北条綱成の野望   作:織田上総介信長

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いゃ、春は一番力が出にくい…………


第二話

 

 

 

――大儀でしたね―――

 

 

今川が下に仕えて何年の月日が経ったろうか

 

 

最初こそは南下してくる武田が手勢を相手に弓や槍を持った兵達に迎撃出来るよう采配を振るっては向こうの猛将共を相手に奮戦したり興国寺城を任された頃にはもう僅かな兵で北条と戦うよか和議へと持ち込めないかと上総まで行って正木時忠なる十歳になったばかりくらいの少女に土下座までして頼み込んだり

 

 

その手柄も実は裏で雪斎のジジイが進めてただけで己が勝手に流されてただけだと気付いた頃にゃ三河平定の命まであの雪斎ジジイから下され

 

 

結果、あのジジイが俺や朝比奈殿にすら気付かれんよう増援を送らせてくれたお陰で織田の隊を撤退させたりと気付けば死地にしか放り込まれていない俺なんかに茶を差しのべ

 

 

何故か涙が止まらない自分に近付いては頭を撫でられただけだというにも関わらず

 

 

初めて人に認められた気がして嬉しかったんだろうか

 

 

彼女が差し出してくれた手が妙に暖かく感じてしまい未だ頭を下げっぱなしな自分に"御上げなさい"と優しく声をかけられた頃には静かに微笑む氏輝様があまりに輝かしく見えた。

 

 

「今までよく我が今川の為に励んで下さり大儀です。これからも我が今川の為に尽くしてくれる事を頼みますよ」

 

 

「はっ、この正成。貴女様の為ならばこの命も授けて差し上げまする!」

 

 

初めてこの方の為ならば命の一つくらいくれてやっても良いと感じながらも再び頭を下げながらも俺は、当初より下されていた東三河の吉田城には松平家の家老が任される事にする故、代わりに氏輝様が本隊に兵達を合流させ今後は、彼女自ら出陣なさる際に先陣をきって采配を振るって貰いたいと命じられ

 

 

代わりに興国寺城を安堵するという話を持ち込まれる形となった。

 

 

まぁ、それは良い。

 

 

だが、興国寺城へ戻るという事はつまり北条が出方を見張って欲しいというのが主な狙いであり

 

 

また、北条が近々武蔵を制圧せんが為に河越城を攻略するからその増援に向かって貰いたいという命を下される。

 

 

「恐れながら申し上げます。北条に恩を売るのは解りますが………今は三河平定に力を入れ未だ尾張の南側しか制圧していない織田を滅亡へ追い込むべきでは…………」

 

 

「その織田も最近では、我が今川から那古野を拠点にしていた南尾張を奪ったは良いかもしれませんけど挙兵出来る兵もたかが知れております。それに、その"尾張の虎"も今では一族内を纏めるだけで精一杯でしょう」

 

 

「まぁ、斯波家という傀儡を主家として立てながらも織田の一族は互いに睨み合う関係ですからなぁ………今を機に尾張制圧も狙いたいところではありますが、あの虎が猪でないのであらば…………」

 

 

「三河制圧は、諦めませんでしょう。ただ、虎が猪でないのであれば尚更直ぐにでも攻め込むような愚策を執らないと思いますよ?それに、今回の北条に手を貸して差し上げませんと向こうは此方を信用なさらないでしょう」

 

 

氏輝様が案に俺もまた面を下げるしか無かった。

 

 

いゃ、この時ばかりかはまた未知の地での戦にゃ乗り気じゃ無かったが

 

 

今回の北条への援軍にゃ井伊直盛(イイナオモリ)なる猛将が妹の直虎という姫武将を副将にと寄越すまで言ってくれるは良いが…………

 

 

こん時は、流石に思いましたよ。

 

 

「これから馴れぬ土地での戦を繰り広げるっていうのに小娘の世話も兼ねますっていうのなら向こうも呆れますよ?」

 

 

「フフ、見た目で判断するのはお止めなさった方が良いですよ。まだ年端も幼いように見えますけど………彼女はかの直盛殿が手を焼く唯一の御身内ですもの」

 

 

「はぁ…………ですが、北条に手を貸すというならば古河公坊を始め幕府が関東管領職に命じられてる山内上杉や扇谷上杉といった将軍家ゆかりの名家に牙を向きかねません。それでも良いんすか?」

 

 

「……………つまらん事を聞くな。福島殿。それに、山内上杉も長尾為虎という者に越後一国を奪われるくらいだ。今となれば大して力も無い御家でしか無い」

 

 

俺の近くに座ってる腰まで長い赤髪を後ろに束ね小虎の皮を陣羽織として着込んでいる五尺(約150cm)くらいで小柄な少女がいる。

 

 

どうやらこの小娘が今川家でも朝比奈殿と並び戦での前線で槍働きにて活躍する直盛殿が妹直虎殿らしい。

 

 

まぁ、本音を言ってしまえば先代当主の代じゃ甲斐の虎こと武田信虎を相手に領内を死守せんが為

 

 

共に槍を振るっていた直盛殿の方が無駄に気疲れする必要が無いんだが

 

 

奴も遠江に領土を持ってる身でもあるせいか

 

 

織田が再び攻め込むのにあえて雪斎ジジイが戦力温存に残しとくのを視野に入れといてるんだろう。

 

 

他にも掛川城の朝比奈殿や曳馬城の鵜殿殿がいるのだから遠江の戦力は別に問題無いんだろうが………

 

 

「…………まぁ、深く考えたところで仕方無いわな」

 

 

「はて?何か申しまして?」

 

 

「いゃ、大した事じゃありませんよ。まぁ、北条での増援についてはお任せ下され。今川の力を見せてやりますよ」

 

 

「ふふ、私が申す事では無いでしょうけど………御武運、願わせて頂きます」

 

 

優しく微笑む彼女の笑みにこの時、改めて惚れてしまってから何日か経った後

 

 

駿府より東へ兵を向かわせてから後ろを振り返ってから俺は、退屈そうに馬上で槍を担いでる赤い甲冑に虎柄の陣羽織を羽織っている少女の方へと目を向ける。

 

 

「そういや、直虎殿は武田との小競り合いで何度かやりあったそうだな」

 

 

「…………あいつ等は化け物だ。出来れば二度と交えたくない」

 

 

「まぁ、まだお前さんくらいの奴にゃ早すぎる相手ではあるわな。だが、ああいう連中なんざこの乱世じゃ普通にいるもんよ。俺も直盛殿と共に戦で交えた事はあるが………武田があそこまで強いとはいえ未だ甲斐一国の大名でしかないのには民の心を上手く掴めんか………又は、当主が無駄に敵を作り過ぎて手に追えんかと幾らか訳はある」

 

 

「………どういう事だ?」

 

 

暇潰しになるかは解らんかったが

 

 

彼女がここで話に興味を感じて来たんで甲斐の武田が何故、都への上洛を目指してるにも関わらず未だ甲斐一国しか統治出来ないのか

 

 

自分なりに考えた事を話してたが………

 

 

まぁ、彼女は優れた軍師か副将的な家臣がいないのかと疑問を感じていたのがあったらしいからちょっと一言言っただけなのだがな………

 

 

幾ら、周りの将が優れていても扱う大将の手腕次第だと……

 

 

とはいっても、まだ俺も長く槍働きする奴等が幾らかいるくらいでそいつ等のお陰でいきなり"この世界"でさ迷った俺を生かせてくれる場が出来たなんていう説明をしても通じる訳でもなけりゃ

 

 

今まで生き残ったのも慣れなかった鍛練があればいきなり来た異世界みたいなとこで己が手で殺めた遺体を見慣れても暫くしてからは何時かは頭でも丸めて許しでもこうよう頂ければいいかとも思いたかもなる。

 

 

まぁ、こいつにゃハッキリと大した事が言える訳じゃないもんの武田信虎という猛将が天下を取れない訳も幾度と戦ってりゃ大将自身が味方側の兵達が幾ら疲弊しようとも確実に退路と兵糧がある限り

 

 

退却という行為は基本的に許されちゃいないといったところだろうか………

 

 

何せ、あの敵大将は如何に戦場から退きそうな兵を見かけたら容赦なく始末しているのもあって武田の騎兵にゃ信虎自らが与える逃げようとしても助かる道なんざ無いと言わんばかりの恐怖感すら此方にも感じる。

 

 

まぁ、信虎めが行為も見方によっちゃ間違いじゃないんだろうが………

 

 

「あの山猿は、味方の雑兵相手にですら戦で今にでも逃げ腰な奴にゃ容赦なく斬りつける節があるせいか………基本、武田の兵にゃ退路なんざあってないような戦をする。こんなんだと前から来る敵がどんな連中でも後ろを振り返っても味方からも命を奪われるという追い詰められた状況下に陥られるだろう」

 

 

「………あぁ。だが、所詮は兵とて農民に過ぎんし、激戦となれば幾らでも逃げられるんじゃないのか?」

 

 

彼女の気になる点も解らんでは無いが………

 

 

信虎めの部隊じゃ逃げ出す兵が見えんとこで穂先で串刺しにされたりたまたま擦れ違う大将自ら殺められたりしてる事を語ると彼女は、あまりの事実に驚いていた。

 

 

とはいっても、あの兵達が逃げずに戦ってるのもそういう点が主な原因じゃないかと勘づいてくれるだけでも今後もまた対応しやすく武田に対しちゃ出来るだろう。

 

 

何てこの時ばかりまで思っちゃいたが

 

 

また違う戦場にてこれがまた意外な形に変わるなんざ想像つかなかったな。

 

 

駿河を越えてから暫く経ってからだろうか………

 

 

相模の小田原城へ入城してる最中にて里見家から正木時茂なる"槍大膳"と畏れられし猛将がまさか黒髪を靡かせ胸もでかく身長も五尺六寸(約168cm)とこの時代じゃ考えられん程あり

 

 

何処と無く覇気みたいな雰囲気を漂わせてる女武将を見上げてしまいながらも

 

 

妹とは真逆なんだと思いながらも彼女からは"妹からだ"と告げられて渡された文を受け取りつつ

 

 

中身を見たらこれがまたスゴい内容としか言い様が無かった。

 

 

何せ、その内容がまた俺が北条の下に仕えてたもんだと勘違いされてたんだろうか………

 

 

氏綱殿に宜しく頼むなどという礼が最後の一文に記されていた。

 

 

ありゃ、何かしら謀られたんだろうと思うべきなんだろう。

 

 

まぁ、この時は必死に懐へ隠すのに手一杯だったんだが………

 

 

「妹からの文をくしゃくしゃにするなよ?あやつが文を記すなんぞ職務を抜きとすれば珍しいんでな」

 

 

「そ、そうですか………いゃ、そんなつもりは無いですよ?さて、直虎殿。氏綱殿がおられる屋敷へ向かいますか………正木殿。此度の武蔵攻略は世話になります」

 

 

「ふっ、下の名で構わん。あやつが許す相手だ。私からすれば義弟と変わらんだろう。安房一国の件は無論助かったが………それよりも助かったのは、主が此方の事情も兼ねて北条と里見殿を争わせんかった事だ。いゃ、無駄に槍を振るう必要も無かったから里見殿に刃向かう勢力を潰すのに幾度か上総も少し手に入り助かったとな」

 

 

「…………どんな中身か気になるものだが、今回だけは目を瞑っておく。一応、貸し一つだからな」

 

 

などと直虎殿にすら知られながらもこの後、氏綱殿の屋敷へ向かいながらも

 

 

俺は冷や汗を流しつていた。

 

 

何せ、氏親様がくたばったのを機に今川は北条の言いなりになりやすいだろうと事を言ったのが明白になってたら

 

 

本当に駿河へ足を踏み込む事も出来なかったろうとな………

 

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