「―――――というわけで追跡は失敗。結局あれだけの騒動を起こしておきながら、奴らの潜伏先を突き止めることはできなかったわ」
能面の奥に歯がゆさを宿した江蓮が、自分たちの失敗という結果を報告する。その傍らには、治療にあたったゆまとウォレス、そして未だソファに横になったままの杏子がいた。
「いえ、あなたたちはよくやってくれたわ。………ご苦労さま」
織莉子の励ましと友に、古びた置時計が午前零時の鐘を鳴らす。何とも言えない重苦しい沈黙が、美国邸のリビングに立ち込めた。
「でもさぁ織莉子ちゃん、上条くんやあの金髪の女の子はボクらのところに今はいるわけだし、あの子たちに聞けばいいんじゃないの?」
沈黙を破ったのはウォレスだった。空気の読めない能天気な声色に一瞬場が凍りつくが、その言葉の示す内容は確かに理にかなっている。彼が尋ねなければ、光実がそのことを織莉子に問うつもりであった。
「それも確かにそうだけど……。私には、彼らとあの黒コートの男がそんな情報まで共有していたとは思えないわ」
「えっ、どうして?」
織莉子の言葉にきょとんとした顔を浮かべるウォレス。そんな無垢な子どものような態度に苛立ちを覚えたのか、光実は半ば彼を遮るようにして織莉子の前に立った。
「確かに、緊急避難用のアジトの場所を捕虜になる可能性のある末端の人員に通達するとは思えない。もしあの黒コートが上条恭介たちをそこまで信用していたら、そもそもあの場に置き去りにして自分だけで逃げたりはしなかったはず。そういうことですよね」
「ええ。だいたい光実くんの言った通りだと私も踏んでる」
普段であれば積極的に議論に参加するマミやキリカがいないことに切なさを覚えたのか、どこか織莉子の声色は沈み気味だ。釣られるように、光実も小さく息をつく。
「風見野の三人、上条くん、金髪の女の子に、杏子とほむらちゃん……。これじゃあ、まるで病院だよ」
「けがはなおしてるのに、どうしてめをさまさないんだろう?」
看護担当の二人も、心細げに呟く。直接自分たちが戦場に出ているわけではないことが、余計に彼らの心配を煽っているのかもしれない。
だが千歳ゆまの治癒魔法は貴重な回復源であるし、ウォレスはそもそも戦いにまるで向いていない。後方支援より他に、彼らに何かを任せようと光実には思えなかった。
「………こういった場合、外傷よりも心の負ったダメージが大きい場合がある。魔法少女の場合は特にそれが顕著だね」
議論する少年少女の後方から、どこかやつれたような男の声が聞こえてくる。振り返ると、そこには血のついた白衣に身を包んだ痩せた男が立っていた。
治療室として使われていたはずの寝室から出てきたことや、家主の織莉子が特に警戒していないことから敵ではないことは分かるのだが、しかし面識の無い男の登場にフランクに対応できるほど光実の警戒心は弱くない。だが、驚いた表情を浮かべる光実とは反対に、ウォレスやゆまがにっこりと微笑んだ。
「「匂坂先生!」」
二人の口にした先生という呼び名に、光実の頭上にハテナが浮かぶ。事情を察した織莉子が、小さく微笑みながら説明をした。
「紹介を忘れていたわね。彼は匂坂郁紀さん。魔法少女みたいなアングラ専門の、いわゆる闇医者よ」
「……相変わらず、手厳しいね。………よろしく」
織莉子の紹介に少しばかり苦い表情を浮かべる匂坂だが、その目はまるで笑っていない。あの黒コートの男のような、得体の知れない怪しげな雰囲気が常にまとわりついている。
「あなたたちが負傷して担ぎ込まれた時点で、私が呼び寄せたの。彼の治療技術とゆまちゃんの治癒魔法が無ければ、あなたは今も眠っていたのよ?」
「は、はぁ……」
「それに、暁美ほむらの頭蓋に突き刺さっていた弾丸を摘出したのも彼。治癒魔法だけでは、異物を取り除くことはできないから」
「…………!」
ほむらの名を聞いて、光実の目の色ががらりと変わる。先程までの警戒もどこ吹く風か、光実は匂坂に二、三歩歩み寄ってほむらの安否を尋ねた。
「ほむらちゃんは、その、どうなんですか」
「………ソウルジェムが少々濁ってはいたが、生命活動に支障ないレベルまで肉体は回復している。………明日には目を覚ますだろうから、安心していいよ」
「………………そう、でしたか」
匂坂が穏やかに告げたその報告に、光実は安心して思わずほっとため息をついた。
確かにこの匂坂郁紀という男は得体が知れない何かを醸してはいるが、どうやら信用はできるらしい。
光実は気持ち警戒心を解いて、匂坂に小さく頭を下げた。
「………ありがとうございました」
「礼はいいさ。………それよりもほら、彼女を見てあげてくれ」
「えっ……」
「きみの大切な人なんだろう?」
「…………はい」
黒コートの男、攫われた仲間たち、捕らえた敵……まだまだたくさん考えることはあって、休んでいる暇なんてどこにもない。
でも、今は。
今だけは。
「ほむらちゃん……?」
匂坂に促されるままに開けた寝室の扉の向こうで、頭に包帯を巻かれた黒髪の少女、暁美ほむらが静かな寝息を立てて眠っていた。
そっと近寄って寝顔を見ると、数時間前に脳天に弾丸をくらったばかりとは思えない健やかな顔色を浮かべている。……どうやら、匂坂の手術の腕前は相当なもののようだ。
だが、いくら匂坂が天才的な外科医であったとしても、普通の人間はあれで間違いなく即死している。
それでも生き残ったことは、間違いなく彼女が人間ではないということの証だ。
――――でも。
例え人間じゃなくても。ただの死体人形でしかないとしても。
…………生きていてくれて嬉しい。
………………………また、会えて嬉しい。
「良かった……。本当に、良かった……」
気がつくと、光実の頬に一筋の雫が垂れていた。
ニトロプラスの伝説的PCゲーム【沙耶の唄】より、主人公《匂坂郁紀》の登場です。《病院ED》を迎えてから数年後、モグリの闇医者になった郁紀が、魔法少女たちとどう生きてきたのか、そしてどう生きていくのか……ご期待ください。
もちろん、【沙耶の唄】を知らない読者様も大丈夫です。ただ知ってたらちょっとお得ってだけです。