「…………ははっ」
何を思ったのか、突然嗤う光実。傍らにいたほむらも、思わずぎくりとして一歩後ろに引いた。
「…………僕に挑むのか? きみが?」
「あんたをやっつけなきゃ、あんたは恭介を殺すわ」
大橙丸と無双セイバーを構え、臨戦状態に入ったさやかを、しかし光実はせせら嗤うばかりで攻撃しようとしない。不審に思ったさやかは、軽い挑発をかけてみることにした。
「………病院では確かにあんたが勝った。けど、今のあたしはもうあの時みたいな素人じゃない。今ここで戦って、前と同じ結果になるとでも思っていたら大間違いよ」
「ああ―――違う、違うよ。美樹さやか」
やれやれとでもいうかと如き挙動で首を振ったのち、光実はやっと獲物のチャクラムを構えた。
「きみのような凡庸な人間が僕に挑む―――――その時点でナンセンスなんだよ。本物の殺し合い、本当の命のやり取りってやつを知る僕に対し、平凡な庶民のきみでは精神のあり方からして根本から異なっている。…………………喧嘩と殺し合いの区別もつかないような凡百のクズと僕を、同列に語るんじゃないッ!!」
言うやいなや、光実はチャクラムを構えて突進した。その圧倒的なパワーは、近接戦闘用の《キウイアームズ》ならではのものであろう。《ブドウアームズ》のそれを遥かに上回る初速に、さやかは少なからず戦慄した。
「――――――ッ」
だが、ピニオンとの訓練を積んださやかには分かる。今の光実には“余裕”が無い。恭介との戦闘を経たせいか、今の彼には病院での対戦時のような冷静さが見られないのだ。あのなりふり構わない直線的な突進こそ、彼の昂ぶりを無言の内に物語る良い証拠である。
「だったら―――!」
インベス相手の訓練で身につけた身のこなしで、落ち着いて突進を受け流す。敵の武器の届かないギリギリの距離を目で測りつつ、素早くかつ滑らかな挙動を心がければ、およそ目視できる攻撃の全ては回避可能だ。
「――――りゃっ!」
そしてチャクラムを回避されたことでがら空きになった光実の背後から、振り向きざまの二刀で斬りつける。
「ガッ―――!?」
急停止をかけていたこともあり、さやかの斬撃は彼女の思惑以上に光実にダメージを与えていた。
背中に走る鋭い痛みに苦悶の声をあげながらも、なんとか振り返ってチャクラムを振るう。しかしさやかは一撃を加えたのちすぐに退いていたため、振り向き攻撃は虚しい空振りに終わってしまった。
そして、焦って無理な体勢から攻撃したことで光実に歪みが生じる。大きすぎるチャクラムに引っ張られて腕が伸びきり、光実のガードががら空きになってしまったのだ。そして、この瞬間を見逃すさやかではない。
「せいっ!」
「づぁッ!?」
疾風の如きさやかの刺突に弾き飛ばされ、仰向けに転がされる光実。景色がぐるりと一回転し、一瞬の浮遊感の直後に吐き気が襲いかかってきた。
「あぐ―――」
「………で、本物の殺し合いがなんだっけ?」
無様に転がされた光実の喉元に、無双セイバーを突きつける。結局、ついさっきの光実の罵倒はわずか数秒後、皮肉で返されることとなった。
「うっ………うるさいうるさいうるさいっ! 黙れぇぇっ!」
若干の涙声が滲んだ声色をあげて、突きつけられた無双セイバーを蹴り払って立ち上がる。さやかは光実の必死の抗議に耳を貸すことなく、再び距離をとって次の攻撃に備えた。
「蓋を開けてみれば、エリートを気取りたい中二病患者か……。あんたといい恭介といい、イケメンってのは大概がハンパ者なんだねえ」
「なんだとぉッ!!」
「あぶなッ」
激昂した光実が、渾身の逆袈裟斬りで斬りかかる。光実の予想外の煽り耐性の無さに意表を突かれて回避こそ遅れはしたが、さやかもなんとか二刀で受け止めた。
「ははははっ!」
「何を笑って!」
「馬力比べなら僕の勝ちだ! 見誤ったな美樹さやかァ!」
「だったら…………何さッ!」
組み合う形になったことでパワー比べになったが、それに素直に応じてやるさやかではない。イラつきを吐き捨てると同時に、さやかは無双セイバーのガンモードを用いたゼロ距離射撃を敢行した。
「ぎ―――ッ!? 馬鹿なッ!」
「お馬鹿はあんたでしょこの馬鹿! 反省ッ、しろッ!」
銃撃にひるんだところへ斬撃を繰り出し、再び光実を弾き飛ばす。今度は転倒するより先に踏みとどまられたが、体勢を整える隙を与えることなく渾身のキックを放った。
「だあっぐ――――!?」
一気に吹き飛ばされ、粉塵を上げて転がっていく。蓄積されたダメージは大きく、光実からはとうとう受身をとる体力すらも失われてしまっていた。
すかさず追撃に向かおうと力をためたその瞬間―――――
「光実くん!」
――――眼前で繰り広げられる痛々しい光景に、たまらずほむらが飛び出してさやかの前に立ちふさがった。
……これには、さすがに参っちゃうな。
「お願いしますさやかさん、どうかこれ以上は……!」
「うっ……わ、分かってるわよ。ちょっとやりすぎちゃっただけだってば」
潤んだ瞳で訴えてくるほむらに少なくない罪悪感を感じ、さやかは追撃の二の足を踏んだ。構えた二刀を下ろし、弱々しい声でぼそぼそと言い訳を述べる。
「なッ……ほ、ほむらちゃん!」
「光実くんも! どうしてそんな風になっちゃうんです! さやかさんは話せば分かる相手だって知ってるでしょう!?」
「あはは……尻にしかれてらぁ」
背後から抗議の声を上げかけた光実にぴしゃりと言い放つほむらに、さやかが思わず口を滑らせる。ほんの数秒前まで戦っていた相手ではあるが、さやかはなんとなく光実に同情したい気分になっていた。
「どうしてさやかさんがそっち側にいるのかとか、いったい私たちが戦っている相手は何者なのかとか、聞きたいことはいっぱいあります。でも取り敢えず、今は矛を収めてください。その上で話し合いを―――」
「―――――――必要無い。魔法少女は殲滅する」
轟く銃声。息を飲む声。漂う火薬の匂い。崩れ落ちる―――――
「ほむらちゃんッ!!」
「ほむら!?」
何処からかの銃撃で倒れたほむらに、光実が這うようにしてすがりつく。仮面に阻まれてその様子は窺い知れないが、声や挙動から光実が泣いているのは明らかだった。
だが、泣きじゃくる光実に構っている暇はない。今は親友を撃った何者かを特定しなくてはならないのだから。《パルプアイ》の暗視と望遠をフル活用しながら、周囲をぐるりと見渡して下手人を探す。
「誰がこんなことを! 出てこい!!」
「さやか、間違えるな。僕は敵じゃない。味方だ」
声のした方向に顔を向け、焦点を合わせる。すると、木陰からなにやら大きな荷物を持ったコートの男が歩み寄ってくるのが見えた。
「お前ッ……! サーヴァント!!」
「やあ、さやか。まさかここまで強くなっているとは思っていなかった。助かったよ」
「ほむらを撃った……!? なんで撃ったのよ!?」
「―――その是非を問わず、魔法少女は殲滅すべしとベローズたちから聞いていないのかい?」
何でもないかのように言い放ち、足元に荷物を転がすサーヴァント。放り捨てたそれらに視線を向け―――――
「…………!?」
―――――その“荷物”がズタズタになった呉キリカと巴マミであることに気付き、さやかは思わず言葉を失った。