エンジンが咆哮をあげ、冷たい風が全身を強く打つ。聴覚と触覚が完全に麻痺した世界で、杏子はなんとか江蓮にしがみついているのがやっとだった。
飛行して戦場を離脱したサーヴァントを追うことはや数分。江蓮と杏子は天駆けるサーヴァントの
もちろんターゲットであるサーヴァントも、眼下を走る江蓮のDUCATIに気がつかないわけは無く、追跡を振り切るために何度も加速とジグザグ飛行を繰り返す。しかし、元来が
空飛ぶ対象をバイクで追跡するという、市街地という環境では一見すると無謀な行為であるが、敵側にもハンデがある以上、状況はイーブンであると言えた。
「うわあぁあわああ!?」
「バイクが突っ込んでくるぞ!!」
――――とはいえ、江蓮たちを振り切るために市街地の頭上を飛ぶサーヴァントを追うためには、道路を走るばかりでは追跡できない。結果、江蓮はDUCATIを見滝原市街地で爆走させるほかに選択の余地はないのだ。
幸いにして未だ人的被害は出ていないが、このままでは危険であることに変わりはない。段差を飛び越え、逃げ惑う市民を躱し、頭上の獲物を追う真紅の車体は、さながら赤い疾風のようであったが、しかしそれは同時に、いつ運転を誤って死傷者を出すかも分からぬ死の風でもあった。
「ッ………」
アメリカで《ファントム》をやっていた頃ならいざ知らず、今の江蓮に
だがそれは、この役を織莉子から引き受けた時点で予想されていたことだ。江蓮にとって、安心や保身は大したことではない。
今の江蓮を動かす感情―――それは、“家族”のみんなのために戦うこと。
佐倉杏子のため。千歳ゆまのため。
―――そして、ウォレスのため。
自分が生き残るため、
佐倉杏子が江蓮のDUCATIに相乗りしているのには理由がある。それは、江蓮には魔法少女やインベスと戦えるだけの力が無いこと。彼女がアーマードライダーならまた話は違ってくるのだが、《戦極ドライバー》は光実の持ち帰った5つしかない上、その機能にはまだまだ謎も多い。
ゆえに、サーヴァントにも十分に対抗可能な戦闘力を持った誰かが江蓮をサポートする必要がある。高い戦闘力と判断力―――この任務を遂行するために求められるすべての条件を満たしている人間は、もはや佐倉杏子をおいて他にはない。
織莉子の人選は無難ではあったが、同時に的確でもあった。
そして、市街地を突っ切って国道に出た瞬間、まさにその杏子の出番がまわってきた。
「「!!」」
視界が開けた途端、突然に江蓮を襲う強烈な閃光。ヘルメットのバイザーでは遮断しきれない圧倒的光量が、江蓮の網膜を焼く。
江蓮の背中にしがみついていた杏子は幸い光を直視することなくやり過ごせたが、運転手である江蓮へのダメージが深刻だ。
「おい、江蓮! 大丈夫かよ!?」
「ッ…………!」
だが、吾妻江蓮にも意地がある。視覚を潰される直前に一瞬目撃したサーヴァントを瞼のむこうに捉えて、気配とカンを頼りになおもバイクを走らせた。
体勢を立て直した江蓮の肩ごしに、杏子もまたサーヴァントの姿を目視する。………どうやら、あの強烈な光の正体は、手にした短剣から繰り出した電撃のようだ。
「だってもよ!」
上空からの電撃攻撃は確かに恐ろしいが、こちらに狙いをつけて攻撃する以上、先程までとは違って
――――勝負は一瞬。サーヴァントが電撃攻撃のために動きを鈍らせた一瞬を突いて跳躍し、槍を多節棍に変形させて
頬打つ風も、鼓膜を破らんばかりの風切り音も、今となっては彼岸の瑣末事。佐倉杏子を構成するあらゆる全てが、上空のサーヴァントに集中しきっていた。
―――――さぁ、かかってこいよ。クソ野郎―――――
不敵な笑みが、自然と杏子の表情に現れる。魔法少女として年季と、生来の闘争心に溢れた性格、そして
そして。
極限まで時間が圧縮され、研ぎ澄まされた超感覚の世界で、佐倉杏子はついにサーヴァントの隙を捉えた。
「届けえぇええぇぇぇえええ!!」
疾走するDUCATIの慣性と共に跳んだ杏子が、さながら紅蓮の嚆矢とも呼ぶべき速度と鋭さで
繰り出した多節棍がサーヴァントに殺到し、そして―――――――
―――――刹那ほどの一瞬早くサーヴァントが撃った雷撃が、杏子の体を焼いた。