夕日の没した紺色の空。
窓から吹き込む冬の風。
寒々しい情景は少女の心象風景の写しとなって教室の窓の向こうに広がり、人影の失せた放課後の校舎はひっそりと静まり返っている。
―――――恭介がアーマードライダー?
―――――あの、誰よりも温厚で虫も殺せないような、あの恭介が?
「笑えない笑えない笑えない笑えない――――こんなの可笑しくてどうにかなっちゃいそうな現実、あんまりにも笑えない―――――!」
誰もいない、凍えるような寒々しい教室で、膝を抱えてすすり泣く。
しなきゃいけないことはたくさんある。
それを支える動機もある。
なのに、なのにどうして――――
「さやかさん!!」
「――――え」
顔を上げると、そこには見知った学友の顔があった。志筑仁美だ。
「仁美……?」
「さやかさんまでどうしたんですの? しっかりしてください!」
泣きじゃくるさやかをなんとか引っ張り起こそうと、仁美が言葉をかけながら腕を引っ張る。だが余裕を失った今のさやかにとって、それはただの邪魔にしかならなかった。
「うるさい、ほっといて……!」
「えっ――――」
「何がおかしいとか、もうどうでもいいの……私はタダの子どもなんだから……」
拒絶の言葉を吐き捨てながら、頭を抱えてさらに縮こまる。
…………何と言うことはない。所詮は彼女もまた、凡百の娘にお似合いの器量しか持ち合わせないということだ。
美樹さやかはどうしようもなく平凡な少女だ。想い人が狂気に堕してしまった現実に耐え切れず、今もこうして教室の隅ですすり泣いている。
「…………上条くんのことですわね?」
膝を折って、さやかの目線で語りかける。
「うるさい」
子供じみた、しかしそれゆえに絶対的な拒絶。だがそれでも、仁美はあきらめない。
「上条くんの様子がおかしいのは、私にも分かっていましたわ。お昼休み、一緒にお弁当を食べている時―――何か言われたんですね?」
「うるさい」
「………………上条くんのこと、嫌いになりましたか?」
「…………」
「………………」
「……………………」
「そんなわけ………無いじゃない………!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔に、どうしようもない感情をむき出しにして、さやかは弱々しいながらも告げた。
「助けたいに決まってる……! あいつはまだ、壊れた左手に蝕まれたまま、どうしようもない絶望の中にいるんだ……! でも、でも私にはどうしようも無い。救えない。だって私には、あいつの腕を治せるような奇跡も魔法も、無いんだもの………!」
悲しみが、無力感が、溢れて溢れて止まらない。
叫ぶように吐き出したそれは、さやかの想いの全てだ。
「…………大丈夫ですよ、さやかさん」
――――――――それを、仁美は正面から受け止めた。
「あ――――――――?」
暖かい抱擁。親友の腕の中は、これ以上ない優しさで満たされていた。
「さやかさん、もう一度聞きます。上条くんのこと、まだ好きですか?」
「……………好きだよぅ…………」
「じゃあ、もうやることなんて決まってるじゃないですか」
ぽんぽんと、さやかの背中をあやすように叩く。
志筑仁美のそれは、混じり気のない純真な親友への優しさでできていた。
「泣かないで、さやかさん。…………私にできないことが、あなたにならできる。上条くんを救い出せるのは、あなただけなんですよ?」
その言葉に、はっとして顔を上げる。
「仁美、あんた――――」
「それ以上、言わないでくださいませ」
その言葉で、その笑顔で…………さやかは全てを察した。
「奇跡や魔法が無くたって、あなたは上条くんを救うことはできます。それは他でもない、あなただけができることです。………あなたの持つ力を、信じてあげてください」
仁美の言葉の一つ一つが、凍りついていた炉に火をくべる。
その火の名前は、“人の心の暖かさ”。
凍え悴む手足を手探りに動かして、なんとか立ち上がる。
「………ありがとう………。ありがとう、仁美……」
最後にぎゅっと手を握り、取り戻したぬくもりを伝える。仁美は言葉も無く、ただ無言でさやかに微笑みかけた。
―――――――いってらっしゃい、さやかさん。
言葉はなくとも、伝わる想いはある。繋いだ手を通して、仁美がそう言っているようにさやかには感じられた。
ならば、こちらも言葉を使うわけにはいかない。
親友のエールを背中に、美樹さやかは凍える教室から飛び出していった。
※※※※
こらえていた涙が、とうとうと溢れてくる。
――――あれは、もはや完璧な敗北宣言だった。
自負はある。
想いの強さならこちらも負けてなどいないと。
悔しさもある。
いの一番に駆けつけたい衝動を堪えなければならなかったことが無念でならぬと。
―――――――ああ、でも。
「さやかさんなら、仕方ないですわよね………。私なんかでは敵いっこない、素敵なヒトですもの……………」
―――――――――――少女の慟哭が、静かに教室を震わせる。