アンクレイブ家から出て、一時間少々。剣士郎は葵屋に到着した。都会の中のアンクレイブ家とは違い、森の中にある荘厳な雰囲気すら感じられる歴史ある旅館。
それが葵屋である。
木造三階建てで、一階は受付とレストラン、お土産屋フロアとなっており、二階と三階は泊まりの部屋となっていて、部屋数は30だ。
正面から見て右側は中庭になっており、天気が良い日は許可された場所で食事も出来る。
剣士郎は正面から見て左側に回ると、一つのドアを鍵を使って開けて
「剣士郎です。注文のお皿を持ってきました」
と告げた。
すると、台所の奥の方から般若のお面を被った人物が現れ
「何時もすまんな」
と剣士郎が持っていた包みを受け取り、机に置いた。その間に、剣士郎は靴を脱いで上がり込み
「お疲れ様です、般若さん」
とその男性。般若に頭を下げた。
何故般若のお面を被っているのかと言うと、葵屋は旅館兼料亭だが、それは表の仕事。裏の仕事で何でも屋を営んでいるのだ。
般若は潜入や調査を専門にしており、素顔を隠す為に般若のお面を被っている。
「まず、こちらの大皿は淡い緑色の釉薬と青の顔料で川をイメージして作りました。次に、こちらの小鉢はシンプルに黒の釉薬のみです。ご確認ください」
「ふむ……相変わらずの色使いだな……見事だ」
剣士郎に促され、般若は二枚ある大皿と五個の小鉢を確認し、称賛した。
それらを丁寧に箱に仕舞うと、般若は袖の下から少し厚めの封筒を取り出して
「これが、今回の皿と小鉢の報酬だ……確認してくれ」
と剣士郎に手渡した。
「……はい、確かに」
封筒からお金を取り出して確認した剣士郎は、その封筒を懐に仕舞った。すると、般若が
「しかし、災難だったな……まさか、家に落雷が直撃して火事になるとは……」
「あ、知られてましたか……」
般若の言葉に、剣士郎は苦笑した。すると般若は
「紫乃様はお前の為なら、部屋を一つ用意する、と言っていたが……」
「いやいや。僕の為に宿泊部屋を一つ潰す訳にはいかないですよ」
般若の言葉に、剣士郎は首を振った。
葵屋の従業員は、全員が宿舎に住んでいるのだが、宿舎は既に満室で、そうなると宿泊部屋に住むしかなくなるのだ。
確かに今は閑散期で、宿泊客は泊まっても一泊だけが殆どだ。
因みに今現在は、宿泊客は数組だけで、宿泊部屋は有り余っている。
「……家に関しては、既に紫乃様が知り合いの業者に頼んでいる……お金に関しては、心配するな。だそうだ」
「相変わらず、紫乃さんはそういう手配は早いですね……ありがたいです」
般若が剣士郎に家に関する事を言うと、剣士郎は笑みを浮かべた。
今はアンクレイブ家にお世話になっているが、ずっと居るという訳にもいかない。と剣士郎は考えている。
「
「ああ……式尉は何時も通り荷物の運搬や警備を。火男はボイラーの管理をしている。
剣士郎の問い掛けに、般若は淡々と答えた。
今言った三名も、裏の仕事での実働部隊に当たる。
式尉は主に護衛を担い、火男は時間稼ぎを中心に戦闘。癋見は潜入破壊工作を中心に、火男や式尉の援護だ。
他にも裏の仕事の人員は居るが、今は割愛させてもらう。
「今度は、普通の見た目の家にして、作業部屋に繋げる。と言っていたな……」
「その辺りは、紫乃さんにお任せですね。流石に建築までは詳しくないですから」
剣士郎からしたら、住めれば構わないので、紫乃に投げる事にした。
因みに紫乃は、前々から剣士郎の家は見た目が良くない、と度々言っていた。
「……これが、次の注文書だ」
「はい、確かに……魚用のお皿が10枚に湯飲みが10個ですか……色は、何時も通りお任せで?」
「ああ、任せる」
「分かりました」
新しい注文を受け取り、確認を終えた剣士郎は立ち上がった。
「帰るか?」
「はい。作業部屋に行って、新しい作品を作り始めますね」
剣士郎はそう言って、ドアを開けて
「では、また来ます」
「ああ……元気でな……」
般若に見送られて、剣士郎は葵屋から出たのだった。