しばらくしてまどかがやっと泣き止んだところで、しかし貴虎はそれとは別の事柄に困り果ててしまっていた。
孤独うんぬんは置いておくとして、こんな夜に中学生女子が何の目的もなく外を一人でうろついているのは社会健康的によろしくない。そのため何度も自宅に送ると言っているのにも関わらず、まどかは『自宅なんて無い』の一点張りで、頑として譲らないのだ。
最終手段として彼女の手を引いて交番に向かったものの、貴虎はそこでも面食らうハメになった。
※※※※
「だから、この鹿目まどかという女の子の住所を訪ねているんだ」
「あのねぇ、何度も言うようだけど、この見滝原市に鹿目さんは一軒しか無いし、鹿目さんのご家族に“まどか”なんて子はいないんだよ。っていうか、さっきからなんで地面を指差してんの? お兄さん酔ってるの? 場合によっちゃしょっぴくよ?」
まどかをいくら指さしても無視される。というかそもそも、まどか“そのもの”がこの警察官には見えていない。
〈貴虎さん、あの、もういいですよ。貴虎さんが怒られちゃいますよ〉
困った顔をしたまどかが、こちらを潤んだ瞳で見上げてくる。目の前の少女にはこんなにも存在感があるというのに、どうしてそれがこの警察官には分からないのか―――?
「ふざけるのも大概にしろ! ここにちゃんと、女の子がいるだろう!? 百歩譲って目に見えないなんてことがあったとしても、触れることはできるはずだ!」
まどかの背中を押して、警察官の前に差し出す。
「あーはいはい」
ぞんざいに手をぶらつかせる警官。彼の手がまどかの頭を捉えた瞬間、貴虎はこの警官の驚く顔が目に浮かんだ。
―――だが、現実は貴虎の予想を遥かに超えた。
警察官の手は、まどかを“透過”してしまったのである。
「もうわかったでしょ。あなた、どこのどなた?」
「―――――ええいっ、もういい!」
※※※※
そんなこんなでまどかの手を引いて交番を飛び出して、しばらくそのまま連れ立って歩いて行ったのち、通りすがった公園で貴虎はまどかと向き直った。
「まどか、もう一度確認したい。きみはいったい―――何者だ?」
〈…………今度こそ、ちゃんと聞いてくれますか?〉
困ったような表情に笑みを浮かべて、まどかが尋ね返してくる。貴虎は、少女のどこかこちらを憐れむような顔から視線を逸らして悔しげに呻いた。
「…………ああ。きみが幽霊か何かだということは、よく分かった」
〈そんなっ、私おばけじゃないですよぉ……〉
貴虎の無神経な発言に、いたく傷ついた様子で落ち込むまどか。紅潮した頬も、細く白い足も、どれをとっても人間のそれだ。
「………確かに、幽霊の類というのは誤りのようだ」
心から不思議そうにまどかをきょろきょろと品定めでもするかの如く見つめる貴虎。彼に注がれる熱視線にたまらなくなったのか、まどかは恥ずかしそうに顔を隠してしまった。
「あ、いやすまない。………きみのような女の子にする態度ではなかったな。謝罪する」
〈もう、貴虎さんって、真面目が度を過ぎてますっ〉
ぷーと頬を膨らませるまどかが、人差し指で前のめりに「めっ」としてくる。纏った光の粒子も、まるで怒っているかのように、くるくるとまどかの周りをまわっていた。
〈それじゃ、改めて自己紹介します〉
咳払いでお茶を濁して、場を仕切り直すと、まどかは踵を揃えて貴虎をまっすぐに見据えた。貴虎もまた、それに応じて真面目な表情をとる。
〈私の名前は鹿目まどか。………この宇宙の法則が……じゃなくて、サーヴァントシステム、いや違うか、えっと、うーん………かみさま! そう、神様です、私!〉
「…………は?」
………鳩が豆マシンガンを浴びた顔、とでも言うべきか。
貴虎の顔は、あまりに予想外すぎるまどかの自己紹介に唖然としていた。
※※※※
〈ですからえっと、私は《魔法少女》が《魔女》にならないようにインキュベーターと契約した《魔法少女》で、願いが叶えられたことで私はこの宇宙の法則の一つとして……って、聞いてます?〉
「アア、チャントキイテイル。スコシリカイニトマドッテイルダケダ」
うわ言のように「聞いている」と繰り返すが、どう見ても完全に許容をオーバーしている。耳から煙が立ち上るのが幻視できそうなくらい、今の貴虎はショート寸前だった。
〈あはは……いいんですよ、無理に分からなくても〉
「ぐっ……すまない。なにぶん、私は頭がカタいタチらしくてな」
昔、凌馬に笑われたことを思い出しながら、貴虎は自嘲するようにため息をついた。
「………まあ、きみが人ならざる存在であるということは分かった。私にしか見えない触れないというのはなんとも奇妙なことだが、それを不思議に思っているのはきみも同じだろう」
〈はい。ここに来てから今日まで、誰にも気づかれなかったんですけど……。貴虎さんって、実は何か特別な力を持ってるんでしょうか〉
「いや、それはない。………そうだな、あいつ風に言うなら……」
『貴虎、イマジネーションだよ。きみに足りないのはそれだ』
「……………いや、なんでもない。さぁ、そろそろ行こう」
ショートから立ち直ってすっくと立ち上がると、貴虎はまどかについてくるように目で促した。
〈え、行くってどこへ……〉
「円環の理やらなんやらは私にはさっぱりだが、きみのような少女を野ざらしにしておくほど常識に欠けた大人ではないつもりだ。今晩くらい、うちに泊まっていくといい」
穏やかな表情で誘う貴虎。そこに他意は無く、むしろ非常に精錬潔白な善意を感じ取ることができた。
口は偉そうで態度も不器用だが、彼の言葉はどこまでも真摯で、優しい。
〈はい………よろしくお願いします!〉
※※※※
離れ離れになった葛葉紘汰を探し出し、ともにこの世界を《森》から救わなければならない使命が、まどかにはある。
果たさなければならない、《円環の理》としての自分が持ち合わせている使命。
だが、目の前の青年に抱いた信頼と安らぎと少々の胸の高鳴りは、それとは大きく逸脱したものだ。
―――――けれど。
―――――ちょっとだけなら……いいよね?
この世界でたった一人、自分を認識し、声をかけ、励ましてくれた彼と。
不器用ながらにも優しい彼と。
ともに時間を共有したい――――そんな風に、願ってしまった。
それが、例えほんのわずかな間だけでも。