萌えっ娘もんすたぁSPECIAL -Code;DETONATION- 作:まくやま
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- 萌えもんセンター -
虚ろな意識の中、誰かが自分を呼んでいるような気がする。毎日呼ばれて、話をして、声を聴いて。少し前までは聞いたこともなかったのに、今ではすっかり聞き慣れてしまった声が――。
「ご主人様!しっかりしてください!ご主人様ぁ!!」
「……ぁ、ノア…か?」
視界が正常に戻っていく。光が差し込み鮮明になった眼には、ノアの顔が真っ先に入ってきた。視野が拡がるとともにすぐ隣にメルアが、一歩離れたところにサーシャの姿も確認できる。
思考がままならないまま、ゆっくりと上体だけ起こした。その時身体に重みを感じたのは、メルアがしがみ付くように抱き付いていたからだ。
彼女の顔は、最後に見た時と同じく涙で濡れていた。
「メルア…サーシャ…。…あれ、俺…?――痛っ…!?」
「マスター!だいじょうぶ!?ねぇねぇっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってメルア。痛い大丈夫じゃない。大丈夫じゃ……」
そこで気付いた。自分がどこで、何をやっていたのかを。
「ソーマは!?あのストライクは!?あの後、どうなった!?」
「…それを聞きたいのはこっちの方ですマスター。貴方、一体何をしていたんですか?」
「それは、もちろん話す!それよりもソーマたちは…!」
「……喧しい。此処に居るわぃ、阿呆」
背後から呼びかけられる声。変わらぬ不機嫌そうな顔で、背もたれの上にソーマが座っていた。
「ソーマ、無事だったか!良かった…!それで、アイツは…」
「此処で療養中じゃ。それよか坊、言わねばならぬ事があるんじゃないかぇ?」
言われて周りを見回すと、やはりまた周囲の目が痛い。心配そうに涙を浮かべたメルア、眼鏡の奥に責めるような視線を向けるサーシャ、そしてその両方を併せているような…しかしうまく読み取れない目を向けているノア。
其々の思惑を感じながら、そのあまりの重圧に言葉に詰まってしまう。何を言うべきか悩んだ結果、出て来た言葉は実に間抜けなものだった。
「…あー…おはようみんな。その…いま、何時?」
「夜の10時21分ですマスター。おはようと言うよりおやすみの時間ですね」
「正確な回答ありがとうサーシャ。…さて、何処から話したもんか」
一際大きな溜め息を放つ。切った肩がまだ少し痛むが、気になるほどじゃない。ダイヤはゆっくりと、口を開いた。
「北の橋で夜風に当たってたら、川の中で気を失ってる萌えもんを見つけたんだ。何度か言ってた、ストライクな。そいつを助けに川へ飛び込んだは良いが、一緒になって溺れそうになった。そんなところをソーマが助けてくれた。
…で、センターまで帰ろうとしたところにロケット団の連中が現れて、マサキさんたちに危ないところを助けてもらった…だったか」
うろ覚えでここまでの経緯を話す。掻い摘んでいるが、大丈夫だろう。
「そうだ、マサキさんは?」
「お主を運んで腰をいわしたーとかほざいて帰って行きよったわ」
「そっか…悪いことしちまったな」
当然のようにマサキを気遣うダイヤ。顔に何枚も貼られた絆創膏や、頭や肩へ巻かれた包帯、湿布の数々を知らないと見える。
それを見て、メルアが心配を率直に声に出す。
「ねぇマスター…マスターは、だいじょうぶなの…?」
「あぁ、今は大丈夫だ。さっきはちょっと痛かったが、もう平気。痛くない」
「念の為、もう一度検査を受けた方が良いんじゃないですか?」
「大丈夫だって。自分の身体は自分が一番分かってるんだし、これぐらいイイだろ?」
あまりにも普通に、笑いながら返答するダイヤ。その言葉はとても軽々しく、薄っぺらいもののように思えた。この一言を境に、ただ一人沈黙を守っていたノアが、ついに爆発した。
「良くありませんッ!ご主人様、自分の身体を何だと思ってるんですかッ!!」
「の、ノア!?」
後ろ髪が赤熱し、小さい尾部と共に大きく燃え広がっている。それはマグマラシ種の特徴の一つで、感情の高ぶりによって起こるものだ。
サーシャもメルアも、さしものダイヤでも瞬時に広がるこの熱で察した。ノアは今、本気で怒っているのだと。
叫びと共に上げた顔、その眼には大粒の涙が浮かんでいた。
「ご主人様、言ったじゃないですか…!独りじゃないと…支えあおうと…!なのに…それなのにご主人様は、私たちに支えさせてもくれない…!!
それでもし、ご主人様の身に何かあったら…私は……どう、したら……」
只々感情を吐露していく中で、徐々にノアの炎が収まっていく。それと反比例して、涙は止め処なく溢れていた。
鼻をすすり、肩を上下させながら、それでも喚くことはせず、耐えるように涙を流す。彼女がどれだけ少年の身を案じていたか、想像するに容易いものだ。
その思いを、素直な感情を受けて、ダイヤは優しくノアの頭に手を乗せた。優しく、出来るだけ柔らかく、その頭を撫でてやる。
「…悪い、ノア。それにみんなも。心配、かけちまった。
確かにあの時、川で流れてたヤツを見て見ぬフリするも出来た。ロケット団に絡まれた時も、放って逃げることも出来たかもしれない。もっと上手く回避する方法も、あったかもしれない…。
でも、その…確かに後先考えてなかったけど…上手く言えないけど俺、『やりたかった』からやったんだ。川へ飛び込んで助けたのも、ソーマとあのストライクを守ろうとしたのも、全部」
全員の顔を見ながら、ゆっくりと吐き出すように語るダイヤ。素直な気持ちを受け取ったからか、彼自身も素直な気持ちを返しているに過ぎない。だが誰も、顔を逸らしたり目を背けたりする者はいなかった。
「まぁでも、結局はソーマやマサキさんに助けてもらったんだけどな。我ながら情けねぇよ、はは」
自嘲気味た言葉を聞き、「…だったら」と、ノアが口を開く。
「だったら私が、ご主人様が出来ないことを補います。ご主人様に戦う力が無いと言うのなら、私がご主人様の、『力』になります」
強く意志を固めた顔で、ノアが言う。その表情には、一切の迷いも何も感じることは出来なかった。
ダイヤはそう言ってくれたことが嬉しくなり、返事の代わりにもう一度ノアの頭を撫で回す。ただ内心で、その言葉が嘘ではないことを信じながら。
「…いい加減寝るか。明日はどうするか、また朝から考えなきゃな」
言ってボールを取り出そうとした時、メルアがその腕にしがみ付いてきた。思わぬ行動で戸惑うダイヤに対し、俯きながら発した彼女の言葉は…
「…メル、マスターといっしょにねたい」というモノだった。
「………えっ、えぇっ!?め、メルア?その、それは――」
「マスターだけじゃないよ。ノアともサーシャともソーマとも…今日はみんなでいっしょにねたいの」
「そ、そうか…」
思わず胸を撫で下ろすダイヤ。いくら相手が萌えもんで、精神的にも肉体的にも幼いとはいえ…否、それ故に事案発生する可能性だって無きにしも非ず。
ほんの僅かにでも邪な感情を抱いたのは紛れもない事実であり、その事を他のみんなは察してしまっていたようで…。
「残念ですねぇマスター。メルちゃんと2人一緒に寝れなくて」
「恰好を付けたと思ったら直ぐコレか。全く雄と言うイキモノは、下半身に脳味噌があっていかんのう。おぉ怖い怖い」
「………不潔です、ご主人様」
「ち、ちげーってばぁ!!あぁもう俺は寝る!一緒に寝たきゃ勝手に入ってこい!」
不貞腐れながら共同寝室に入り、空いてる布団に潜り込む。すると少し間をおいて、四つの重みと体温が布団に加わってきた。なんだかんだ言いながらちゃんと入ってくるあたり、みんな現金だ。
…しかし、その温もりは少しばかり嬉しくもあった。
――前言撤回。
「……暑い。狭い。重苦しい」
「我慢せぃ阿呆。自分で言ったんじゃろうが」
一つの簡易ベッドに都合5人。中央にダイヤがいて、その両隣にはノアとメルア。メルアの隣にはサーシャがいて、ソーマはダイヤの腹の上に陣取っていた。
小さなベッドのキャパシティをオーバーしているこの状況。横に居る者は、そこから落ちないようにとにかく密着しているのだから困り者だ。
その上、少し動くだけでベッドが軋んでいる。幻聴じゃない。間違いなくギシギシ音がしてる。
「えへへ、みんないっしょー♪」
(――ち、近い!近い、です…!)
「…ノア、ごめん。熱量下げて」
「ごっ、ごごごごめんなさい…!な、なんとか努力します…!」
「あとサーシャさん、首筋に冷たく鋭いモノが当たってるんですけど…」
「当ててるんですよ。マスターがおいたしないように」
「この状況でんなことしませんよ…。寝てる間に間違って掻っ捌くとか止めてねホント」
軽口を叩きながら溜め息のような深呼吸をする。他のベッドから寝息が聞こえなかったからか、おそらくこの部屋には自分たちしかいない…そう思った。
ともなると広いとはいえ個室状態だ。そんな心のゆとりからか、無言の静寂の中でダイヤがぼんやりと小さな声を発した。
「…なぁ、みんな。……『正義』って、なんだろうな」
「…なんですかマスター、藪から棒に」
「いや、なんとなく…な」
思い返すは先ほどの、ロケット団との戦いの出来事。彼は覚えていた。あの時…二人を守ろうとしたときに言われた一言を。
「『正義の味方気取り』…か」
「…なんじゃ坊、そんな戯言を思い出しておったのか」
「なんか、な…」
「戯言って…えと、何があったんですかご主人様…?」
「んー…ロケット団の奴らに襲われた時にそんなこと言われたんだ。まぁ、それでこの様だけどなぁ」
ノアの問いに自嘲気味の笑顔で答えるダイヤ。その肩にしっかりと巻かれた包帯は、彼女の眼前にある。
大したことはないと言う風ではあるが、やはり少し悲しくなってしまう。そこで口を噤んでしまった時、次いでメルアが話しかけた。
「マスターって、せーぎのみかたなの?」
「どーだろーな。でも、似合わないよなそんなの」
「そんなことないよー。せーぎのみかたはカッコイイものでしょ?マスターはカッコイイもん」
「なんじゃその理屈は…。そんな甘っちょろいモノじゃないんじゃぞぇ?」
「格好良さだけでなれるものではありませんしね。漠然としたものは、とても難しいものです」
「むー、サーシャもソーマもいじわるぅ…」
サーシャとソーマからの辛辣な指摘に、不満げに頬を膨らませるメルア。ダイヤ自身も、そんなものは分不相応だと思っている。
一時の衝動と幼い頃に眺めた夢を胸に封じ、どこか物懐かしさを感じながら目を閉じる。もう、こんなことでみんなの迷惑にならぬようにと。
だったのだが…
「……でも、それがご主人様の、『やりたかったこと』なんですよね?」…と、左側から声がした。
「ノア…?」
声に合わせて顔を向ける。すぐ隣にあるノアの目線と、即座に絡み合った。暗くて顔色までは分からなかったが、彼女の目は、ただ真っ直ぐだった。
真っ直ぐに、ダイヤを見据えていた。
「本当に『やりたかったこと』なら、心置きなくやってください。目指したいのならば、目指してください。さっきも言いましたが…私はどこまでもお供します。ご主人様の、力になります」
「なんで…そこまで言ってくれるんだ、ノア?」
「……私は、ご主人様に感謝してます。私を支えてくれた、強くしてくれた…私のただ一人のトレーナーで、ご主人様です…。
だから…私は、ご主人様の力になると決めました。本当についさっき固めた決意…けど、この思いに一切の嘘はありません。私を…ご主人様の力にしてください。
…ただ、ご主人様がご迷惑でなければ、ですが…」
ノアの言葉が、沁み渡る様に広がっていく。こんなにも自分の為に言ってくれるなんて思いもしなかった。
心身の成長と共にいつしか周りに気を使うようになってしまった臆病者の彼が、何かを思い出し掴もうとしている。そこへ放たれたノアの言葉は、最後の一歩を踏み出せない彼の心を、そっと支え押してくれるような優しい強さがあった。
「………いいのかな。俺が…俺みたいなのが、『正義』を語っても…。それを…目指していっても…。俺…なにも出来ないってのに…」
「メル、むつかしいことはよく分からないけど…マスターがやりたいことなら、お手伝いしたいって思ってるよ?」
「私も、言わずもがなです」
「はぁ…仕方ない人ですね、マスターは。別に貴方が何を指標にしようが勝手ですが、そういう事をするのであれば、もっと自分の身体に気を使うべきです。でないと、心配するのはこっちなんですから」
三者三様。だが共通していた答え。彼女たちは皆、彼の正義に力を貸そうと言うのだった。
自分の馬鹿みたいな夢を、愚かしい望みを共に分かちあい力を貸してくれる者達がいる。そのことが、ダイヤにとって只々喜ばしかった。
歓喜に叫ぶわけでもなく、咽び泣くわけでもなく…だがしかし、その心には確実に火が灯っている。返答は小さく、ただありがとうと言うだけだったのだが、それが聴けただけでもノア達も嬉しく思うのだった。
「…あとは、俺の信念か…」
「今更何を言っておる。既に坊にもあるではないか、信念が」
「え…ど、どういうことだ、ソーマ?」
ソーマの呟きに驚きを隠せないダイヤ。こちらへ振り返ったソーマの目は少し気怠そうではあったが、普段の自信満々な表情だった。
「坊、お主は誰かが感じる痛みに耐えられない。近しい者であれば、それは余計にじゃ。そしてお主は、それを助ける為に自らの身体を張る。傷付くことも厭わずにな。
お主は優しい。そして、お主が望んだ『正義』は、その優しさから生まれるものじゃ。
自己犠牲を是とする訳ではないが…坊のその優しさは、その『正義』は、誇るべき信念と言っても良いと、妾は思うがのぉ」
「俺の『正義』が…俺の、信念…?」
「お似合いです、ご主人様」
「マスター、本当にせーぎのみかたになるんだねっ」
「まったく、変な人間にお付き合いする羽目になったものです」
「面白いではないか。わざわざ正義の味方に為りに往くような阿呆とは、一生懸けても出会えるか分からんぞ?」
4人の声が響きわたり、寝室が騒がしくなる。女三人寄れば姦しいとは言うが、4人になるとそれもまた一際だ。だが急に寝室の扉が開き、険しい笑顔の女性が入ってきた。
ピンクのナース服を身にまとった女性で、腹部には大きなポケットがある。その中にはタマゴらしきものが入っていた。彼女も無論萌えもんであり、各センターのジョーイをサポートする、ラッキーだ。
その姿を見た瞬間、ダイヤは危険を察してしまった。少なくとも自分はやましいこともやらしいこともやってはいない。いないの、だが――
「……なん、でしょう?」
「消灯時間は過ぎています。行為なしであれば同衾は一応認めていますが、あまりに騒がしいようでしたら叩き出しますよ?」
「すっ、すいません、寝ます!ほらみんなも…!」
とにかくそう言うのが精一杯だった。そんなダイヤ達の姿を一瞥し、ラッキーが立ち去っていく。
ホッと一息撫で下ろし、改めて布団に横になる。周りのみんなの顔は、少し嬉しそうに綻んでいた。少なくとも、ダイヤはそう感じ取れた。
「ふぅ…寝ようぜ、みんな」
「ですね…。また怒られたくはないですし」
「うん。みんな、おやすみっ」
「また明日、ですね。マスター、ちゃんとご予定を決めておいてくださいね?」
「了解だ。じゃ、おやすみ」
一日の最後のあいさつを済ませ、皆が静かに目を閉じる。いくらか時間が経つと、一つ二つと寝息が聞こえてきた。
思えば日中はジム戦を行い、夜はダイヤとソーマが川を流れるストライクを助け、ロケット団と遭遇。ノア達はロイに鍛えて貰っていた。色々おき過ぎた一日が終わると、皆が一様に心身を休めるのだった。
翌日、今度は全員で新しい一歩を踏み出す為に…。