アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり 作:砂岩改(やや復活)
「一つ聞いていいですが?F3、クイーン」
「どうぞ…G7キング」
デューカリオン会議室、本来なら作戦説明などに使われる部屋だが今回は艦長のマグバレッジと伊奈帆の会話のために使われていた。
お互い、盤上が設置されたモニターを映すことなくチェスを行っていた。記憶力と戦術的な手腕が高度でないと出来ない芸当だ。
「僕を戦場に出していいんですか?E4ルーク…僕が死んだらデューカリオンのアルドノアは止まりますよ」
「理解してます、D8ルーク…しかしその時はその時です」
「界塚少尉は前線から退きたいと思っているのですか?」
伊奈帆の質問に同伴していた不見咲は疑問の声を上げた。しかしその言葉を発した彼女自身、既に答えは知っているようなものだった。
「いえ、僕は戦いに出ます…F6クイーン…チェック…」
「クイーンを取ってF6キング、ならば意見は一致しています」
「E5ビショップ…チェック」
「モニターに出します……」
机のように配置されたモニターに先ほど行っていたチェスの盤上が映し出される。全体を見れば拮抗はしているがマグバレッジのキングが詰んでいた。
「アリアーシュ曹長の報告を聞きました…会ったそうですね……」
「そのようです……」
数時間前に行われたトライデント基地防衛戦、これからの大規模作戦の前戦のようなものだったが、とある人物との再会がデューカリオンのパイロットたちを大きく動揺させていた。
「マリネロスの悪魔の正体が我々と共に死戦をくぐり抜けた者だったとは……」
冷静に話すマグバレッジ…その一方伊奈帆の心情は決して穏やかな物ではなかった。言いようのない心のざわめきが聞こえる…あの時何かが割れる音がした…。
「それでも僕は戦場に出ます…たとえ彼女と矛を交えようとも…」
「報告によれば貴方たちの接触により彼女は精神的に不安定な状況に陥っていたようですね…通信記録からも確認しました」
伊奈帆の覚悟の言葉、それは虚勢だとマグバレッジの目からも明らかだった。知らぬ間に握られた拳が何よりの証拠だ。
(自分自身に対してとても不器用なのですね…)
心の中で呟きながら彼女は話を続ける。
「彼女の証言が全て正しいならば…彼女は……」
「記憶の欠損、つまり記憶喪失の可能性が高い…セラムさんを守れなかった事に耐えきれなかったのかそれともケガの影響か…」
どっちもあり得る話だ。今回の遭遇でもし彼女になにかが起きれば…。星空のもと、微笑みかけてくれたフィアの顔が頭を過ぎった。
苦しそうに目を細める伊奈帆の表情にマグバレッジは問いかける。
「貴方が抱いているのは彼女への後悔?贖罪への念?それとも…」
フッとした好奇心から湧き出てきた言葉をマグバレッジは抑える。それは野暮というものだろう。
「僕はただ…背中に居て欲しかった…それだけです…」
伊奈帆の消えそうな呟き、戦友としてそれとも一人の女性としてか…その意味は聞いていたマグバレッジはおろか言葉を発した彼自身も分からない事なのだろう。
ーーーー
ヴァース帝国軍マリネロス基地の廊下、その1カ所は物々しい雰囲気に溢れていた。
「姫様をも御守り通せない犬共が親衛隊などと笑わせる」
「面目次第もありません」
ヴァース帝国軍37家門の一人、マリルシャン伯爵はアセイラム姫親衛隊隊長であるフィアを笑いものにするように話していた。
笑いものにしているのはマリルシャンだけではない、他の家門である者達も加わり口をそろえて笑っていたのだ。
「品も知性もない犬共に高貴なるお方を任せること自体が間違い…結果的にこのような失態ばかり……」
トライデント基地襲撃の失敗は確かに親衛隊活躍がイマイチと言う点もあったが実際、ほんの小手調べ程度なのだ失敗もなにもない。
「……」
そんな伯爵たちを睨見つけるのは副隊長のリアだ。敬愛を通り越しフィアへの愛を抱いている彼女はこの心のない罵倒が心底許せなかった。
このようないびりを初めて体験したケルラは泣きそうになっており無口のシルエが慰めるように腰を優しく叩く。
「なんですか…その目は?」
「おい!よせ!」
凄い形相で睨むリアを見たマリルシャンは気分を悪くしたように腰の剣を鞘ごと引き抜いた。その様子に驚いたのは彼の後ろで傍観していたバルークルス伯爵だった。
「汚い視線で睨みつけるなど!」
振り下ろされる鞘を見てリアは目をつむる。後ろにいた隊員たちも目をつむり悲劇の惨状を見まいとする。
バキッと言う鈍い音ともに床に倒れたのはリアではなくフィアだった。
「隊長!」
「すべては私の責任です…どうぞ、気が済むまでお殴りください…」
「フンッ…いいでしょう…今回はこれだけで……教育はしっかりとしてくださいね……」
捨てゼリフを吐きながら立ち去るマリルシャンとその他諸々、頬を真っ赤に腫らしたフィアを心配そうに見やるバルークルスだったが彼もなにも言葉を発せずに立ち去るのだった。
「隊長!なんで私のために……」
「先ほどの戦いで助けて貰ったからな……」
「それは……」
フィアの優しさにリアは思わず言葉を詰まらせる。彼女の心臓は色々な意味で心臓がバクバクだが今はそんな状況ではない。
「大丈夫だ…隊長としてお前たちを守ってやる」
「隊長……」
その言葉に親衛隊全員が心を打たれた。あの戦闘から数時間が経ち、精神的に安定してきたとは言え彼女自身、他人を気遣う余裕なんてないはずなのに…。
「隊長の美しいお顔に……」
ワナワナと震えるリア、彼女はマリルシャンに対して怒りを通り越し殺意が沸いてきた。だがその前にフィアへの治療を優先せねばならない。
「隊長、とりあえず医務室に行きましょう…」
「あぁ…だが一人で行く、お前たちは機体の調整をしていろ…もうすぐで戦闘だぞ」
顔を腫らしながら立ち上がるフィアの背中をネールたちは黙って見守るしかなかった。
ーー
「うぅ…」
リアたちの視線を外れ少し進んだ先の廊下でフィアは苦しみながら壁に身を預けた。襲いかかるフラッシュバックと頭痛に正直、頬の痛みなどどうでも良かった。
「姫…様…」
ザーツバルム揚陸城の記憶が途切れ途切れに流れてくる。アセイラムが撃ち抜かれる瞬間、彼女は薄れゆく意識の中で見ていた。
「私は…なんて無力なんだ……」
御しがたい感情が彼女を支配する。無念と後悔、自身への怒り…そのような感情が彼女を支配しようとした時。傷だらけの少年が微笑みかけてくれた気がした…。
「伊奈帆…」
無意識に発せられた言葉、彼女自身は知覚していないだろう。だが彼女はしっかりと彼の名を口にした。落ち着きを取り戻すフィア、なんだか不思議な気持ちに包まれている気がした。
「い!」
すると突然、頬が痛くなってきた…。気がついたら頭痛もフラッシュバックも落ち着きを取り戻していた。
「とりあえず、医務室に行くか…」
フィアは頬を抑えながら医務室に向かうのだった。
ーーーー
デューカリオン伊奈帆&カーム部屋
「シナンジュ…攻撃回避率が異常に高い…その点で言えばタルシスも同一線上…」
伊奈帆はタルシスと戦闘はしていないが義眼から送られてきたデータでそれを閲覧していた。
フィアとは別ルートを通っていたために接触しなかったのだ。
「フィアのは純粋な技量なのだとすると…奴はなんで同じなんだ…」
操縦者はスレイン・トロイヤード、自身の左眼を撃ち抜いた相手…。無意識に左眼に手を添えながら思考する。
「機体には特筆した機能は見られない…操縦者に作用するタイプか?」
ヴァース帝国のカタフラクトは強力な特殊能力を保有している。ニロケラスの次元バリア、ヘラスのロケットパンチが代表的だ。
「それとも本人に何かしらの細工が…」
その中でもタルシスは操縦者に能力を与えるという珍しいタイプだ。ザーツバルム曰くクルーテオには過ぎた機体と呼ばれていた点から考えると扱いがかなり難しいようだが。
「ひとりごと?」
「自分と話してた…」
「だから、ひとりごとだろ?」
思考の海に浸っていた伊奈帆を呼び出したのは親友であるカームだった。彼は伊奈帆と対峙するように壁にもたれるとひとりごとのように言葉を発した。
「8本足の神獣、スレイプニールを操る軍神オーディンはミーミルの水を飲み膨大な知識を授かる…がその代償として自らの左眼を失った……北欧神話」
彼の話はあくまで神話の話だがその話はまるで現状の伊奈帆を指しているようにしか思えなかった。
「物知りだね……」
「おまえ、俺のこと馬鹿にしてるだろ」
あまりに一定のトーンで言葉を返されたカームは軽く突っ込むがすぐに笑う。正直、彼女と戦場で会ってどうなったか気になっていたが大丈夫なようだ。
「ロシアでの戦いの後でさ…船を降りようと思ったんだ…怖くなっちまって…でもやっぱりそれじゃあ、あの世でオコジョに顔向けできないよなぁって……」
2年前のザーツバルム城の戦いは参加した者達に大きな傷を負わせた…身体的にも精神的にも…。
そこから逃げたいと思うのはある意味当然、咎められるようなことでもないだろう。
「カームは強いね…」
「あ?」
「こう見えて僕は動揺してる…」
その言葉にカームは驚いたと同時に納得した。
「やっぱり伊奈帆も人間だなぁ」
「なにそれ…」
軽快に笑うカームに若干ムッとした伊奈帆、だが不機嫌ではなさそうだった。
「そうやって俺たちに頼ってくれよ…俺たち、友達だろ?」
「そうだね…ありがとうカーム……」
「あぁ…」
安堵したような表情を浮かべた伊奈帆にカームは静かに笑うのだった。
ーー
トライデント基地廊下、そこでは韻子とライエの二人が話をしながら自身の機体が搬入された格納庫に向かっていた。
「ライエはどういう組み合わせなの?」
「一号から三号までを二つずつ」
「高G旋回使用だね…」
地球軍の宇宙用カタフラクト装備の大きな特徴はデブリを利用するために装備された両肩のワイヤーが内蔵された装備だ。
一号はワイヤーが太く頑丈で旋回半径が100メートル程、十号は重く岩石に深く刺さる使用で旋回半径が1000メートル程。
本来は両肩に装備できる4対のうち近距離と中距離、予備に遠距離を搭載するのが基本だがライエのは近距離と予備の十号を装備したタイプスピードを意識した使用だ。
「細く長くは性分じゃない…」
アルドノアの力によりヴァース帝国軍は推進剤を必要としない…アルドノアドライブから無限に湧き出てくるからだ。
それに対して地球軍は推進剤の消費を気にしなければならない、そのため推進剤をの消費を意識した設計になるのはある意味必然だろう。
「お、チームデューカリオン…」
「火星人なんだってな」
「戦場で足引っ張ってくれるなよ」
そんな会話をしていた二人に対し同軍の兵士に浴びせられた言葉は心のない言葉だった。それに対して言葉を浴びせられたライエは無表情のままだった。
「なによ!」
「でも間違ってない…火星人はみんな敵よ…私が一番分かってる」
先ほどの兵士たちに不機嫌な態度を隠さない韻子だったがライエの言葉に笑いかけながら頭を撫でる。
「可愛いなぁ、ライエは…ツンツンしちゃって」
「なによ」
やけに上機嫌な韻子に疑問の声を上げるライエだが彼女は気にせずにからかい続ける。
「もっと甘えてくれていいのよ」
「はぁ!?」
廊下の先で笑って待っていたニーナと合流するとそのからかいに拍車が掛かる。
「アメちゃん食べる?」
「ぶっ飛ばすわよ」
先程の空気とは打って変わり暖かい笑い声が廊下に響くのだった。
どうも砂岩でございます!
お久し振りです、色々ありまして(自分のせい)遅くなりました
伊奈帆君が随分柔らかくなりましたね、個人的にはもっとみんなに頼って欲しいものです。次回は第二回トライデント基地攻防戦、2機の最大の分岐点とも言える戦いで何が起こるのか!?
最後まで読んで頂きありがとうございました。
最後になんと今作主人公のフィアを描いてくれたお方がおりましたのでよろしければどうぞ!
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