――尾張国清洲城
その日、織田家中はちょっとした騒ぎとなっていた。
中国の大大名、毛利家が使者を派遣してきたからだ。
「織田上総介信奈よ」
この出来事に驚きこそ隠さなかったものの、織田信奈は織田信奈らしく堂々と名乗った。
「小早川中務大輔隆景だ。こちらは家臣の穗井田元清、安国寺恵瓊、小姓の相良良晴だ。単刀直入に言おう。織田家と此度は同盟を組むためにやってきた」
同盟!?と、織田家の家臣たちがざわつく。
「悪い話ではないわね。だけどこんな尾張の弱小大名に大国毛利が同盟してなんの得があるの? 今だって今川に攻め込まれる寸前なのよ。このうつけにそれほどの価値があるとは思えないわね」
信奈は訪れた来訪者をじーっと疑わしそうに見た。
同盟のメリットより、突然のことによる疑わしさが勝ったようだ。
まるで結婚詐欺師を見るような目だなあと良晴は思った。
だが、それはあくまでも良晴の目線だからである。
信奈から見た場合、毛利家は本国である安芸、周防、長門、石見、備後、備中を支配しておりこれらに加えて出雲、伯耆も既にその影響下にある大大名である。
現在駿河、遠江に加え三河の三国を支配下に置いて敵対している今川であってもくらべものにならない。
尾張一国をなんとか維持している織田は言うまでもない。
信奈からの想定していた問いかけに、隆景は良晴から聞いた「織田信長」の知識と、清洲城に来るまでに自分の目と耳で見聞きしたことを語った。
すなわち改革者織田信奈のことを。
「織田信奈は確かに伝え聞くかぎりうつけと聞いていた。
だが、一方で人柱といった悪しき慣習を打破し、改革者であるとも。
津島からやってきたが、規模こそ劣るが、その活気は博多に匹敵するのではないかと思えた。
金須を集めるために関を立てるのではなく、関所を廃し商業の促進を図り、この東国においてバテレンを積極的に受け入れている
この事から織田信奈は固定観念にとらわれず、短期的ではなく長期的に見ることが出来る大名だと考えた」
織田信奈、貴女は日ノ本を大きく変えようとしているのではないか? と隆景は信奈に向けて語った。
「驚いたわ……。そうよ。いつか天下に号令をかけようとは思っていたわ。」
信奈は目を見開いた。今まで誰にも理解されなかったことを目の前の姫武将が言い当てたからである。
「自由にするのは商人だけじゃない。農民や侍も自由にしてみせるわ。日ノ本を乱れさせた制度を叩き壊して、南蛮にだって対抗出来る国を作ってみせる。私が見てるのは世界よ!」
断言する信奈に思わず良晴は瞬間的とはいえ、見惚れていた。
もし、織田信奈に拾われていたら信奈についていってしまいそうなほど、この少女にはカリスマを感じたからだった。
隆景も同様だった。
兄者とは違うが、信奈が大局的な視線を持っていたからだ。もし良晴から事前に話を聞いていなければ、隆景とて驚きの表情を隠せなかっただろう。
「問いへの答えだが、織田信奈。我が毛利家は乱世の終結を目指している。
いつか織田家が大国となったときの友好と種子島の供給を求めたい」
「デアルカ! 種子島の供給はともかく、そういうことであれば友好はこちらからも求めるものだわ」
信奈は一転上機嫌になった。
大国毛利に、自分の成果を認められたのだ。
なにしろ信奈の考え方は先進的すぎる。
反対する意見も多く、進み具合は順調とは言えなかった。
だが大国毛利の後ろ楯を得られれば、よりスムーズに改革が進められるはずなのだから。
上機嫌になりつつも織田信奈は現実主義者だった。
「でも、さっきもいった通り今川が迫っているわ。それをなんとかしない限り空手形よ」
そう。いくら主義主張が合うにしても将来的にはともかく現実問題として今は織田家に今川家の侵攻が迫っているのだ。それに対しては
「今川にたいしては私の知謀を提供するのでは不服か?」
智者小早川隆景と頭脳の提供である。
「万千代どう思う?」
「遠交近攻という点、また小早川隆景殿は中国においての智者と聞いています。100点満点で80点です」
意見を聞かれた万千代こと丹羽長秀が点数をつける。
「織田家に軍師はいなかったからありがたいわね」
「はい」
「デアルカ! 細かいことは別にして小早川隆景、同盟は成立よ」
良晴はほっと息をなでおろす。
これで毛利家は将来的な覇者、織田信奈と友好を結んだのだ。
第一段階はクリアしたと思って良かった。
隆景の交渉力もあるが要望を単刀直入に言ったことと、今川の攻勢が間近に迫っていることもあり、あっという間に同盟成立となった。
織田家に断る理由はなかった。
なにしろ駿河、遠江そして三河の松平家を勢力下に置いている今川家への攻勢が迫っているのだ。尾張一国とは国力の差が大きく、事態を解決するためには、藁にも縋るような思いだったのも大きかった。
もっともそんなことを表面に出すのは信奈本人のプライドが許さないが。
「ねえ。小早川隆景。この同盟は一人で考えたものなの?」
なんとなくだが、信奈には考えたようには思えなかったのだ。
「いいやこの良晴がバテレンに詳しくてな。彼の助言によるものだ」
「ふーん、この冴えない男がね。まあいいわ。猿! あれをもってきて。とっておきものを見せて上げるわ」
た、確かに否定はできないが、それでも初対面の相手に言うか!? フツー!?
信奈に冴えない男と呼ばれ、良晴はダメージを受けていた。
だが、それよりも
「猿?」
その良晴の視線に気づき、信奈から猿と呼ばれたしわくちゃな顔の男が名乗った。
「わしは木下藤吉郎と申すもの。信奈様からは猿と呼ばれておりますみゃ」
「木下藤吉郎!?」
良晴は思わず、叫んでいた。
「わっ、わわ。ワシがいったい?」
「い、いやなんでもない。悪い」
これがあの豊臣秀吉。天下人。歴史好きには一度会ってみたい武将の一人だが、このおっさんが……
良晴が熱い目線を木下藤吉郎に向けている様を見て、
ま、まさか良晴はあのような猿顔の男色の好みなのだろうか? 姉者と同じように良晴も腐っているのかと思わず不安を抱いた。
「良晴殿のあれは違うと思います。私が景様に向けている尊敬の眼差しと同じものです」
そんな隆景に気づいたのか、沈黙を保っていた元清がこそっと囁いた。
「お前に意見は求めてない虫けら」
「景様、いひゃいいひゃいです」
隆景は出来の良い弟のほほをひっぱっていた。
尾張で合流した恵瓊はその様子に笑いながら窘めた。
「ははは。隆景様、元清様への指導は構いませんが、ここは交渉の場です」
恵瓊が合流したのは尾張である。元清が隆景派である以上、表面上は織田家と同盟の反対派である恵瓊が送り込まれてきたのであった。
吉川元春自身が行きたかったが、さすがに尼子残党との戦いがある以上、隆景に加えて元春までは裂けなかった。
加えて恵瓊には元就からの相良良晴の監視という密命があった。
(やれやれ元就様も用心深いことだ)
良晴を信用しつつも、愛娘への愛情が故の監視である。
「い、い、か、し、ら? 」
「は、はい」
信奈からそういわれ、良晴、藤吉郎、そして隆景も含めて正座した。
「こほん、それで織田信奈。見せたいものとはその玉か?」
「ええ、そう。ねえ、小早川隆景。これは地球儀といって世界を表しているわ。」
「世界が球体で出来ていると!?」
さすがに隆景も驚いた。
その姿を見て、そうか。義務教育で地球は球体であると学ぶが、小早川さんたちは知らないよなと良晴は知識のギャップに気づいた。
「小早川さんそうなんだ。世界は球体なんだ」
「あんたには分かるの」
信奈は良晴に興味を持ったようだった。
「ああ、まあな」
「ふ~ん、じゃあ日ノ本を指してごらんなさい」
「ああ、ここだ。そしてヨーロッパ…南蛮はここだ。ここから南蛮人はやってきている」
良晴は日本とヨーロッパを指さす。なお、やはりポルトガルやスペインではなく、フランスを指さしていた。
「これが日ノ本、なんと小さい……」
「小早川隆景、南蛮人は種子島やこいつの言う通り世界を一周する力を持っているわ。いまは宣教師しか来ていないけれど、いつか大船団で攻め寄せてくるかもしれない。そんなとき日ノ本が混乱していたらめちゃくちゃにされてしまうわ。だから一日も早く乱世を終わらせないといけないの」
「やはり信奈様は大きい。いや胸はそうでもないが…「うるさいわよ、サル」……ごふっ」
余計な事を言った藤吉郎は鳩尾に蹴りを入れられていた。
あまりにも良い蹴りに良晴は藤吉郎に駆け寄った。
一方、織田家臣に驚きは見られない。いつものことなのだろう。
「お、おい。大丈夫かおっさん」
「だ、大丈夫みゃ。それに姫様は蹴るときに下が見える」
「なんだと!? 」
そのために……。あんた。
ああ、坊主。その通りよ。
男同士、厚い友情が生まれた瞬間であった。
「猿、聞こえているわよ」
「「ぎゃーっ!」」
「ああっ、良晴殿!」
スケベ二人組は仲良く信奈に蹴られた。
「ひ、姫! さすがに客人に対しては」
慌てた長秀が止めに入るが
「いいや織田信奈かまわない。むしろよくやった(まったく……おのこというやつは)」
と隆景が許可を出したので、いくら失礼だとはいえ、外交に来た客人を蹴るという暴挙は不問にふされたのであった。
ようやく織田家にたどり着きました。
長かった。
原作1巻にあたります。
原作とは違い、良晴が信奈のもとに転移しなかったので、藤吉郎が生きている世界線ですね。
結果、五右衛門やらねねやら人間関係もいろいろ変わってくるかなと。
後編は信勝の話を予定しています。
しかし藤吉郎と良晴コンビで動かしやすくて楽しいです。
小早川さんについて この先の展開でちょっとアンケートです 参考までにどちらか先に見たい小早川さんを教えてください ①凛々しい姫武将小早川さん ② か弱い少女小早川さん
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①姫武将小早川さん
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②少女小早川さん