萌えっ娘もんすたぁSPECIAL -Code;DETONATION- 作:まくやま
決意の灯火が点る時、その物語の始まりが動き出した。
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黒髪糸目の少女を後ろに連れて、赤いジャケットと帽子をかぶった少年が町中を歩いている。
つい先程オーキド博士から萌えもんを貰い受け、トレーナーデビューを果たした少年、ダイヤだ。そして後ろに付いているのがその萌えもん、ヒノアラシのノアである。
「あ、あの…ご主人様、どこに…?」
「俺の家だ。何日かかろうとも、お前に燃え魂を叩き込んでやる」
「で、でも博士の頼まれ事が…」
「そんなことはどうでもいい!!」
断言である。が、さすがに生真面目な気質であるノアは、それを良しとはしなかった。
「ど、どうでも良くないですよぉ!博士って優しそうに見えて、怒ると凄く怖いですし…」
「…そうだよなぁ。超怖いよなぁ、あの人…。キレるときっと、どこぞの任侠みたいな形相で迫ってくるんだろ…」
ダイヤの言葉に黙るノア。少なくともそれは、否定を示すものではなかった。
「…ノア、黙らないでくれ。真実味が増してよけいに怖い」
ため息を一つついて、ポケットにしまわれた2つの小型携帯端末を取り出す。
これが、オーキド博士からの頼み事、カントー地方の萌えもん生態分布調査の旅だった。この端末は萌えもんの生体データを認識と登録、電子音声でそのデータを発声してくれるという、なんともハイテクなシロモノだ。その名も『萌えもん図鑑』。
しかし、それをなぜダイヤが2つも持っているのか。答えは単純。早々に出て行ったロイに、博士も渡し忘れたというのだ。
「…で、ロイに届けなきゃいけないんだよなぁ…」
面倒くさそうにボヤく。まだ遠くまで行ってないにしろ、飛び出したロイと上手い具合に会うのは如何なものか。
だが渡さなければ、それはそれで激しいお叱りを受けること間違いない。握りつぶされるかもしれない。
「仕方ない、ちょっと探すか…。燃え魂のレクチャーはその後だな」
「分かりました。いっぱい教えて下さいね、ご主人様っ」
可愛らしい笑顔で、そんな無垢なセリフを放つノア。ダイヤは思わず口元を抑え明後日の方向に顔を向ける。
(…さり気に破壊力の高いセリフ言うじゃねーか…。侮れん萌えっ娘だな)
などと考えながら、二人はマサラタウンより出て1番道路へと足を踏み入れた。
閑散とした道路や草むらを歩き進む。そうする中でも多くの萌えもんと出会っていた。
「案外、こんなところでもいろんな萌えもんが居るんだなぁ」
歩く先々で飛びだす萌えもん達。紫のネズミのようなコラッタや、明るいブラウンの羽根を持つポッポなんかはオーキド博士のセミナーで出会ったことはあったが、大きな尻尾がトレードマークのオタチや、日陰で立ちながらウトウトしているホーホー、赤い身体と頭から羽のような葉っぱを伸ばしたハネッコは晴天に喜ぶように跳ねている。
その中にはこちらに喧嘩を挑むものも居たが、ノアの元来持つポテンシャルからか、さほど苦も無く撃退していった。
「ま、ボールも無いから撃退するしかないのよねぇ」
「ボールがあれば、ゲットしていましたか?」
「どうだろ。今のところはそこまで心惹かれるのは居ないからなー。それに、みんながみんな素直に付いて来てくれるってわけでもないしさ」
そう、これが萌えもんをゲットすることにおける暗黙の了解。萌えもん達は基本的に人間に対して好意的ではあるが、彼らの中の善悪もハッキリと見つめている。そして、トレーナーと萌えもんの両者の抱く利害が一致した時、初めて『仲間』となるのだ。
もちろん萌えもん達にも個人差はあり、嬉々としてトレーナーに付いて行くものも居れば、断固としてゲットされたことを認めずに反抗的な姿勢…最悪脱走に走るものも居る。
それは正に、『皆其々』なのだ。
「っと、そうこうしてる間に着いたな、トキワシティ」
「ロイ、さん…達は居ませんでしたね」
「そうだな…。ったく、何処にいやがんだアイツ」
やれやれという感じで、また歩きながらツンツン頭のアイツを探す。いくらか歩きまわった時、フレンドリィショップの傍であの分かりやすい髪型が眼に入ってきた。
「うおーい、ロイー」
「ん?ダイヤじゃねぇか。何してんだお前」
「お前を探してたんだよ。ホレ、博士からの贈りもんだ」
そう言って萌えもん図鑑を手渡すダイヤ。受け取ったロイは軽くそれを眺めてポケットに突っ込む。
「…で、コイツで研究の手伝いをしろってのがじーさんの話なんだな」
「さすが孫、理解が早い」
「吐かせよ。ま、こんなもん俺が片手間で終わらせてやんよ。お前は精々、弱い萌えもん囲って楽しんでな」
刺のある言い方に、思わず怒りを覚えるダイヤ。
確かに彼は、トレーナーズスクールではロイと何度も勝負して、何度も負けてきた。白星を数えても両の手をちょっと余らせるほどだ。
それが現実。いつしかそれに甘んじるようになっていったのは、どこかで育ち方を違えたからだろうか、それを知るものは居ない。
だが…いや、だからこそ、そんな自分の実力の無さよりも、身内への侮辱に怒りを覚えるのはダイヤが持つ本質的な優しさだ。
そこを刺激され、黙ってなど居られなかった。
「…ナメんなよロイ。調子に乗ってんのも今だけだと思ってやがれこんにゃろう」
「へぇ、なんだやるってのか?さっき負けたばっかりのソイツで」
見下すようにノアへ目線をやるロイ。それに思わず恐怖したのか、ノアはサッとダイヤの後ろに隠れた。
「ばーか、ノアはお前が思ってるほど弱い萌えもんじゃねぇよ。それに、トレーナーってのは萌えもん一人だけで戦うわけじゃないだろうが」
突き出した手に握られた、空のモンスターボール。それはつまり、仲間を増やして戦おうというダイヤの意思表明でもあった。
それを見たロイは、自信満々の笑みで言い返す。
「ハッ、上等だぜ。じゃあ明日、22番道路で待っててやる」
手を降ってその場を去るロイ。その姿が見えなくなると、ダイヤは後ろで隠れていたノアの頭を優しく撫でた。
「…もういいぞ、ノア」
「うぅ…ごめんなさい、ご主人様…」
「真っ直ぐ見据えられるようにならなくちゃ、な。さて、それじゃ言っちまった手前だ。燃え魂のレクチャーついでに仲間も探すか」
「は、はいっ!」
なんとか返事をして、ダイヤの後を追うノア。だったが、思わず躓いて転んでしまった。
「…あ、あれ…?」
へたり込んだまま、どうにも四肢に力が入らない。小さな身体に秘めていたはずの力を、どれだけ振り絞ってもノアは立ち上がれないでいた。
「ん…ノア?」
数歩先に進んだところで気付いたダイヤ。彼女の異変に、血の気がサァッと引いていくのが分かった。
「おっ、おいノア!どうした!?」
「…ごめんなさい…。ちょっと…疲れました…」
駆け寄る彼にもたれ掛かり、ついに寝息を立てるノア。完全に、意識は落ちてしまったようだ。
「…ね、寝ただけか…。ともかく、家で休ませてやらないとな」
そう言って彼女をおんぶするダイヤ。小さな体躯に相応しい軽い重みを背に受けて、少年は来た道を駆け足で引き返す。
無論、すぐ傍にトレーナーの必需施設である萌えもんセンターが有ったにもかかわらず、だ。ザ・アウトオブ眼中。
「…それで、あの娘は大丈夫なの?」
ダイヤの家のリビング。その食卓を挟んで今現在この家のすべてを取り仕切る母アオイが、呆れたような声で対面に座る息子に尋ねる。
「…あぁ。今は俺の部屋で寝かしてる」
小さく溜め息をつき、ダイヤが答える。ノアは今、ダイヤの部屋のベッドで寝かされていたのだ。
母アオイにとっては、ボンクラ息子が萌えもんを背負いながら慌てて家に帰ってきたという随分と急転直下な出来事。しかしそれにも難なく対応して適切な処置を行える辺り、強い母である。
「まったく、アンタの無茶に付き合っちゃったんでしょうね。萌えもんは強いけど弱い生き物。トレーナーになったんなら、ちゃんと考えてあげないと」
「無茶って、そんな…」
「してたんでしょ? ――例えば、萌えもんセンターに行かずに何度もバトルしたりボールから出したまま連れ回したり」
見透かしたような母の言葉にダイヤはハッとなる。正に、言われたとおりなのだから。
「…母さん、エスパータイプ?」
「アンタのやりそうな事ぐらい分かるわよ。…いつもいつも、周りを見ずに行っちゃうものねぇ。まるでお父さんみたい」
やはりどこか呆れたように、ほぅっと呟くアオイ。馳せた思いの先にあるのは、今この場に居ない彼女の夫でありダイヤの父の姿だった。
だが、父にも似てきた我が子の姿に、いつまでも思いを寄せておくわけにもいかない。オーキド博士の依頼、萌えもんトレーナーになったということ。そこから導かれる結論を、彼女はしっかりと把握していた。
「…旅に出るんでしょ。だったら、しっかり面倒見てあげないと。
アンタがあの娘を頼りにしてるように、あの娘も…これから仲間になる萌えもんたちも、アンタしか頼れなくなるんだから」
「……うん、そうだな」
反省の色を見せるダイヤ。初めてだから無理もない、と言えることはもう無いのだ。
悔やんだような厳しい顔をする息子に、アオイは緊張を解くように言葉をかけた。
「今日はもう、準備して休みなさい。
『少年よ、旅立つのなら晴れた日に胸を張って』って言うしね」
「母さん…。
そういうネタを出してくる辺り俺の親だなってホント思うよ」
いい話がちょっと台無し。そんな距離感の親子である。
――暗い深い闇の中。
彼女はただ、漠然と歩いていた。
歩く道の先には、青の幼馴染が自分よりも早足で歩いている。
覗いた横顔から見えた眼は、強い意志を宿していた。一つの目的を為すために、今迄の全てを投げ打てる、強く冷たい眼をしていた。
振り向いたそこには、緑の幼馴染が面倒くさそうに横になっている。
だが、その眼はとても優しかった。全てを知るからこそ全てを甘受し、肯定や否定とは程遠いところにある、そんな温かい眼をしていた。
「…兄さん…ちーちゃん……わたし、は…」
動けなくなった。
自分は一体何処に進めばいいのか。
何を導にすれば良いのか。
焦って何度も両者を見返していたら、そのどちらも陰り消えてしまった。
…目尻に涙が浮かぶ。
焦るだけ焦って、結局自分一人では何も決められない自分。
弱くてちっぽけで、大嫌いな自分。変わりたくても、変え方が分からずにいた。
涙ぐむ声が小さく響いた時、誰かに優しく、頭を撫でられたような気がした。
辺りを見回しても、見上げても誰もいない。
ほんの僅かだった。でも確かに感じた。その誰かを探していたところで、
「おはようノア。よく眠れたようだな」
目が、覚めた。
「ご、ご主人様!?あああごっ、ごめんなさい!勝手に倒れてしまって寝床まで占拠してしまってえと、えと…!」
「気にすんな。むしろ、疲れてることに気付かなかった俺が悪いんだ。すまなかった、ノア」
座ったままで頭を下げるダイヤ。それを見たノアが焦って恐縮するイタチごっこ。
さすがに話が進まないのでダイヤがちょっと無理矢理気味に話を切り出した。
「まぁなんだ!予定は少々狂ったが問題ない。あとは新しい仲間を迎えて、ロイの野郎をブチのめすだけだ!」
「で、でも…折角してくださるはずのレクチャーが…」
「大丈夫。そんな事もあろうかと、睡眠学習を施しておいたッ!
これでお前の魂<こころ>にも、燃え魂が刻み込まれているはずだッ!」
「…そ、そうですか。でも言われてみればそんな気がします!」
この主人にしてこの萌えもんである。馬鹿と馬鹿正直は時にあらぬ方向へ行ってしまうのだ。ツッコミ不在だとだいたいこうなる。
「そういやノア、お前はボールから出てる方と入ってる方、どっちが良いかあるか?」
出発準備の確認をしながら、ダイヤが問いかけてきた。
萌えもんにとってモンスターボールは、非常に大きな意味を持つ。旅をするに当ってはトレーナーの負担軽減になるし、開放、召喚のシーケンスが少ないことからあらゆる状況、あらゆる場所でも柔軟に対応できる。
また萌えもんたちにとっても、ボールは檻ではなく揺り籠のようなものだという。バトルで負った傷…毒や火傷の状態異常、そして瀕死の重傷を負った時でも、ボールに入ってしまえば肉体が外部から完全に遮断されるので、死に至る確率が大幅に減少される。
無論それは双方向にして一方的な考えであり、それに反しボールに入ることを嫌う萌えもん、入れることを嫌うヒト、様々だ。
だから二人が交わすこの話は、トレーナーと萌えもんにとって無くてはならない話なのである。
「…私は中に入っています。その方がご主人様にも負担がかからないでしょうし」
「ん、そっか」
短く肯定を言葉にするダイヤ。内心はその愛らしい姿が見れなくて残念に思っているのだが。
リビングでは、いつもと同じようにアオイがそこに居る。降りてきた二人の姿を見て、優しい微笑みを向けた。
「うん、二人とも元気ね。それじゃ、気をつけて!いってらっしゃい!」
「おう、ありがと母さん。じゃあノア、出発するか」
「はい。どうも、お世話になりました!」
意気揚々と外へ出る二人。外は快晴、絶好の旅立ち日和。
少年と萌えもんの旅は、一日の間を置いてここに始まったのだ。