舞い上がる粉塵に思わず目を閉じつつも、しかしマミは嵐の中心に佇む“異形”をしっかりと捉えていた。
「あれは――――」
背後に数メートル跳躍し、粉塵が晴れるのを新たに召喚したマスケット銃と共に待ち構える。
「―――――――来る」
予感を口にすると共に、マスケット銃たちを一斉に掃射する。あの“異形”に通じるかは分からないが、しかし現状で打てる手立ては他にない。
だが、吐き出された弾丸の群れが晴れかけた粉塵の中心に殺到するより早く、“異形”は行動を開始していた。
「なッ―――!?」
自分の知る限り最速の魔法少女である呉キリカをも遥かに超える、圧倒的な敏捷性。振り返ることすら許されず、マミは背後に現れた“異形”の繰り出す槍に横腹をえぐられた。
「くぅッ!」
反射的に体をよじらせて躱せたから良かったものの、あれはほぼ必殺の一撃だった。もしまともに食らっていれば、タダでは済まなかったに違いない。
「あなた、何者――――!?」
突如現れた正体不明の“異形”に疑問をぶつけながら、《バロン》戦の際に使用したショットガンを召喚して構える。
深緑に染まった小ぶりな装甲。両手に携えた赤い長槍と黄の短槍。そして、インベスのそれと酷似した、異形の身体構造――――――
「武器を使うインベス? それがあなたの正体ってわけ!?」
ショットガンで牽制しつつ、正体を問う。しかし“異形”はそれに答えることはなく、迫り来る散弾の全てを尽く“素早さだけで”躱しきり、一気に距離を詰めていった。
「ああぅッ!?」
そしてすれ違い様の一撃が、さらにマミの体を傷つける。短槍の方はリーチの関係もあって凌ぎきれたが、長槍の方は反応するよりも速くこちらの防御圏を突破してしまう。
ローリング回避を行いつつ《レガーレ・ヴァスタアリア》の拘束を狙うが、これも総て槍に薙ぎ払われてしまった。
――――手強い――――
歴戦のマミをして過去に経験のない程の、圧倒的な敵。焦りと恐怖で呼吸が乱れ、銃の照準にも余裕が無くなってくるのが分かる。
「まぁ。でも――――」
負けるつもりなどない、マミは不敵に笑った。
今の自分には大勢の仲間がいる。そのことを思えば、この程度の逆境など恐るるに足らず。木々を足場に跳躍を繰り返して間合いをとりつつ、マミは自身の精神を落ち着かせつつ、この“異形”の正体を探ることにした。
まず思い当たるのが、ケルト神話に語られるフィオナ騎士団の一番槍、《ディルムッド・オディナ》。あの二本の槍は、まさに彼の代名詞だ。
しかし解せないのは、あのインベスのような姿である。理性的かつ技巧に溢れるあの槍さばきからしてどう見てもインベスの動物的なそれとは一致せず、しかしかといって外見には人間らしさの欠片も見当たらない。
それに、変身前に使っていた謎の魔法も気にかかる。
キリカとの念話で彼が魔法らしきモノを使うことは聞いていたし、現にこの自然公園に人避けの魔法をかけたのも彼だ。どう見ても魔法少女には見えないが、キュウべぇとの契約以外に魔法を習得する技術体系を、《森》のむこうの世界は持っているのかもしれない。
以上の条件から推測して、彼が理性を持ったインベスであること、魔法らしき術を使ってディルムッドまがいの力を使っていることは明白だ。
或いは、あの“異形”の形態も彼の魔法によるものなのかもしれない。
彼の使う術をこちらの魔法と同じものと仮定するならば、あの“異形”の姿はおそらく長時間維持できるものではない。あれだけの力を行使するのに、ノーリスクというのは考えられない。
故に、ここは逃げの一手。つかず離れずのこの距離を維持し続ければ、槍以外に攻撃手段を持たない以上、いつか時間切れがやって来る。
「―――やっ!」
思考の末を打ち切ると、マミはリボンの檻を形成して“異形”をぐるりと取り囲んだ。
「―――――」
当然のように、無言で切り払われるリボンたち。
だが、それでいい。
マミは不敵に笑いながら、“異形”との距離をとりつつ足止めのリボンを次々に繰り出した。
「鬼ごっこといきましょう! さぁ、勝負はここからよ!」
時間経過狙いの逃亡戦。いささか優雅さに欠けてはいるが、マミとしてはこれが最上の戦術だ。
――――だが。
「―――――――――」
マミの誘いとは裏腹に、“異形”は突如としてその足を止めてしまった。
「な!?」
狼狽するマミ。しかし“異形”は足を止めたばかりでなく、それどころか踵を返して引き返していく。
「ま、待ちなさい!」
背後からマスケット銃を掃射するが、それも長槍一本で防がれてしまう。足止めにすらならない現実に歯噛みしながら、マミは思わず叫んだ。
「何処へ行くの!? 私はこっちよ! フィオナ騎士団の一番槍ともあろう者が、勝負を捨てて逃げるつもり!?」
しかし、“異形”はこれも当然のように無視。それどころか迷いなく歩を進め、どんどんマミから遠ざかっていく。
そう、まるでその方向に何か目的があるかのように。
「いったい何を――――――――………ッ!? まさか!!!」
ハッとして、蒼白になるマミ。しかし彼女が“異形”の企みに気がついたのは、その目的を阻止するには遅すぎるタイミングであった。
「あぐ――――ぁ、恩人、ごめんね」
“異形”の目的――――ほとんどダルマも同然の呉キリカが、“異形”の足元にぐったりと転がされる。
「呉、さん……!」
己の無能さが頭にくる。自分が離れれば、次の標的が彼女になることなど、わかりきっていたはずなのに―――
判断ミスを悔やむあまり、唇を噛み切る勢いでマミが“異形”を睨みつける。すると“異形”は、マミを振り返ってこれまで噤んでいた口をついに開いた。
「――――――降伏しろ。でなくば、この少女をここで串刺しにする」
「ッ………!!」
「だめだ恩人……。魔法少女は、ソウルジェムさえ健在なら、ああグッ!」
言いかけたところで、頭を踏みつけられるキリカ。顔面は地べたの泥に埋没し、おそらく呼吸もままならないだろう。その光景のあまりの痛ましさに、マミは“異形”への敵意をむき出しにした。
「あなたは………! この、外道ッ!! 呉さんを離してッ!」
「条件は伝えた。助けたければ今すぐ降伏しろ」
――――ここで断れば、間違いなく呉キリカは殺される。
溢れる無念を飲み込んで―――
「………分かったわ」
―――魔法少女の変身を、解いた。
「――――ああ。これで条件は達成された」
無造作に蹴り転がされるキリカ。重傷ではあるが、なんとか意識は保っている。マミはひとまずの安堵を覚えて解放された彼女に駆け寄った。
―――――だが。
「かふっ―――――え――――?」
「僕はただ、“きみが降伏すれば彼女を開放する”と言っただけだ」
告げられた言葉の意味が分からず、おもむろに視線を落とす。
視界の中央には、自身の胸に深々と突き立てられた黄色い短槍が映っていた。
「あ――――――――」
やられた。失敗した。軽率だった。
悔恨の想いがいくつも浮かんでは消え、そしてそれもやがて泡のように薄れていく。
鼓動が止まり、布一枚を隔てて現実の光景がどんどん遠くに離れていく。
「………これで、まずは一人だ」
はいマミった。
【第九話 輝く希望、塞ぐ絶望】はこれで終了です。
時系列を整理いたしますと、
さやか覚醒
↓
恭介vsミツザネェ
↓
恭介vsミツザネェ&ほむほむ/キリカvsサーヴァント
↓
さやかvsミツザネェ/マミvsサーヴァント
という流れになります。
複数のイベントが同時に進行していたので、今回はこのようなカタチとさせて頂きました。
続く【第十話】にも、どうかご期待ください。
※※※※
突然ですが、この【禁断の物語】において「ここのシーンに挿絵が欲しい!」という意見を募集することにしました。要望があり次第、すぐに挿絵を作成いたします。なお、募集はメッセージのみで受け付けますので、どうかご了承ください。
それではみなさんのリクエストを、心からお待ちしております。