【2001/5/26(Sat) 高町家道場 09:17a.m.】
上は白一重、下は紺の袴。
ボクが女装を忌避しなかった理由のひとつに、多分袴を着慣れた所為もあると思う。
ズボン以外を履く機会ってこういう時ぐらいだし。あれ? その理論ならこの袴を着用しながら、いともたやすく行われるえげつない行為をされてるボクは寧ろ苦手意識を持っているはずじゃ?
ふむ――む?
カンッカカンッ
「稽古中に考え事とは……余裕だな、星乃」
「いや、恭也兄さん。どうしてこうなったのかなーって思い出しまして」
「それを考え事と言うんだ」
カカカンッカンッ
「確かにな。椎名とは違ってお前はやりたいと言って始めた訳じゃないからな」
「ええ。見ていただけですよ……」
「その、見ていた……いや、『視えていた』のが一因だとは思うが、な」
「そんなー……ッ」
カッカカカカッカンッカカンッ
「同情するな、っら!少しは加減してくっだ!っさいよ!」
「その年でこんなに打ち合えるお前が悪い」
「御神は護りの剣ですよねっ!?」
「時には攻めきらないといけない時もあるんだ」
カカカカカカカカ……
「こっちは、太刀筋に合わせるだけで精一杯なんです、っよ!」
「だからその年でこんなに合わせられるお前が悪い」
「そんなー」
――ボクは、恭也兄さんに扱かれている。こんなのスパーじゃないわ、ただの虐めよ!
いやまぁ、勿論恭也兄さんは本気じゃない。アップだと言い張るそれは、しかしボクにとっては十二分にしんどいんだが。
「いいなー星の奴、恭也兄さんとあんなに楽しそうで」
「恭ちゃんも何だかんだ星ちゃんに甘いからね」
向こうで基礎の反復をしている2人の声が聞こえる、が、絶対嘘だ。
嘘じゃないなら……もっと甘やかしてください(切実)。
「それでは要望どおり一段階上げていこう」
「読心した上でお手本のようなドSの回答ありがとうございまっ……いやいや無理無理無理ィ!? 徹で打たないで下さい貫を混ぜないで下さいッ!!」
「はっはっはっ、後1分有効打が無ければ貫の精度を上げるぞ?」
「それってボクが打ち込まないとってことですかッ!? それとも防ぎ続けたらってことですかッ!?」
「はっはっはっ」
いい顔で微笑みやがった。こ、このドS――!!
◇◆◇◆◇◆
「ぐへぇ……ぐでぇぇぇ……」
「星乃君……大丈夫?」
「あ、なのは――っとと」
「そのままでいいよ。お兄ちゃんが『今日は少しやりすぎた』だって」
「今日のがやり過ぎじゃなかったらやり過ぎの定義を疑うよっと」
壁に寄りかかっている状態から何とか正座に体勢を直す。結局あの後2分後に貫で抜かれ、満身創痍でばたんきゅー。うう、頭がまだ回っている……。
「第一、ボクは御神流の門下生じゃないんだけど……そういうのは椎名にぃに回して貰えないかな……」
「私としては門下生じゃない星乃君が打ち合ってる方が驚きなんだけど――椎名さん、来てるの?」
「うん。今の――この時間なら多分ランニングに行ったんじゃないかな?」
「そっか……」
あからさまに落胆するなのは。
椎名にぃの『自覚無し光源氏』計画は、まぁそういう結末に至った訳だ。椎名にぃは大変なものを奪っていきました。なのはの初恋です。年齢差6歳。ギリギリ、のように見えなくも無い。うん。カードをキャプチャーするぽけぽけ女の子は小学4年生で高校2年生のゆきうさぎに7歳差の恋をしていた訳だし。やったぜ……しかしどうしてホモが沸いてたんですかねぇ……?
椎名にぃ自体は主人公特有の朴念仁属性持ちなのだから……あれ、余計に手に負えないなコレ。未来で夜道に気を付ける破目にならなければいいのだが。
「ふむ。んー」
無駄に洗練された無駄のない無駄な思考回路で高速演算。 3.141592653589793238462643383279502……
よっしゃEnter。【場を引っかき回す程度の能力】、発動。
【アポート】を発動して呼び寄せたカードで幸運を占い、ラッキーな事象を呼び起こす。
それで椎名にぃとなのはが抱きつきなりして、怒った恭也兄さんからのギャグ的修行パートに突入する訳だ。
苦労を分かち合おうじゃないか、椎名にぃ。
「ふむ。くっくっくっ……」
「げ、星乃君がこの笑い方をしているときは大抵碌な事にならないの……」
流石は幼馴染。判ってるじゃないか。
「全ては、青き清浄なる世界のために……」
「勇者王さん、お帰りはあちらです」
◇◆◇◆◇◆
【2001/5/26(Sat) 高町家 13:04p.m.】
先述の儀式が無事執り行われた後、高町家で恒例の昼食タイム。
本日は恭也兄さんがフライパンを振るっている。士郎さん夫妻は翠屋だし、一番の年長者だし。たまに恭也兄さんに変わって椎名にぃも参加したりする。美由希姉さん? ちょっと何を言っているのか……?
その肝心の椎名にぃ? いやぁ、実の兄がボロ雑巾のようになる様を見るのは心が痛みましたねぇ。
気絶中とはいえ5歳児の膝枕を頂いているんだからおつりも十分といったところだろう。
しかし、少し、暇になって……き、た……
――……
(――聞こえていますか……私の声が、聞こえていますか……?)
(ファミキチ下さい)
(コイツ、脳内で……お久しぶりです元□□さん。今は星乃さんでしたか。相変わらずの順応の早さですね)
(こちらこそお久しぶりです、仲介者(エージェント)さん。それとも☆☆☆☆☆☆さんとお呼びした方が?)
(いえ、仲介者(エージェント)で結構ですよ。というかそっちを良く覚えていましたね)
(それはもう。あんな経験死なないと忘れませんよ)
まぁ死んだからこそあそこに招かれた訳なのだが。
(名指し、ということはボクに何か御用が?)
(まぁ、ええ。そうです。話を急く様で悪いのですが、簡潔に用件のみを)
簡潔にと言うことは時間に追われているという事の裏返し? 顕界、ないし干渉の為にエネルギーを消費して……? 次元軸移動を伴う干渉? 虚数存在を実数空間に……否、虚数存在なら波による逆干渉が可能でパフォーマンスはそう悪く……干渉の演算に必要なマシンがハイスペックで利権が絡んでいるため使用に許可が……あ、すみません。悪い癖が。
(お変わりありませんね――まずは、再誕の祝福を。そしてこちらの不手際の謝罪を)
(前者については有難く。後者については?)
(上役の存在は仄めかしておきましたよね)
(ええ、俗世に染まってる感じの)
仲介者(エージェント)さんも結構染まってますけど、とは言わない……ぬかったわ、エージェントさん読心出来るんだった。
(――続けますよ。上役達の不手際により貴方の世界にも他の転生者が存在することになってしまいました)
(ボクの兄についてはご存知で? 恐らくそうじゃないかと思っているのですが)
(【閲覧】……ふむ、そのようです。C様の被害者ですね。彼に加えて後2人、貴方も含め全4人の転生者が存在することになります)
(後2人……)
(本来ならばありえなかった事態。私共に落ち度のあることは疑いようもありません。ですのでこの度は連絡させていただきました――申し訳ありません)
どうしてか、見えていないはずなのに彼女が頭を下げているのだと確信できた。
(頭を上げてください)
(でも)
(いいんですよ。そのお陰で、椎名にぃと……椎名にぃが作ってくれた絆で、こうして高町の皆とハチャメチャしてるんですから)
父さんは忙しいながらの家庭の時間を大事にしてくれている。
母さんの料理は美味しくて、愛情を感じる。
椎名にぃには好かれすぎてる気がしないでもないけど、みんなのムードメーカーで。
士郎さんのコーヒーは……まだ舌が付いていかないので砂糖がいるけど。
桃子さんのシュークリームに舌鼓を打って。
恭也兄さんはぶっきらぼうながらも優しいところは優しい。
美由希姉さんのお勧めの本は面白くて。
なのははきっと泣く子も黙る魔砲使いになるんだろう。
(『命』に、いちゃもんはつけません。寧ろ――恵まれていると、感謝したいぐらいなんですよ?)
(そう、ですか)
そうなんです。
(あーあ。本当、調子の狂うお方)
(……すいません?)
(いいんですよ――これから言うことは私の独り言なので、聞かないで下さいね?)
(仲介者、さん?)
(私が転生させた魂が未だ知らぬ残りの2人。彼らは少し癖が強いらしいですね――独り言ですが)
(命を軽んじる愚か者。自らの価値を知らない賢者。そんな2人がいるらしいですね――独り言ですが)
(――ありがとうございます)
(さてはて、何のことでしょうか? 私には全く判りかねますね)
(そういうことにしておきましょう)
(ええ。そういうことです)
クスリ、と微笑むあの顔を、思い出すのは簡単だった。
(――貴方は今、其処に居るのですね)
(はいって答えたら、同化されそうな言葉ですね)
(こんな幼い容姿の私に同化などとは……事案ですね)
(残念ながら今のボクの容姿ではムショにぶち込まれないでしょうよ)
(そうですね――名残惜しいですが時間です)
(そうですか。それでは)
((また、いつか))
――……?
「――星乃、星乃。寝てたのか? 昼食が出来たぞ」
「あ、うん。恭也兄さん」
どうやらいつの間にかまどろんでいたらしい。
まどろんでいたことになっていたらしい、というのは少し深読みしすぎだろうか?
(――私は、ボクはここに居ます)
嗚呼、そうか。今日新たな発見が。
風であるという事。旅をするということ。自由であるということ。
それはもしかして、自分のカタチを認識するための――正しく自分を解放するために必要な――だから、そっか。正しいル・ロウド様の教えの解釈なのかは判らないけど。そういう事なのかもしれない、程度の自己完結をしてみたり。教義として広めはしない、自分勝手な思い込み、だけど。
とりあえずは存在維持(僕がここに居る)の為のエネルギーを確保。
美由希姉さんが手伝ったなんてオチは無いだろうから、美味しい焼きそばを堪能させて貰うとしよう。
……あ、なのはと椎名にぃ、大丈夫かな。よし、オチがついた。