金曜の放課後に演じたあの《森の魔獣》との激戦から一晩明け、マミは昨夜の疲労を感じさせない軽快な足取りで陽だまりの下を歩いていた。
唯一と言っていい友人である暁美ほむらと、今日は見滝原に新装オープンしたケーキ屋に行く約束をしていたのだ。《魔獣》たちと日夜人知れず死闘を繰り広げる彼女ではあるが、甘味に目がない少女らしい一面もある。というよりむしろ、そちらの方が巴マミ『らしい』のだ。
約束の時間の五分前、見滝原駅にマミがやって来ると、しかし既に暁美ほむらは現地に到着していた。
「あら暁美さん、早いのね」
「10分前からいましたから……」
はにかむほむらの笑顔は、思わず目を覆いたくなるほどまばゆい。普段の引っ込み思案な彼女との微妙な差異に、マミはなんとなく違和感を抱いた。
「それじゃあ……もともと早めの時間に行くつもりだったし、早速行きましょうか」
※※※※
シャルモン洋菓子店。
先日オープンしたばかりであるにも関わらず、今ではすっかり見滝原市ナンバーワンの座を欲しいままにしている、驚異の洋菓子店だ。また、扱われているケーキの味もさることながら、店長の強いキャラクターも人気の秘訣である。
それだけに混雑は容易に想定できたため、二人は混雑する時間をずらしたのだ。結果として、比較的に空いている時間に入店することに成功できた。
隅の席を確保し、腰を下ろす。メニュー表に並ぶケーキの数々はどれも美味しそうだ。マミとほむらは、思わず感嘆の声をあげた。
「……ん?」
ふと、マミがメニュー表と一緒に挟まれたカードを手に取る。カードには、店長である凰蓮・ピエール・アルフォンゾの肖像と、彼の経歴が完結に綴られていた。
「なになに……『新時代のパティスリー界をリードしている第一人者として著名な凰蓮・ピエール・アルフォンゾ。パティシエの世界大会であるクープ・デ・モンドに優勝し、品位あるルレ・デセールの会員にも認定された。その後も各大会に出場しては優秀な成績を収めている。その鬼才ぶりは世界的に認められ“パディスリー界のシェークスピア”と賞賛されている』……ですって」
「やっぱり、人気のお店なだけあって凄い人がケーキを作っているんですね」
他愛のない談笑をしつつ時間を潰していると、やがて筋骨隆々の大男がマミとほむらの席にケーキを持ってきた。果たして、噂の凰蓮・ピエール・アルフォンゾである。
「お待たせいたしました。スワンフレーズ4号と、ブルーベリーチーズケーキになります」
鍛え上げられた無骨な見た目とは裏腹に、彼の出したケーキは驚くほど美しい見た目をしていた。きめ細やかな生クリームや、ふわふわのスポンジが、見る者の食欲をそそる。
「すごい……見てるだけで幸せになっちゃいますね」
「Merci. Jeune dame.喜んでいただけて何よりですわ」
流暢なフランス語でにこやかに挨拶する凰蓮。確かに見た目は強面ではあるものの、彼のプロとしての誇りの垣間見えるその堂々たる佇まいに、ほむらとマミはただただ感心していた。
※※※※
美味しいケーキで心もお腹も満たされ、ほくほくとした幸せな笑顔で会話するほむらとマミ。
幸福感に満たされ隙の生じた今こそが好機と見込んで、マミはかねてからの疑問をほむらにぶつけることにした。
「暁美さん。昨夜、もしかして何かいいことでもあったの?」
三秒ほど無言で固まったあと、一気に顔面を紅潮させ、あわあわとほむらが慌てふためき出す。その様子を微笑ましく思いながら、マミは彼女が答えを返すのを待った。
「どっどどど、どうして、それをっ………」
「さっき、何となく気がついたのよ。………結構、顔に出るタイプよ? 暁美さんって」
「あぁううぅ…………」
熱くなった頬をこねながら、ふしゅぅと息を吐く。そんな仕草も絵になるのだから、美少女というのは得である。
「その様子じゃ、もしかして好きな人でもできたのかしら?」
「そそっ、それ以上言わないでくださいぃ~っ」
眼鏡の奥の瞳にいっぱいの涙をためて、向かい側に座るマミの口を塞ごうとする。人の目がある中でほむらがここまでするというのは、実に異例中の異例であると言えた。
「可愛らしいお嬢さんですこと……。ほらそこ、手が止まってるわよぉ! 生地が固まるだろーがぁッ!!」
シャルモン洋菓子店は、今日も大繁盛だ。