燃え盛るパーティー会場を駆け抜ける貴虎。炎にも瓦礫にも目をくれず、がむしゃらに駆け続けるその表情は、ぬぐい去れない不安に押しつぶされかけそうになる彼の感情がありありと浮かび上がっていた。
そして、そんな彼の不安に回答を示すように、煙の一部が晴れていく。
明らかになった視界の中心には、血染めの戦極凌馬が横たわっていた。
「凌馬―――――!!」
生まれて初めてできた、対等な友達。気心の知れた、たった一人の仲間。
最期の最期まで自分というキャラクターを崩すことなく生き抜いたのは、きっと彼の最期の矜持だったのだろう。
「ッ―――――」
悔しさと悲しみで思わず涙が溢れるが、今は泣いている時ではない。
友の矜持に勇気を受け取り、貴虎は再び駆け出した。
※※※※
「藤果、どこだ、どこに―――!!」
堕ちたシャンデリアを踏み越えて、もう一人の探し人の名を叫ぶ。焦燥感に支配されるあまり、今の貴虎には冷静さが失われていた。
そして、そんな彼の失った冷静さを突くように、刺客が迫る。
「―――――ガッ!?」
突如煙の中から飛来した回し蹴りを、間一髪のタイミングで辛くも躱す。蹴りを放った当の本人の姿は煙に紛れて捉えられないが、貴虎を狙う何者かの存在を、空気中にほとばしる無言の殺気が如実に物語っていた。
「………ファントムか。いいだろう、この煙だ、銃は使えまい。格闘ならばこちらにも覚えがあるぞ……!」
プロの殺し屋を相手にしているという恐怖感は確かにあるが、貴虎自身の格闘センスも桁外れだ。溢れる自信と『絶対にやられるものか』という鋼の意思が、今の彼を支えているのだ。
そして、誘いに乗るように
「うううぉぉおおおおおッ!!!」
女ファントムはナイフで貴虎に応戦するが、精神的に“キレた”貴虎の勢いは刃物程度で押しとどめられるものではない。打ち合うたびに何度か貴虎の体を斬りつけはしたものの、貴虎はその度にさらに速く、強く打ち込んできた。
「――――――!」
最強の暗殺者と謳われても、それはあくまで“暗殺者”としての実力。真っ向勝負で敵を打ち倒すことが、彼女たちの本分ではないのだ。
もっと速く。
もっと強く。
「おおおおおおぉぉおぉおぉおッ!!!!!」
「ぐ――――!」
打ち込むたびに強烈になってゆく貴虎の打ち込みに、女ファントムがとうとう後退を開始した。
だが、全力で打ち合っていた状態から後退した敵を逃すほど、貴虎は甘くはない。煙が晴れるまでにこの場を撤退するのがファントムの狙いならば、それまでこの場に釘付けにすれば良いだけのこと。
食いしばった歯をギリギリと鳴らしながら、貴虎はさらに一歩踏み込んだ。
「はぁぁぁああああぁああッ!!!!」
一閃、女ファントムの隙を突いた打突でナイフを叩き落とし、返す刀で仮面を払った。女ファントムの、美しいが無機質な素顔があらわになる。
「もらったァ!!」
勝利を確信し、さらに踏み込む。狙うは顔面、渾身の一撃を叩き込んで―――!!
「貴虎さま、危ないッ!!!」
予想外の方角からぶつかってきた衝撃に、為す術無く弾き飛ばされる貴虎。その瞬間、貴虎は背後に轟く銃声を感じた。
※※※※
「呉島貴虎、こいつを殺れば……」
「駄目よツヴァイ。もう時間切れ。マスターから撤退命令が来てる」
「っ………。分かったよ、アイン」
朦朧とした意識の中で、ファントムたちの会話を聞く。弾き飛ばされた際に頭をぶつけたせいか、指の一本も動かすことがままならない。
足早に去っていくファントムたちの背中を睨みつけながら、貴虎は敗北の屈辱に思わず呻き声を上げた。
だが、そんな敗北など、あまりにも些細なことなのだということを、貴虎は次の瞬間思い知る。
「―――――――とう、か」
あの《ツヴァイ》と呼ばれていた男のファントムが、相棒のピンチを救うために撃った弾丸。それから身を盾にして庇い、致命傷を負って血の海に沈む少女が、貴虎の視界に飛び込んできた。
朱月藤果。
あかつきとうか。
アップルパイを作るのが下手くそで、いつも世話を焼いてくれて、実はすごく強くて、でもとっても優しい、世界で一番の使用人。
「―――――とうか、とうか、とう、か―――――」
失って初めて、思い知る。
自分がどれだけ、彼女を愛していたのか。
彼女がどれだけ、自分を愛してくれていたのか。
「うああああアァあああぁあアアアぁッ!!!!!!!!!!」
※※※※
煙が晴れ、慟哭の雄叫びをあげる兄と、倒れ伏す二人の少年少女の骸があらわになる。
「たかとら、にいしゃん………」
幼心に、呉島光実は理解した。
力とは何か。
最後にものを言うのは何なのか。
この世界を支配する、残酷な真理が何なのか―――――。
呉島貴虎には、屈辱と怒りを。
呉島光実には、恐怖と憧れを。
兄弟に残された呪いは、根深い。
※※※※
〈貴虎さん、大丈夫ですか、貴虎さんっ!〉
少女の声に起こされて、思わず飛び起きる。
天井は低く、身体は大きい。
貴虎は今の自分が何者なのかを瞬時に理解すると、安心したようにホッとため息をついた。
〈ど、どうしたんですか? すごくうなされてたみたいですけど……〉
「鹿目………。ああ、心配ない。昔の夢を見ていただけだ。――――大丈夫だ。いつものことだからな」
滝のような汗を腕で拭いながら、力なく微笑む貴虎。
その笑顔には、何かが欠けている―――そんな感想を、まどかは思わず抱いていた。
【第七話 ノブレス・オブリージュ】はこれで終了です。
現在と貴虎の回想が入り乱れた複雑な構成でしたが、いかがでしたか?
なお、クレシマグループはその後、ファントムを擁する犯罪組織《インフェルノ》に呉島一族の暗殺を依頼した《某財団》によって吸収合併されました。
次回の【第八話】は、新人類陣営とさやかを軸に展開していく予定です。こうご期待ください。