、光実は鞄を持って自宅を駆け出した。普通に学校に行くだけならば、こんなに早く家を出る必要は無い。それもそのはず、光実は今朝、寄り道をするつもりなのだ。
※※※※
「この辺でいいかな……」
廃工場の立ち並ぶ無人の通り道。旧見滝原市街に比べれば規模も小さいうえに趣きも無いが、それでも光実の寄り道にとっては好都合だった。
鞄にしまっておいた《L.V.-02》の《ロックシード》を取り出す。スイッチで開錠して放り投げると、瞬く間に《ロックシード》は薔薇をあしらったバイクに変形した。
「質量保存もあったもんじゃないよな……ま、いいけど」
この《ロックシード》の仕組みについて詳しいことは知らないし、知る必要もない。あの《霧の海のピニオン》とやらの事情も素性もどうでもいい。ただ、降りかかる火の粉を払うだけだ。
クラッチを握りこんで、ギヤを一速にいれる。免許は持っていないが、基礎的なことはハワイで兄に教わっていた。
スロットルを少し開けて、エンジンの回転数の上昇を体全体で受け止める。このバイク特有の感覚が、光実はなんとなく気に入っていた。
クラッチを離していよいよ発進させる。スピードメーター風のディスプレイに表示された一定の速度に達するまで加速させることが今回の目的だ。
今回、光実はヘルメットを被っていないが、それは必要がないからだ。なにせ、ヘタなヘルメットよりも安全な防護対策を持っている。
「変身!」
『BUDOU』
片手で器用にハンドルを握りつつ、《L.S.-09》の《ロックシード》を開錠する。そのまま慣れた手つきで腰の《ドライバー》に装填し、自身の上空に《ブドウアームズ》を召喚した。
バイクで疾走する光実のすぐ後ろを、葡萄の形をした紫色の金属塊がふわふわとついてくる。だがそんな奇妙な光景も、ベルトの掛け声と共に終わりを告げた。
『BUDOU・ARMS!』
一気に加速して追いついてきた《アームズ》が光実の上半身を飲み込み、ライドウェアを瞬間的に展開しながら《アームズ》も鎧へと変形を遂げる。
そしてタイミングを同じくして、バイクのメーターもサイレンをけたたましく響かせはじめ、次の瞬間には《アーマードライダー》となった光実もろとも高速で回転し、そのまま前方に《クラック》を開いて飛び込んでいった。
※※※※
まさに異世界そのものな雰囲気の森に、バイクの走行する爆音が鳴り響く。《クラック》を通って、《アーマードライダー》となった光実がやって来たのだ。
「さてと……」
バイクを止めて、森の土を踏みしめる。
今回の目的の一つである“使用済みの《グリーフキューブ》の投棄”を果たすべく周囲を見わたすと、丁度いい崖があることに気がついた。
「よしっ」
崖から下を見下ろすと、かつて街があったかのような遺跡群が広がっている。ピニオンたちが《魔法少女》以外に被害を出したがっていないことを鑑みて、この《森》に自分たちの世界が侵略される心配は無さそうではあるが、それでも光実は《森》に飲み込まれた見滝原を想像してゾッとしてしまった、
「万が一ってこともあるからな……」
良くない想像を持て余しながら、持ってきた《グリーフキューブ》を崖から投げ捨てる。キュウべぇがいなくなった今でも、見滝原の《魔法少女》ならこうして《グリーフキューブ》を処分できるから良いが、他の街の《魔法少女》ではこうはいかない。
まだ見ぬ彼女たちのためにも、一刻も早い事態の究明を急がなくてはならない。
そのためにも、光実はここにやって来た“もう一つの目的”を果たす必要があった。
手に入れた《戦極ドライバー》は全部で五つ。うち一つを自分が使っているので、残り四つが所有者不在のままだ。逆に言えば、《ロックシード》の数さえ揃えられれば《アーマードライダー》四人分の戦力増強が見込めるという寸法である。
敵側にも《アーマードライダー》がいる以上、こちらも同等の戦力が必要だというのが光実の考えであった。
またそうでなくとも、今自分が使っている《ロックシード》がいつまで使えるものなのか分からない、ということもある。果実を変質させたものが《ロックシード》になるという性質上、エネルギー源がこの果実由来であることは容易に想像がつく。しかしそれはつまり、元になった果実のエネルギーが無くなってしまえばこの《ロックシード》も“電池切れ”になってしまうかもしれないということだ。
何度の変身に耐えられるのか分からない以上、ストックは多いに越したことはない。光実は早速、木に実っている果実を次々にもいでいった。