「それでパートナーというのは、どういう意味です?」
告げられた魔法少女の真実に青くなった顔を隠しつつ、なんとかポーカーフェイスを維持して織莉子に尋ねる。すると織莉子は、微妙な表情を浮かべながら光実を中心にぐるぐると円を描いて歩き出した。
「そのままの意味よ。私の計画、私の目的のために協力して欲しいの」
「計画? どういうことです」
訝しげに睨む光実。しかしそんな視線もどこ吹く風か、織莉子は憮然としている。
「魔法少女は契約時、キュウべぇに願いを叶えてもらう。巴マミは『自身の命をつなぐこと』を、キリカは『違う自分に変わること』を。……そして私は、『自分の生きる意味を知りたい』と願った」
「それが予知の魔法に至った?」
「そういうことになるのかしらね。そういうわけで、私は契約当初からこの予知魔法を使うことができた。………そして、私は契約して初めての予知で、絶望の未来を知った」
円を描くことをやめて足を止めると、織莉子は意味深な、しかしどこか張り詰めた面持ちで虚空を睨んだ。
「………絶望の、未来?」
「そう。絶望の未来。とはいってもその詳細は分からない。私には、その光景が一瞬見えただけだから」
「その、光景って?」
身を乗り出してくる光実を流し見る織莉子の視線は冷たい。だが、とてつもない何かを相手にして途方に暮れるような―――そんな心細さのようなものが、その冷たさの奥には感じられた。
「燃え盛る見滝原市。そして、街も人も飲み込んで広がっていく戦火」
「戦火……!? ここが、見滝原が戦場になると!?」
信じられない。だが、織莉子の瞳がたたえる光は、それが狂言の類ではないことを如実に物語っていた。
「戦っていたのは魔法少女や、アーマードライダー……果てはインベスすら、中にはいたかもしれない。いずれにせよ、あの《禁断の森》からやって来た彼らが、この世界に戦争を持ち込んでくることは確かよ」
―――戦争。
生唾を飲み下すには十分すぎるほどの説得力と絶望感を持ったその言葉に、光実は恐怖と戦慄を覚えた。
「突然現れた異世界《禁断の森》、《戦極ドライバー》、ピニオンたちを従えて魔法少女を襲う黒コートの男、ソウルジェムを取り替えられて操られる魔法少女、消えたインキュベーター………今はまだ謎だらけだけど、これら全てを一本の線で繋いでいけば、必ず真相にたどり着くことができる」
「戦争を阻止することも可能である、と?」
「分からないわ。でも可能性はある」
「馬鹿げている……!」
「でも、やるしかない。私たちは既に引き返すことはできないの」
唸る光実の背中に、ややトーンを落とした声で織莉子が呟く。
「……引き返せないって……どういうことです」
うつむく織莉子を見つめること数秒。光実の無言の圧力に負けた織莉子は、スカートを握りつぶしながらとつとつと語った。
「…………私は当初キリカを仲間に引き込んだあと、この屋敷で籠城生活をおくっていた。予知した戦争を回避するため、情報を集めていたの。でもある日、私たちの屋敷にあなたと暁美ほむらが《インベス》を連れて転がり込んでくる未来を見た」
「………!」
「結果は惨敗。《インベス》軍団を相手に私とキリカは為す術無く殺された。……だから私はその未来を回避するために、巴マミをその日屋敷に招き入れた」
「あれは、そういうことだったのか……」
「巴マミという戦力を手に入れたことで、能動的に敵を狩り出すことができるようになった。……けれど、そうしてまだ見ぬ敵を探す毎日の中で、私はまた新たな未来を知ってしまった」
「何を、見たんです」
スカートを握り締める小さな手が、力を込めるあまり白く変色していく。
「市民病院に現れる大量の《魔獣》……」
「なんだって!? じゃああの事件は、未然に阻止できたはずだったっていうのか!?」
「………そうよ」
実際に《魔獣結界》で戦った光実には分かる。あれはこの世の地獄だった。何十という人の命が、理不尽な暴力で失われていく光景……それを未然に止めらたはずなのに、それをこともあろうか見殺しにした。
「美国先輩、あなたは………! ―――――――いや」
血が登りかけた頭をクールダウンさせ、もう一度冷静な思考を取り戻す。当時の状況を思考、分析し――――光実は、眼前の少女の犯した罪の向こうに隠された答えに辿りついた。
「病院の惨状を予知した時、あなたは“見た”んですね。橙色のアーマードライダーとなった美樹さやかと、彼女を助けに来たピニオンを」
光実の言葉を受けて、織莉子は無言の内に肯定した。
「敵の正体に迫るチャンスをわざわざ潰してやることはない。事実、あの事件が起こらなければ僕らはここまで来られなかった。だからあなたはあの病院から巴先輩やほむらちゃんを遠ざけて、彼女たちの《ソウルジェム》でも感知できないように《魔獣結界》をギリギリまで隠蔽した」
「―――何と言い繕っても、病院の人たちを見殺しにした事実は変わらないわ」
「分かってます。彼らの犠牲の上に立つ僕らには、失われた命に見合うだけの対価を……戦争の阻止という結果を得なくてはならない。……『引き返せない』っていうのは、こういうことですか」
頷くことも、首を横に振ることもない。織莉子はただ黙って、ぽつんと立ち尽くしている。思えば、この部屋で目覚めた時からというものの、織莉子はずっとどこか思いつめた表情をしていた。
「先輩、今回の……上条恭介の果たし状から始まったこの戦いも、あなたの目論見通りですか?」
「………ええ」
「聞かせてくれますね?」
一秒か、それとも一分か。永遠とも思われた沈黙の末、瞳を閉じてしばし黙想した織莉子は、ついにその震える唇を開いた。
「私の予知はコントロールが難しいから、思い通りの未来を手繰ることはできない。だから私は今回、上条恭介が戦場に選んだ自然公園の数十分後の未来を見た。……その結果、あの場所には黒いコートの男と、同じく黒いスーツに身を包んだ金髪の少女がいることが分かった」
「だから巴先輩と呉さんを向かわせた。……それも、倒されるために。………そしてあなたの目論見通り二人は倒され、回収された。奴らが《ソウルジェム》を偽造して魔法少女を操る力を持っているとしたら、倒した二人を自分たちの本拠地に連れ帰るはずだと踏んだんだ。……そして、自然公園の外に待機させていた江蓮さんと佐倉さんに追跡させ、敵アジトの場所を特定させている………。よくできた計画です」
「―――暁美ほむらのことは想定外だったわ。上条恭介やこの金髪の少女を拿捕できたのも、半ば偶然。全て私の思惑通りというわけにはいかなかった」
震える声で、うわごとのように呟く織莉子。
………もう限界だろう。
光実は織莉子の限界を悟り、トドメの一言を突き刺すことにした。
「だけど結果はあなたの狙い通りだ。あなたは
「…………やめてっ…………!」
耳を抑えて蹲る織莉子。震える背中は、罪の意識に耐えられなかった繊細な少女の心の現れだろう。だが光実は、その背中を抱いて穏やかな口調で囁いた。
「僕はあなたを責めるつもりはありません。むしろ、誇りにするべきだと思います。病院の犠牲者のことも、巴先輩と呉さんのことも……それらは全て、必要な犠牲だったんです。この先に起こる戦争による被害を思えば、些細な犠牲じゃないですか。あなたは己のエゴを捨て、全体のために辛い決断を下したんですから」
それは、自責の念に苦しむ少女に垂らされた蜘蛛の糸か、はたまた悪魔の囁きか。
「み、つざね、くん」
涙声になりつつある織莉子に、さらなる追い討ちをかける。―――この上なく優しい一言で。
「僕は、あなたのパートナーですから」
―――――運命の歯車が、狂い出す。