上空を飛行しつつ、たまに群がる《森の魔獣》を打ち払いながら、紘汰とまどかは森の探索をかれこれ一日以上は続けていた。
ところどころに構造物の遺跡と思しきものが見受けられるものの、辺り一面は鬱蒼とした森に覆われ、この世のものとは思えない毒々しい色の花々や、《ヘルヘイムの果実》に酷似した謎の果実がそこかしこに散らばっている。
女神、鹿目まどかは、そんな異世界の森を食い入るように見つめていた。
彼女がわざわざ現界してまでこの世界に干渉しようとするのは、《円環の理》の運営にこの《森》が支障をきたしているからにほかならない。
紘汰が《クラック》と呼ぶジッパー型の裂け目を通じ、この《森》と地球はつながっている。だが一部の魔法少女には、この《クラック》を《魔獣結界》への入口と勘違いして迷い込んでしまう者がいるのだ。
………それだけならまだ良いのだが、しかしここで最悪の事態が起こってしまった。
どうやら《森》は、円環の理の届く領域の外――――つまり別宇宙から《クラック》を起点に侵略活動をしているらしいのである。つまり《森》に迷い込んでしまった魔法少女は、力尽きると《魔女》になってしまうのだ。
それだけではなく、《森の果実》は食した者を《森の魔獣》に変えてしまうという恐ろしい効果がある。《魔女》になるか、《森の魔獣》になるか……この森に迷い込み、出口を見失った魔法少女に待ち受けていたのは、あまりにも残酷な最期であった。
かつて、魔法少女をその因果から解き放ち、世界を改変して女神となった鹿目まどかではあるが、そんな彼女ですら対応できない《森》に対し、彼女には“現界して直接《森》から魔法少女たちを救い出す”以外に道は残されていなかったのだ。
「魔法少女のみんなだけじゃない。普通の人だってこの《森》に迷い込んでしまったら、絶対に無事じゃすまない」
ぽつりと、募る不安に押しつぶされそうになりながらまどかが呟く。
彼女は《円環の理》そのものだ。
魔法少女を魔女化させることなく導くという義務がある。
だが、言ってしまえばそれだけなのだ。
一般人を《森》から助け出すような真似は、彼女の神としての役割を大きく外れてしまう。
宇宙の調停者には、定められた役割というものがあるのだ。
「その為に、俺がここにいるんだ。大丈夫、きっとこの事件もすぐに解決するさ」
にっと笑う紘汰の笑顔は明るい。
その笑顔に励まされ、まどかは《円環の理》となって以来、ずっと感じていた孤独から救われたような気がした。
そしてまどかが再三のお礼を言おうとしたその瞬間――――
「なッ………?!」
森から、巨大な瘴気が立ち上った。
「この感じ………まさか、いや、そんな!!」
立ち上る瘴気から何かを感じ取ったのか、紘汰は激しく狼狽した。
※※※※
瘴気の出処に降り立った二人の神を待ち構えていたのは、これまでにないほどの大量の《森の魔獣》であった。
「インベス……! クソッ」
悪態を吐きつつ、赤い眼光をほとばしらせる。
次の瞬間、紘汰の身体は銀の鎧に包まれていた。
この森の《森の魔獣》――《インベス》は元いた世界のように操れないことは既に経験済みなので、最初から殲滅だけを狙う。
腕を翳すと同時に、大量の武具が空中に出現し、高速で発射されていった。
恐るべき制圧力でインベス軍団を蹴散らして道を切り開いていくと、やがてインベス軍団は紘汰との対決を諦めたのか、モーゼの海割りの如く左右に散らばっていった。
「…………こいつら、統率されすぎている」
仮面越しに敵を睨む紘汰が更なる武器掃射で散ったインベスたちを殲滅しようと腕をかかげる。
「…………ッッ?!」
だが次の瞬間、戦場を支配していた紘汰のパワーを一気に吹き飛ばすかのようなプレッシャーが現れた。
プレッシャーの源と思しきシルエットがインベス軍団の奥からその姿を現した頃には、戦場の支配者は完全に紘汰からそちらへと移行してしまっていた。
「だ、誰か近づいてきます!」
一応ながらも、弓矢を構えてまどかも警戒態勢をとる。
だが紘汰は、そんな彼女の健気な健闘ぶりを称えることなく、その弓矢を遮って前に出た。
「え………?」
様子のおかしい紘汰の背中を、戸惑う表情で見上げるまどか。だが、紘汰が振り向くことはなかった。
瘴気を見た瞬間、紘汰には確信があった。
あの瘴気はいったい誰のものなのか。
この《森》はいったい誰が支配しているのか。
紘汰は、胸の内に渦巻く戸惑いを押し殺し、眼前に現れた“彼”に告げた。
「お前だったのか、戒斗ッ………!」
「久しぶりだな。……………葛葉」