政庁へ向かう車の中、ジェレミアは自身の隣に座る少女について考えていた。
敬愛すべきマリアンヌ様の実子にして王位継承権第22位、第四皇女リリア・ヴィ・ブリタニア。烏の濡羽色をした髪、陶器のように白い肌、静かに佇むその姿はまるで精巧に作られた人形にも思える完成された美しさと気品を感じさせる。
しかし、窓の外を眺めるアメジスト色の瞳には夜の街を照らす街頭の明かりの他に、これから先の未来を見据えた確かな決意と憂いのようなものが見て取れた。
独房に繋がれた自身の前に彼女が現れた時、ジェレミアが感じた他者を圧倒する覇気も今は無い。この方は何を思っておいでなのか、自身はこの方の憂いを払う剣となれるだろうか、なぜこの方は私を絶望の中から救って下さったのか。いくら考えてもその答えは出てこない。そしてついにジェレミアは車内に満たされた静寂を破り、己の主となった少女へ問いかけた。
「リリア様、なぜ、なぜ私のような者をお救い下さり、あまつさえ騎士として迎え入れてくださったのでしょうか」
確かにジェレミアはブリタニアに対し謀反を企てたことなど一度たりとも無い。皇族に対する忠義の心を忘れたことなど以ての外だ。
しかし、枢木スザク強奪の一件。ジェレミアに記憶が無いとはいえ、味方機の行動を阻害し、結果としてテロリストに枢木スザクの身柄を奪われてしまったことは純然たる事実。"相手の嘘を見破れる"というリリアの発言が真実であり、ジェレミアが一切虚偽を語っていなかったとしても、テロリストとの繋がりを疑われていた者を自らの騎士に選ぶなど到底納得できる話ではない。
そんなジェレミアが抱いている疑問を汲みとったのか、あるいは別の理由か、リリアは小さく笑った。
「言ったろ?私は相手の嘘が見破れると」
「リリア様のお力を疑っているわけではありません。しかしながら――」
「枢木スザク強奪の件は確かに事実。ならば無罪放免、さらに自身の騎士にするなど理解ができん、か。確かに傍から見れば私の行動は狂人のそれだな。ジェレミア、そんな狂人の騎士となることは不満かな」
「不満など滅相も御座いません!リリア様に剣を捧げたことは我が生涯において、最も名誉ある事と自負しております」
「ふふーふ、嬉しい事を言ってくれる。ならばこちらも卿の誠意に答えねば嘘だな」
そう言ってリリアは窓の外からジェレミアへと視線を移した。そのアメジスト色の輝きの中にジェレミアは何を見るのか。
◆
リリア・ヴィ・ブリタニアはその日、欧州から本国を経由しエリア11の空港へと降り立った。
第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアの後任としてエリア11の総督となった王位継承権第四位、第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアだが、皇族暗殺の混乱を収め、エリア11を衛生エリアへ昇格させるだけの政治的手腕があるかと問われればその答えは怪しい。そもそもコーネリアの本分は戦場にある。将軍として一流の器を持ってはいるが、為政者としては二流と言わざる負えないというのがリリアの考えである。
そして本来総督に足りない部分を補うべき立場にいる副総督には、コーネリアの実妹である第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが就いている。先日まで学生として過ごしていたユーフェミアに、いきなり副総督としての働きを求めるのは些か酷な話とも言える。
そこで白羽の矢が立ったのがリリアだ。第二皇子にしてブリタニアの宰相を務め、政治、軍略の両面でその手腕を遺憾なく発揮させるシュナイゼル・エル・ブリタニア。次期ブリタニア皇帝の筆頭と言われる彼と共に、欧州戦役において頭角を現したのがリリアである。シュナイゼルの下で政治を学び、"流れ"を直感的に理解する彼女のセンスから導き出された大胆な戦略は幾度と無く成果を上げた。
また戦場において彼女自身がナイトメアへ騎乗し、最前線で戦うその姿は彼女の亡き母、マリアンヌを彷彿とさせた。彼女の活躍は兵士達の間で広まりブリタニアの『黒き雷』と呼ばれ敬意と畏怖を集めるまでに至ったのだ。
シュナイゼルの確実に敵を追い詰める手腕とリリアの感覚から導き出された政治及び軍略の前に、相手は為す術もなく、欧州の大半はすでに制圧されている。シュナイゼルに言わせるなら、最早軍事力は必要のない段階であり戦いは戦場から机上へと移ったのだ。ならばリリアをそのまま欧州に留めて置く意味も薄く、晴れてリリアはシュナイゼルの下を離れ、コーネリアの補佐とユーフェミアの指導を兼ねエリア11へ派遣されることとなった。
「さて、やらなければならないことは山積みだ。だがまずは・・・」
そう意気込んでリリアが向かった先は、空港内にある店舗だ。暖簾を潜り、席に座り、注文をしてから待つこと15分弱。ついにお目当ての品が運ばれてきた。アメジスト色の瞳をキラキラと輝かせたリリアの前に置かれたそれは――
「おお!これがソバ!」
リリアの小さな口に見合うだけの量を丁寧に箸で取り、そして一気に啜る。気持ちのよい音を立て、コシと程よい弾力を兼ね備えた麺は、しっかりとダシの取られ、それでいてしつこくない汁を絡めながら、リリアの口へと吸い込まれていく。鼻から抜ける蕎麦粉の風味が長時間の移動で精神的な疲労が溜まっていたリリアの心を解きほぐす。
そうして楽しみだった食事を終え、リリアが蕎麦湯を飲みながらテレビを眺めていると、先日起こった枢木スザク強奪事件についてコメンテーター達が議論を重ねていた。
それを見ながらリリアは航空機内で読んでいた資料を思い出す。
クロヴィスが死ぬ直前から今までのエリア11で起こった出来事をまとめた資料、その中に枢木スザク強奪の件も含まれていた。リリアが注目したのはテロリストの大胆過ぎる行動。無論、純血派を取りまとめていたジェレミア・ゴットバルトがブリタニアを裏切り、テロリストと内通していたのなら話は単純だ。
しかし、リリアの直感が導き出した答えは――否。
リリアはこの事件より以前からジェレミア・ゴットバルトを知っていた。直接的な面識はなくとも知っていたのだ。そう、8年前の母殺しに関わった人物。その関係者から家族、果ては飼っているペットに至るまでの全てをリリアは徹底的に調べ上げていた。
そこからジェレミア・ゴットバルトがどういう男なのか、リリアは自らの直感と情報を元に思考を重ねる。
「(ジェレミア・ゴットバルト、ブリタニアでも上位に位置する辺境伯の地位にあるゴットバルト家の長男として生まれ、軍学校時代から優秀な成績を収めていた。交友関係に不審な点は見られず、思想的な偏りもない。典型的な"ブリタニア人"だ。初任務は母、マリアンヌの護衛。そしてあの事件以降は、皇族を絶対視する傾向が見られる。責任感の強さから、恐らく母を守りきれなかったことによる強い自責の念がそうさせているのだろう。純血派をまとめ上げる手腕、ナイトメアの操作にも優れている。ラウンズとまでは行かないが、それに比類するだけのポテンシャルを持っている。切り捨てるには惜しい人材だ。それに――)」
「殿下!!・・・リリア皇女殿下!!」
リリアが思考の海から浮上すると目の前には見知った女性がいた。透き通るような白い肌、サラサラとした美しい金髪を頭の後ろで束ね、黒い軍服に包まれた身体はリリアからすれば憎たらしいほどに女性らしい曲線を描いている。翡翠色の瞳から読み取れるのは、怒りと若干の呆れだろうか。しかし、まだ幼さの抜け切らない顔では、いくら怒ったところで大した恐さは感じられない。何より、リリアが彼女に抱く印象は長いこと待たされた愛犬が主人に対し抗議しているようなものでしかなかった。
「なんだ、ベアトリーチェか」
「なんだ、ベアトリーチェか、じゃないですよ!ご自分が一体何をなされているのか自覚あるんですか!?」
「食後の休憩だ。ああ、ソバは実に美味だったぞ。ベアトリーチェも食べるといい。私が奢ってやろう。」
「本当ですか!って違います!」
「食べないのか」
「いただきます!いただきますけど、そうではなくてですね!そもそもどうして本国からここに来るのに一般の航空機を使用したんですか!?皇族専用の航空機があるじゃないですか!私ずっと待ってたんですよ!」
リリアは基本的に騒がしい相手を好まない。しかし、ことベアトリーチェに関して言えば別である。
ベアトリーチェ・キルヒアイス。伯爵家の令嬢でありながら、ナイトメアに対し高い適正を見せ、13歳という若さにして軍学校を主席で卒業した経歴を持つ。卒業後すぐに、リリアの下へ配属が決まり、副官として共に戦場を駆け抜け、リリアの第一の騎士に任命されてからはさらに活躍を重ねた。欧州戦役を戦い抜いた実績を評価され現在は少佐の位まで上りつめた名実ともにエリートである。
当時8歳だったリリアは彼女にとって上官でありながら、同時に守るべき存在。例えるなら妹のように思っていた節がある。そしてそれは今でも変わらないようにリリアは感じていた。
リリアもまた5つ離れた彼女のことを姉のように思ってはいるが、先程までぷんぷんと音が聞こえるほど怒っていたはずの彼女が、笑顔で蕎麦を食べている姿を見ると、姉というよりはどことなく犬っぽい感じが勝る。そんなベアトリーチェと一緒にいる時間が、リリアは嫌いにはなれなかった。
「それで殿下、これからのご予定はどうされますか。コーネリア様にご挨拶に行くにしても連絡を入れないと」
「いや、姉上たちの元へ行くのは後回しだ」
「ふぇ」
「ふふーふ、良さそうな人材がいるのでな。まずはそちらへ向かう。最終的には本人と話してから決めるが、上手くいけばまた私の手駒が増えるな。ああ、ベアトリーチェはそれを食べたらそのまま政庁へ迎え。私の歓迎パーティーの準備でもして待っているといい」
「ちょ、ちょっと待って下さい!また置いていかれるんですか私!?」
「食事中に大声を出すな、はしたない。汁が飛ぶだろう」
「あ、申し訳ありません」
しゅん、としたベアトリーチェを満足そうに見つめながらリリアは席を立ち、そのまま店の外へと向かおうとする。
「では、またあとでな。ベアトリーチェ」
そう言い残し、去って行った自身の上官にして第四皇女リリア・ヴィ・ブリタニアの行動力と決断力にはいつもながらついていけないと感じ、諦めて残りの蕎麦を食べようと視線を移した時、ふとテーブルの端に掛かっていた伝票の存在に気付いた。
「奢ってくれるっていったじゃないですか!」
◆
リリアがエリア11に来た経緯を説明されたジェレミアだが、まだ自身が求めていた答えには至っていない。
「それでジェレミア、なぜ卿を私の騎士として迎え入れるかだが」
そこで一旦、言葉を区切ったリリアの瞳には禍々しいまでの炎が、復讐という名の炎が揺らめいていた。此処から先の話を聞けば最早退くことは許されない。言外にひしひしと伝わるリリアの想いをジェレミアは感じ取った。
「(何を迷う必要がある、ジェレミア・ゴットバルト。私がリリア様に捧げた剣は、この胸に宿る忠義の意志は偽りだったのか!否、断じて否!例えこの先に待ち受けるのが修羅の道であろうとも私はこの方に全力でお仕えすると決めたのだ!)」
ジェレミアの覚悟は決まった。それを察したリリアは、やはり自分の直感に狂いはなかったと、この男ならば自身の騎士に相応しいと改めて感じるのであった。
「全ては8年前。私の母が討たれたあの事件が始まりだ。ジェレミア、私はあの事件の真相を、母殺しの犯人を追っている」
「まさか、分かったと言うのですか!?マリアンヌ様に弓を引いた賊の正体が!」
「いや、犯人はまだ分かっていない。しかし、真相を知る者は分かっている」
「それは・・・」
迷宮入りとされたあの事件の真相。ジェレミア自身、あらゆる手段を使って調べたが一切進展することがなかった事件の真相を知る者。それはいったい誰なのか。逸る気持ちを抑え、ジェレミアはリリアの言葉を待つ。
「シャルル・ジ・ブリタニア、そう、ブリタニア皇帝にして私の父だ。あの男が真相を知っている」
まさか、という思いがジェレミアの中を駆けた。皇帝陛下自らあの事件についてお調べになったと聞く。その結果が犯人不明の迷宮入りなのだ。しかし、リリアはそれを否定する。
「事件の後、私は皇帝に謁見を求めた。そこで私は聞いたのだ。母殺しの犯人を知っているか、と。そして父は、あの男は答えなかった!私が嘘を見破れることを知っていたんだ!私は知らなければならない!そして、兄と妹の代わりに私が母の無念を晴らさなくてはならないんだ!」
それは正に、激情。ジェレミアがリリアの心の一端を垣間見た瞬間であった。ジェレミアがリリアの瞳を通して見たのは、あの覚悟の光はこれだったのだ。であるならば、リリアの憂いというのは――
「ルルーシュ様とナナリー様のために、ですか」
そう、亡き兄と妹のためにもリリアは覚悟を決めざる負えなかった。そこにどれほどの葛藤が、苦悩があったことだろう。ジェレミアの想像を絶するほどの想いがあったことだろう。
守らなくてはならない。御身だけでなく、そのお心も含めて。そうジェレミアが新たに誓いを立てた時、リリアからまたしても驚愕の事実を知らされることになる。
「ああ、兄と妹が、あの二人が幸せに暮らせる世界を作るために。そのためなら私は、皇帝にだってなってやる」
「い、今、なんと」
「ルルーシュとナナリーは生きている。私はそう言ったんだ」
「生きておられる・・・ルルーシュ様とナナリー様が」
「根拠はない。だが私には分かる。あの二人は生きている。だからこそ、私は退く訳にはいかない。ジェレミア、卿はあの事件を知っている。調査が打ち切られても、卿は事件の真相に迫ろうとした。そして今回の枢木スザク強奪事件。どうにも収まらないんだ。ある1ピースが欠けている。母が亡くなった件と、今回の件。私には、それがどこかで繋がっているように感じてならない。そして2つの事件を知る卿だからこそ、私は力を貸してほしいと思ったのだ。ジェレミア卿、いや、ジェレミア・ゴットバルト。改めて卿に問おう。母殺しの犯人を突き止め、兄と妹が幸せに暮らせる優しい世界を築くため、私がブリタニア皇帝に至るその時まで、私と共に歩んではくれないか」
リリアが問うまでもなく、橙の騎士は答えを決めていた。
「イエス、ユア、マジェスティ」
ここに忠義の契約は成された。
NEXT STAGE『偽り の ドラマ クイーン』