MSハンガーのパイロット控室に着いたヨハンは驚くべきものを目にした。
作戦要綱にはヨハンの他に数機が出撃すると書かれていたため、同僚との初顔合わせになるはずであったが、肝心の同僚が問題であった。パイロット控室には既にパイロットスーツに着替えた4人がいたのだが、その誰もが年端のいかない少年少女だったのである。
その中には、昨日案内をしてくれたユキもいた。ヨハンが聞くより早く、ユキが口を開いた。
「今回の出撃では、ヨハン様に従えと命令を受けています。お邪魔にならないよう、精いっぱい頑張ります」
「様って……、まさかこんな……」
馬鹿にされているのだろうか、とも考えたがもしチュワンにそんなことを聞こうものなら逆鱗に触れてしまうのは目に見えていた。
そんなヨハンの心配を知ってか知らずか、ユキは続けた。
「足を引っ張らないだけの戦力にはなると自負しています。ご安心ください」
ユキの言葉に、ここまで生き延びているんだからきっと大丈夫だろうとヨハンは半ば無理やり納得をすると、本来予定していたブリーフィングを始めた。
「も、目標は軍のサラミス級一隻にアオヤギ級が一隻だ。生存者を出せとのことで、艦橋は狙わない。
戦力的にも不安が残るからMS隊には手は出さず、艦のバイタルパートだけをつぶしていってくれ。俺はその間の囮をやる。
お前たちが早くやればやるほど俺が楽をできる、頑張ってくれよ」
できるだけ親しみやすいよう気を付けたつもりのヨハンだったが、少女たちはどう受け取ったのか、緊張になおさら体を固くしていた。
不安は残るものの、時間にあまり余裕はない。あらかじめ予測された航路に割り込んで襲撃をするため、精密な時間の管理が求められる。
そうして彼らは出撃準備に取り掛かったのだった。
目標宙域までの輸送は、SFSで行われる。母艦を持たないバルバロスは、作戦の都度レンタルをするか、こうやって艦に比べれば幾分安上がりなSFSを用いて作戦を行う。
先頭のベースジャバーにはヨハンのフリントとユキのジムカスタム、後続のベースジャバーにジェガンが二機とリゼルが一機の編成で、彼らは目標の宙域へと向かっていた。
フランチェスカを出て1時間半、ヨハンはモニターに二つの光点を確認した。
軍に属さない組織も多いGBWFではSFSで移動中のMSなどはよく見られる光景であり、見逃されることが多い。
今回の襲撃は、これを狙ったものであった。
正規軍の艦となればMS数機の移動などいちいち構うようなことではない。その油断に乗じて攻撃するのだ。
光点は見る見る間に大きくなり、やがてその威容が細部まで確認できるほどの距離へと近づいた。
無警戒というわけではないらしく、警備のMSが数機随伴しているがこちらへ銃口を向けてはいない。
グレーに塗装された二隻は進路と速度を変えることなく進み、やがてヨハンたちの前を通過していった。
まだだ、彼は機を計っていた。
もう少し、あと少し、彼はこれまでの経験で人が最も油断するタイミングを知っていた。
最後尾のリゼルが完全にサラミスの艦尾を横切った瞬間、各機は一斉にSFSからとび上がると攻勢に転じた。
リゼルがビームライフルでサラミスの艦尾ノズルを貫き、爆発が上がる。サラミスは大きくバランスを崩し、ゆっくりと進路から外れていく。
サラミスの直掩に当たっていたジムⅢ2機がリゼルに攻撃を加えようとするが、突如別方向から浴びせられた攻撃に怯み、リゼルを見失ってしまう。
大きく回り込んでいたヨハンのフリントがジムⅢの直上からマシンガンの雨を降らせ、数発が肩部装甲や武装に当たるが、被弾面積を抑えるためにジムⅢは方向を変えることができない。
ヨハンは、決してエースのような技量を持っているわけではなかったが、こと足止めに関して突出した能力を持っていた。撃墜するには至らないものの相手にダメージを蓄積させ、単機で多数を押しとどめる戦術を彼は行使していたのだ。
その間に、ジェガンは携行していたバズーカでサラミスの艦前方の主砲を破壊すると、アオヤギ級への攻撃を始めていた。
MS隊が出撃したのを確認すると、ヨハンは携行していたクラッカーを放り、高速でアオヤギ級へと肉薄した。
アオヤギ級のMS隊の3機を相手に、ユキのジムカスタムとジェガンの一機が既に交戦状態にあったが、数で劣るユキたちは圧倒的な劣勢を強いられていた。
軍のドートレス・コマンドは直接コックピットを狙いこそしないものの、ジェガンは既にシールドを失っておりジムカスタムも攻撃をさばくのに手いっぱいであった。残りのジェガンとリゼルも直掩のジムⅢに阻まれ思うように攻撃ができていない。
艦橋を狙わないという縛りが攻撃の手数を減らす要因になってしまっていたのだ。後方からはヨハンが足止めしていたジムⅢが迫っている。
ヨハンはこの状況を把握すると、左腰部にマウントされたビームザンバーと右腰部にマウントされた砲身パーツを連結させ、完成したザンバスターをアオヤギ級のエンジン部に当たる艦後部へと放ち、通信を開いた。
「撤退だ。全機、ベースジャバーまで下がれ」
『……っ! 了解しました』
ユキの返答とともにジムカスタム、ジェガン、リゼルが交代を開始する。
アオヤギ級の対空砲火は突然のビームに気を取られヨハンへと向いていたうえ、ザンバスターの二射目がアオヤギ級の艦橋をかすめ、無視できなくなっていた。
MS隊はフリントへと銃口を向けるが、フリントの機動性はこの戦場のどの機体も上回るものであり、捉えることはできない。
ヨハンは三射目を艦側面に掠らせると、背部のフレキシブルスラスターを全開にしドートレス・コマンドの前へと躍り出た。
ドートレス・コマンドは応戦するべく武装をビームサーベルに持ちかえるが、直後フリントが今度は逆噴射をかけ間合いから離れてしまう。
ヨハンはユキたちが離れていたSFSまで後退したのを確認すると、ザンバスターの砲身下部にマウントしていた閃光弾を放ち、軍のMSを振り切った。
戦艦の主砲がつぶされた状態では追撃の手段のない軍のMS達は数発やけくそ気味にビームを放つものの、フリントに命中させることは適わず攻撃を止めた。
「目的は達成した。帰投するぞ」
『すみません、ヨハン様』
既に加速を始めていたベースジャバーにフリントを載せヨハンが声をかけると、ユキが申し訳なさそうな声を出す。
ヨハンは意外そうに答えた。
「目的を達成したと言っただろう。何か不足があったか?」
『いえ……、ただ足手まといだったかと』
「予定通りの動きだっただろう、お前はそれをちゃんとこなした。それとな、様はやめてくれ様は」
ヨハンはヘルメット越しに頭を掻きながら笑う。
『え……』
「聞いていてむずかゆくなってくる。俺たちはパイロット同士だ、呼び捨てでいい」
いくら年上だからとはいえ様はないだろうとヨハンは常々感じていた。ましてや共に戦った仲なのだ。無用な遠慮はするべきではない、というのが彼なりの友好の示し方だった。
『じゃあ……ヨハン、さん』
「それでいい。これからもよろしく頼む」
『はい!』
ベースジャバーは既に巡航速度に達し、彼らは岐帰路に着いたのだった。